第24話 鼻の下を伸ばしているところ失礼します

 僕たちは今フィエルデ王国という国にあるアスピラシオという街へ向かっている。その途中にある中継地点になっている村を何カ所か経由してアスピラシオに入るとジュニアスさんに教えて貰った。


 僕たちは先程の盗賊討伐の後、この行商集団の長をしているジュニアスさんと同じ馬車に同乗している。何故あんなところに居たのか、僕たちの2人の関係など聞いてみたいと言われたからだ。


 当然素直に言ったところで、頭おかしいと思われるので気づいたら森に転送されて転送前後の記憶が消えて困っていると誤魔化した。また2人の関係は主従で、僕自身は貴族の出などではなくリナが自発的に仕えてくれていると説明した。


 また装備品も殆ど失っていて手持ちのお金すらないと伝えたところ、報酬から差し引く形になるが宿泊と食事は提供すると言ってくれた。これで街に着くまではお金に困ることが無くなった。ありがとうございますと伝えたら、ジュニアスさんに差し引いて損をしていないからお礼は良い、正直者は損をするよと笑われた。


 そんなことを喋っているうちに、盗賊に襲われた分遅れてしまい日が暮れてしまったけど、中継地点のアルゴリズモ村に辿り付いた。村と言われてはいるけれど街道の中継地点と言われているだけあって、宿泊施設と武器防具類の店など冒険者向けの施設、それに冒険者ギルドの支店があった。


 早速冒険者ギルドに登録をしたいところだけど、今はギルドカードの発行手数料すら払うお金が無いし、街に着いたら報酬を貰えるから、それまで登録は我慢することにした。


 ジュニアスさんの案内で行商集団の全員が泊まることになる宿屋に入った。リナと個別の部屋にするか問われたところ、一緒じゃ無いとご奉仕が出来ないとリナが聞きようによっては意味深な発言をして、ジュニアスさんもその方が宿代が安くなるから助かると二人部屋に手続きをされてしまい、僕たちは一緒に泊まることになった。


「本当に一緒の部屋で良かったの?」

「はい、私はご主人様のメイドですので」

「いや、メイドにもプライベートはあるから。何かあったら念話で呼べるし」

「お嫌でしたか?」


 嫌なわけがあるはずがない。だけど誰に聞いても美女としか言わないだろうリナと同室で一夜を過ごすというのは、かなり理性を振り絞らないと欲望に負けそうな気がする。まぁ、そんなことにはならないだろうから僕の独り相撲だろうし、出来るだけ気楽に考えることにした。


「別に嫌なわけじゃ無いよ、ちょっと気になっただけ」

「そうでしたか」


 そう言った後リナは2つのベッドに互いに座っている状態で僕のことをジッと見つめていた。ダメだ、無性に気恥ずかしい。どうしたものだろうと思っていたところに、ドアがノックされた。


「は~い」


 僕が返事をしてドアを開けようと立ち上がったところ、リナに手で止められリナが代わりにドアを開けた。


「何かございましたか?」

「あ、あれ?ここマサトさんのお部屋ではなかったですか?」


 リナが応対したら女性の声が聞こえ誰だろうとリナとドアの間から相手の顔を見てみたら、盗賊討伐したときに盗賊に引っ張られて拉致されそうなところを僕たちが助けた女性だった。


「あっ!」


 扉越しに目が合い何故か笑いかけられた。こうしていてもしょうが無いのでリナに部屋に通すようお願いする。


「あ、あの!先程は危ないところを助けて頂きありがとうございました!」


 部屋に入った女性は暫くもじもじとしていたが、ガバっと頭を下げ僕たちにお礼を言った。そうか、わざわざお礼を言いに来てくれたのか。


「どういたしまして。こっちこそごめんね、後先考えないやり方をしちゃって」

「いいえ!とんでもないです。こっちこそお礼を言うのが遅れちゃって・・・。あ、わたし、イリーナって言います!」


 イリーナさんはワタワタしながらも、愛嬌のある笑顔で名前を教えてくれた。僕の名前は既に知っているようだったけど、僕とリナも自己紹介しておいた。イリーナさんは、20歳前後で美人でとてもスタイルが良く、こう言っては何だけど盗賊が拉致しようとした気持ちがよく分かった。


「あの!今夜村の広間で行商と村の方々との親睦会があって、その時わたしと友だちが余興を披露することになったので、是非来て頂けたらと思いまして!」


 ガチガチに緊張しているのか言葉の節々に気合いが入っているが、言いたいことは分かった。何もすることが無かったし、食事とか出るなら有り難いことだ。何より楽しそうだし折角誘って貰ったのだから参加することにした。


「それは楽しそうだね。是非参加することにします」

「あ、ありがとうございます!楽しんで下さい」


 そう言って、準備があるのか「で、では失礼します!」とイリーナさんは慌てて部屋から出て行った。


「それじゃ折角だから行こうか」

「畏まりました、お供します。それにしても慕われたようですね」

「そうかな?もしそうなら嬉しいけどね」

「そうですか」


 僕たちは戸締まりをしてから宿屋の外に出て村の中心へ向かった。村の広場ではかがり火が楚かれていて、かがり火を囲むようにみんなが思い思いの場所に座っていた。近寄ってみると、気が早いのか冒険者や村の人たちが既に酒を片手に出来上がっていた。


「おー、えーとマサトとリナだっけか?お前らもこっちに来て一緒に飲めよ~!」


 討伐後にジュニアスさんと一緒に来て、僕らに感謝を述べてくれた冒険者の内の一人のアラディンさんが僕たちを酒に誘ってきた。まぁ少しくらいは良いかと、地面の草むらに座った途端渡されたビアマグになみなみとエールを注がれた。


「それじゃあ、遠慮無く。みなさんとの出会いに感謝して頂きます」

「頂きます」


 ゴクゴクと最初は少しずつ飲もうと思っていたけど、ある意味1600年振りのアルコールが喉を通り始めたら止められなくなり一気に飲み干してしまった。あー、お酒ってこんなに美味しかったのか・・・。空になったビアマグを眺めながら、何故か感動して思わず目を潤ましてしまった。


「おいおい、空になったからって泣くこたねーだろ、まだまだ酒はあるんだ。飲め飲め!」


 空になったから涙を浮かべてたと勘違いされたけど、お礼を言って注がれたエールをまたゴクゴクと今度は半分ほど飲んだ。あぁ、やっぱり美味しい。これだけでも地上に来た甲斐があったと思う。


「あー美味しいですね~、これ」

「だろう?ここの村で採れた麦で作った特産品よ!気に入ったら今度来たとき酒場ででもまた飲んで行ってくれよ!」


 気づいたらここの村の人らしき人にも声を掛けられ、いずれ来たときには是非と返事をし、残りのエールを飲み干した。リナはどうしているかなと思ったら、黙々と僕と同じように飲んでいた。そういえば、リナってアルコールとか摂取したことがあるんだろうか?ちょっと不安になってリナに声を掛けた。


「リナ、結構飲めるんだね」

「えぇ、接待を仰せつかったときに一緒にと言われるときもありましたので」


 あぁ、訪問してきた神様たちに酒を振る舞う機会があったのか。そばに置いてあったエールが入った水差しジャグからリナにおかわりを注いだ。


「ご主人様、メイドにそのような」

「まぁまぁ、今日は無礼講ってことでリナのお陰で今日も助かったしお礼もしたかったからさ」

「・・・ありがとうございます。では今度は私が」


 そう言うと注がれたビアマグを一度地面に置き、僕からジャグを受け取って僕がビアマグを手に取るとなみなみとエールを注いでくれた。リナがジャグからビアマグに持ち替えたところで、僕はビアマグをリナの方へ突き出しリナも合わせてくれて突き出してくれた。


「今日はお疲れさま。また明日からもよろしく」

「ご主人様もお疲れ様でした。明日明後日それから先もよろしくお願いします」


 ビアマグをお互い目の高さまで持ち上げ乾杯をして、二人でグビグビと飲み干した。少し二人の世界に入ってたせいか周りから冷やかされながら、食事やお酒を飲みながら楽しい時間を過ごした。


「お楽しみのところ失礼します!これから余興を兼ねて未来のトップダンサー、イリーナと未来のトップミュージシャン、レメイたちのダンスショーをお楽しみ下さい!」


 みんなそこそこ酒を楽しんで、だけど話題が少々尽きた頃を見計らってイリーナさんが言ってた余興が始まった。レメイという女性がリュートと呼ばれる弦楽器を奏で始めると、その曲に乗ってイリーナさんが舞い始めた。


 踊るたびに揺れるヒラヒラとしたイリーナさんの衣装は、地球に居た頃に何かで見たアラビアンナイトに出てくる踊り子のような衣装で、隠すところは隠しているはずなのにその衣装で踊るイリーナさんはもの凄く扇情的だった。僕は感動半分ムラムラ半分みたいな感じでイリーナさんの踊りを眺めていた。


「ご主人様、鼻の下を伸ばしているところ失礼します」

「え?!別に伸ばしてないけど?!」


 リナが小声でそう呟いてきた。あとごめん、嘘。多分伸ばしてた。


「一度トゥルーサイトでイリーナという方をご覧下さい」

「あれ?もしかしてイリーナさんは転生や召喚者なの?」


 リナに言われてトゥルーサイトのスキルを使ってみると、イリーナさんの身体から段々と筋肉質の厳つい男性がぼやけて見えてきた。ハッキリ見えてきた頃、僕は思わず呟いていた。


「え?ブラート?」


 そう、僕が魔王に転生したときは配下として、そして天界で再会した後に別れを告げたブラートだった。今そのブラートがむっきむきの筋肉質の身体に魅惑的だったはずの衣装を身につけて、扇情的に見えていたはずのダンスを披露していた。

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