第9話 お兄様とお呼びしても宜しいでしょうか?

 お互い肩の荷が下りたからか、さっきまでのちょっと重い雰囲気が和いで、エメさんが入れてくれたお茶を飲む位には落ち着いた。


「そういえば、また話は戻るんですけど[禊ぎ終了]って出てたって事はもう転生って事ですか?」


 ふと気になって、神様に聞いてみた。お茶を嗜んでいた神様が茶托ちゃたくに湯飲みを置き姿勢を正した。


「正直に申しますと、今のままではマサト様に何も縛りの無い新しい命を迎えて頂くことは出来ません」

「あれ、そうなんですか?じゃあ、どうしたら?」


 どうやら、まだ問題があるらしい。僕も湯飲みを茶托に置き、話をちゃんと聞く体制を整える。


「以前入力ミスが発覚した際、その方に超過した罪数ポイント分を特典として与えた話はお聞きになられましたか?」

「あ、はい。マルギットさんですよね」

「左様に存じます。ここで問題になってくるのがその超過した罪数ポイントとなります。こう言ってはマルギット様に失礼に当たるかもしれませんが、あの方が超過したポイントは4000pt程度です」


 え、4000ptであの強さだったのか。ちょっと特典多すぎない?それとも特典はそこそこの強化で、元々強かったのかな。


「マサト様もご承知の通りかと思いますが、あの方の努力もありましたが、それでも目まぐるしい程の強さとなりました。あの方には超過したポイントだけでなく、待機して頂く分のポイントもありましたが、それでも合計で1万pt位です」


 1万ptで魔王の身体に風穴を・・・。僕のポイントならどうなるんだろう。国一つくらいは余裕で破壊出来そう。あと気になったことがあったけど、話の腰を折ると何だから黙って続きを聞くことにした。


「そしてマサト様のポイントは1579億ptを超えています。もしマルギット様と同じように強化を行い転生しますと、最悪の場合生まれた瞬間に世界を滅ぼす可能性すらあります」


 想像以上の破壊神だった。もしかしたら、母親のお腹の中で寝返りを打ったりしたら母親もろとも吹き飛ぶんじゃないだろうか。


「マサト様にはご迷惑をお掛け致しますが、まず超過した罪数ポイントの対処をマサト様と一緒に模索した上で転生して頂くということになります。」

「なるほど、分かりました。でも、超過した分は気にしなくて良いですよ?さっきも言ったとおり、間違った罪数ポイントが適正だと思ってましたし」

「そうは参りません。これは身勝手な理由になりますが、マサト様の温情であっても私のミスを帳消しに致しますと、配下に示しが付きません。今後もし配下がミスを行った際、改善の要求が困難になる上に、自分は無かったことにしたのにと不満が発生する恐れもあります」


 上が責任を取らないのに何故自分たちばかりが責任を取らねばならないのか。そう思われる可能性があるということなのか。日本の経営陣に聞かせてあげたいなぁ。


「分かりました。そういう事でしたら、ありがたく特典を頂きます」

「ありがとう存じます。マサト様と協議するに当たって、まず与えられる特典のリストアップを行います。数日は時間を有すると思われますので、それまでの間はこちらでマサト様のお部屋をご用意致しますのでお待ち願いたく存じます」

「1600年を過ごしたんですから、数日くらい何の問題もないですよ。あ、責めてるわけじゃ無いんで。ほんとに」

「ええ、存じ上げております。では、ロマーナ。先にマサト様のお部屋のご用意をお願いします」

「畏まりました」


 ロマーナさんは正座した状態からスッと立ち上がり、僕と神様に一礼をした後部屋から去って行った。正座してよく足が痺れないな、僕なら多分10分も正座していれば足の痺れに悶えている自信がある。


「あ、そうだ。少し疑問に思ったことがあるんですけど」

「何で御座いましょう」

「マルギットさんが僕を討伐するために200年待機して、それが6000ptだったというのが気になって。200年待ち続けて6000ptって少なくないですか?僕だと1600年で1500億超えてましたし」

「なるほど、そのことでしたか。まず200年の転生を待つことは実はそう珍しくもありません。例えば善行を行っていた方が亡くなられて禊ぎの必要が無くとも、即座に転生をしている訳では無いのです」


 確かに死んだ瞬間におぎゃーでは、情緒もへったくれもない気がする。


「理由と致しましては、生前のしがらみや記憶などをそぎ落としてから、生まれる母体を生前の善行などと考慮した上で選びます。ですが適合する母体が無い場合、それこそ何百年と待ち続けることになります。ただマルギット様の場合、こちらの都合でお待ち頂く事になりましたので、200年の間で幾度か平凡な人生を歩む禊ぎを行った場合を想定して換算致しました」


 そういうことか。そして悪いことをせず良いことを出来るだけした人には転生後の幸福が約束されるのか。世の中、上手く出来ているんだなぁ。あれ?ということは僕の転生後は凄くヤバイんじゃ。


「そしてマサト様が1600年の間に1594億もの罪数ポイントを獲得なされたのは、心や身体を苛ませる、大体の皆様がおやりになりたがらない職業を優先して獲得し、出来るだけ短い期間で罪数が0になるよう設定されていました。この世界の大多数である人族の平均寿命は60年程ですが、マサト様に割り振られていた職業で寿命を全う出来たことはないはずです。恐らく召喚で得られた職業でしたら数日で寿命を終えたこともあったはずです。本来200年で禊ぎが達成出来ていたのに、1600年も繰り返して・・・」


 あ、神様が説明しながら凹み始めてしまった。もう、気にしないでって言ったのに。思わず顔を伏せてしまった神様の頭に手を乗せ、頭を撫でる。どうしても見た目からして妹や従姉妹がしょげている風にしか見えないんだよな。


「ほら、神様。気にしないで。神様は本当に優しいね」


 多分僕は微笑みながら神様の頭を撫でているんだろう。いくらミスをしたからと言っても、神様が僕のような罪人に心を煩わせているんだから。いいこーいいこーって、あ!神様の頭を撫でてるよ、僕。慌てて手を退かし謝ることにした。


「すみません。つい頭を撫でてしまいました」

「い、いえ。・・・もうお仕舞いですか?」

「あ、はい。お仕舞いです」


 なんだか神様からアンコールを頂いた気がしたけど、妙に気恥ずくなってしまったので、これ以上神様の頭を撫でるのは止めた。でも神様の髪の毛サラサラで気持ち良かった。今度機会があればまた撫でてみたい。


「一つ、特典を思いつきました」


 神様がこれは妙案とばかりに、手をポンと重ねて僕の顔をジーッと見つめて提案してきた。


「1000億pt位で・・・わ、私の親族になるというのは如何でしょう・・・お兄様・・・」

「お、お兄様?」

「私の頭を撫でているときに、マサト様が私ことを妹みたいだと思われていたようなので。い、如何でしょうか?1000億ptもの消費ですと、他の神々も恐らく文句は言いませんし、言わせません!」


 え?罪数ポイントで神様のお兄さんになれるの?罪数なのに。それにそもそも神様の親族ってことは、その兄も神様ってことになるんじゃ・・・。ってあれ?妹みたいだなと思ってたことが知られてる?でも神様だから罪人の心くらいは読めて当然なのかな。今後は迂闊に神様の頭を撫でられなくなってしまった。気をつけよう。


「お兄様はともかく、神様の親族ってことは神様になるってこと?」

「最初は神の補助位が妥当かもしれませんが、いずれは正式な神としてマサト様を神族に迎え入れても良いのではと私は思っております」

「えーと、こんなやらかすような人を神様にしたら、またうっかりこの世界を混乱の渦に陥れてしまう気がするのでお断りします」

「大丈夫です。私もうっかりでは負けていません!」


 グイグイ来るなぁ。でも、それはきっと大丈夫じゃない。うっかりとうっかりの神様が2人になったら、混乱じゃ済まずに破滅しそう。それなのに神族の親族とか笑えない冗談だ。これ以上罪を重ねるのは困るので、ここは日本人らしい遠回しな言葉でお茶を濁しながらお断りしよう。


「すみません。神様になるのは当分保留と言うことで」

「左様で御座いますか・・・。あの、では、せめて呼び方だけでも。お兄様とお呼びしても宜しいでしょうか?」

「ま、まぁ。神様がいいのなら」

「ありがとう存じます!お兄様!」


 うわー凄い良い笑顔・・・。でも、さっきの落ち込んだ顔よりはずっと良いと思う。代償は僕の背中がムズムズすることくらいだ。これ位は我慢することにする。


「失礼致します」

「お入り下さい」


 僕が痒みに悶えるのを我慢していると、ドアがノックされロマーナさんが入室してきた。


「マサト様のお部屋のご用意が出来ました」

「ご苦労様です。では、お兄様。お部屋にご案内させて頂きたく存じます」


 神様が正座からスッと立ち上がり、それに続いてエメさんも立ち上がる。ほんと、よく足が痺れないな。僕も立ち上がりロマーナさんにお礼を言おうと思ったら、何だか微妙な顔をしていた。


「あの、どうかしましたか?」

「いえ、マサト様がハナ様にお兄様と言われてたものですから」


 あぁ、なるほど。一体何があったんだって顔だったのか。分かる。そしてどうしてこうなったのかは僕にも分からない。それは神様だけが知っている。比喩ではなく。


「それは後で神様に聞いて下さい。それより部屋の用意ありがとうございます」

「職務ですから、お気になさらず」


 僕がお辞儀をすると、ロマーナさんもお辞儀を返す。ほんとさっき一緒にトランプをしていたときと全然違うな。やっぱり神様の前だとこうじゃないと駄目なのだろうか。そんなことを考えながら畳の間から出て靴を履こうとしたら、リナさんがまだ正座をしていることに気がついた。


「あれ、リナさん。どうしました?」

「いえ、えっと。マサト様に先程までどう謝罪したら良いかと緊張していたら・・・足が痺れてしまい・・・」

「立てないと・・・?」


 コクンと顔を真っ赤にしてリナさんが頷く。リナさんに残念属性もあったことが判明した。それはそうと、このままじゃリナさんが可愛そうなので、僕はまた畳に座ることにした。


「えーと、まだ少し喉が渇いているのでお茶のおかわりを貰えますか?」

「はい、ふふ。エメ、お茶のおかわりをお願いします。あとリナ、気にせず足を崩しなさい」

「は~い、畏まりました~」

「はい、申し訳御座いません」


 エメさんは口調とか変わらないのか。ポリシーなのか天然なのかよく分からないな。そしてリナさんの今の謝罪は泣き顔ではなく、照れた顔だったので僕は自然と笑みを浮かべてしまった。

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