蒼の音。空のうた。
finfen
序章 魔法の瞬間。
第1話 Introduction ─in the Blue Note ──
「母ちゃん。今日はお客さん少ないからさ。
ちょっと行って来てもいいかな?」
「あぁいいよ。もう15時だし、ゆっくりしといで。
気をつけて行くんだよ?」
「さんきゅ母ちゃん!
晩メシは俺がするからな。帰りに食材も買って帰る。」
「頼んだぜ!
「ったりめーだ。じゃぁ行ってくる‼」
背中に相棒を担いで、愛車のマウンテンバイクに飛び乗る。
いい天気。
3月も終わりのほの温かい空気を切って、目指すはいつもの場所。駅前の噴水広場。
俺の名前は
公立中学校に通ってたごくごく普通の15歳だ。
通ってたというのは、もう卒業式も終えて、4月からは晴れて公立高校に進学することが決まっているから。
成績は中の下ってとこかな?
お隣で幼なじみのあおいの協力で、なんとか無事に受験も突破した。ギリギリだったけれど。
身長は170センチ、体重は54キロ。
わりと中学生にしては大きいほうだったと思う。
得意教科は音楽。でも、勉強となると苦手。
部活は帰宅部。クラブはギター部だった。
今は入学前の自宅待機中なので、母ちゃんがやってる自宅のお好み焼き屋を手伝いながら、こうして駅前噴水広場とを行ったり来たりしてる。
桜がちらほら咲いてるな。
この季節は一年で一番好きだ。
空も地面も、街が一面ピンクのカーテンとじゅうたんで染まり、空気はいいにおいが漂う。
お日様のにおい。
なんだかじっとしてられないにおい。
じっとしてたら胸が詰まって息苦しくなる。
だからこうして相棒と、いつもの場所に向かうんだ。
「そーと!待ってー!」
春風に鼻をくんくんしながら、長い坂道を下っていると、ふいに後ろから声が聞こえた。
幼なじみのあおいだ。
俺はスピードをゆるめ、あおいが来るのを待った。
「おー。あおい。 何してんだ?」
キキっと大きな音がして、あおいが隣に並んだ。
「さっきお手伝いしようと店に行ったらおばちゃんが、そーと駅前だから行ってきなって。……あんた頭ボサボサじゃないの。ちょっとはセットくらいしなさい。人前出るんでしょ?」
「知らねーよ。髪型なんてどーでもいいんだよ。お金さえ落としてってくれりゃそれでいいんだ。……お金ちょっと早く欲しいしさ。」
「…もぅ。ちょっと声かけてくれたら私がセットしたげるのに…。」
と、ふくれるあおい。お前は世話女房か。
俺はひとつ嘆息してまた走り始める。
「あっ 待ってよー。私もそーとの音聴くー。」
そう言って軽やかなショートを風に流して嬉しそうについてくるこいつは遠藤葵。
遠く生まれた時からの腐れ縁。いわゆる幼なじみってやつだ。
家はお隣さん。保育園幼稚園小学校中学校すべて同じ。
そしてこの度、無事に同じ高校に通うことが決まった。
ほんとマンガに書けるほど10プレオブ10プレな幼なじみ。
黙ってりゃそれなり以上に可愛いし、面倒見はいいし気だてもよくて、成績優秀。スポーツ万能。ちょっとチビだけどスタイル抜群。才色兼備。うちの母ちゃん仕込みで料理も上手い。だから男女問わずモテる。実際、そんなモテモテなあおいをずーっと隣で見てきた。
とは言え、誰か特定な彼氏なり恋人なりを作ったことはなく、誰にもなびかず、誰にも分け隔てなくずっと過ごして来てる。
俺も一度だけ友達の友達を紹介したことがあったけど、何だか微妙な顔をして、やんわりと断りやがった。腹立つ。
じゃあ、そんな10プレな幼なじみだったら、俺が恋愛感情を持っていないのか?マンガみたいに?って声が時々周りから聞こえては来るんだよ。
だけど答えはNOだ。
俺は忙しいんだよ。
父ちゃん早くに亡くしてから、母ちゃんが一人きりで頑張って俺を育ててくれてんだ。そんな悠長でのんきなことやってられねーって。
あおいも、あおいんとこのおっちゃんおばちゃんも、ちゃんと知ってくれてるから、家族ぐるみでうちを助けてくれて来た。
ほんと、こいつは、何でも勝手知ったる家族なんだ。兄妹?姉弟?みたいなもんだ。
だから、早く一人前になって、母ちゃんやおっちゃんおばちゃんやあおいを楽させてやるのが、俺の確固たる目標。みんな俺が守る。
それが父ちゃんとの絶対の約束で、俺の揺るがない信念なんだ。
****************
駅前のロータリーを抜け、駐輪場にチャリを置く。
今日は平日だし、さすがに人も疎らだ。
いつもの場所、噴水のベンチも空いてる。ラッキー♪
あおいといつものようにベンチに陣取る。
「そーと? いつものヤツいる?ポカリ。買って来ようか?」
「ああ。忘れてた。頼むわ。」
「うん。でも私が帰るまで始めたりしないでね。
受験も終わったし卒業式済んだし、久しぶりに聴けるんだから。そーとの音。」
「へーい。準備だけして待っててやるよ。」
「ん。ありがと。行って来るね。」
少しヒラヒラしたミニスカートをひるがえし、ジャンプする様に駆け出すあおい。
お前。短すぎじゃねーか?まあレギンスはいてるけど。
肩にしょってた相棒を降ろして取り出す。
俺の今一番のお気に入り。
オークションでしかもう手に入らない名機。
ずーっと探してて、去年あおいがネットで見つけてくれて、念願叶って手に入れた。
その名も『Hyper Zo-san』
フェルナンデスが誇るスピーカーギター。
今はもう造ってないそうだけど、歪み系、空間系、ディレイ系の各種エフェクト内蔵、チューナーやリズムボックスまで付いてる優れものだ。
チューニングはEADGBEのレギュラーチューニング。
敬愛するエドワード・ヴァン・ヘイレンに習って、出来るだけダウンチューニングやオープンチューニングは使わない。
使っても、6弦だけ1音下げるいわゆるドロップDだけ。
そりゃ、デイヴがシンガーの初期の頃は、よく半音全音下げチューニングしてたけどね。
でもやっぱ俺は父ちゃんの影響で、サミーがシンガーの時代のVANHALENに出逢ったから、このレギュラーチューニングが一番好き。何より弾きやすいから。
さて、準備万端。
あおい待てねーな。演っちまおうかな。
うん。待てない。
いくぜ相棒。ボリュームは全開だ。
最初は……そうだな…。VANHALENの『5150』!
じゃぁドロップDチューンにして…
「──────────♪♪」
かなり速めのキャッチーなリフが弾いてて心地よい。
けっこう指も開くし、速くて難しい曲だけど、何より元気の沸きだすようなキャッチーなメロディが大好きなナンバー。86年の隠れた名曲のひとつ。
駅前を通る人たちがしだいに集まり始める。
ソロパートを弾く頃にはけっこうな人垣が出来た。よし。
いっちょやったるか。
「♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪!!!!」
爆撃のような超高速タッピング。
1音すらミストーンしない。エドワードが得意とする変態的な変拍子で、次々と指が連れてってくれる音を高速でなぞっていく。
そして最高潮。フィナーレに向けて突っ走る。思わず歌ってしまう。
「I meet you half the way♪」
最後のリフレイン。アドリブで大好きなフレーズをこれでもかって決めてやる。
タッピング。ハミングバードピッキング。ハーモニクス&アーミングで決まり。
「──────────♪♪」
通りの人垣から大歓声。拍手の波。
次々とギターケースに小銭を入れてってくれる。さっ 札もあるぜ。
いつの間にか出来た人だかりで、噴水広場が埋まっている。
中にはハードロックファンな人も居たりして、口々に賛辞を貰える。
よしよし。掴みはOK♪
次はっと……。
「そーと!ズルい‼ あたしが帰るまで待ってくれるって言ったじゃん!」
人だかりをかき分けながら、コンビニ袋を持ったあおいが帰って来た。
「ごめんごめん。我慢出来なかった。ははは。」
「もぉぉ。バカそーと!
……でも、相変わらず凄いよね。この人だかり。
いっぱい貯まったじゃん。一曲で。良かったね。」
今日のオーディエンスは金払いがいい。当たりなにおい。
「今夜の晩メシ材料代が出たみたい。
もぅちょい頑張ってあおいの好きなモンサンピエールのチョコケーキ買ってやるよ。」
「マジで?! ありがとそーと!」
ぴょんぴょんジャンプして喜ぶあおい。見えてる見えてる。まぁレギンスはいてるけど。
「また来てんなー?ギター少年。」
人垣の中から声がかかる。常連客のダイゴさんだ。
40歳くらいかな?大学の助教授をしてるらしくて、すごく音楽に詳しい。昔はバンド組んでベーシストやってたそう。
「へへ。ちょっと晩メシ代稼ぎにね。ダイゴさんは大学帰り?」
「そうだよ。今日は結構早く終わったからね。おかげで良いもん聴けた。今時5150なんてしぶいねー。さすが蒼音くんだ。音もちゃんとエディ節だったし、トリハダ立ったよ。ね?葵ちゃん。カッコ良かったね?」
「ダイゴさんだ!こんにちわー!
カッコいいに決まってますよ!
そーとのギターは世界一ですから。」
「あらら。べた褒めだね。
まぁでもほんと、蒼音くんのギターは世界に通じると思うよ。僕も結構色んなジャンル聴いて育ったけど、こんなに正確でかつバリエーションに富んだプレイヤーってなかなか居ないからね。やっぱり蒼音くんのお父さんが凄い人だったからかな。日本が誇る世界の名プレイヤーだったもん。誇りに思ってるよ。」
「父ちゃんのこと誉めてくれんの嬉しい。俺の永遠のギターヒーローだもん。」
「そーとはおじちゃんのギター聴いて育ったからねー。カッコ良かったなぁおじちゃん。
あたし音楽はよく分かんないけど、そーとのギターっておじちゃんの音にそっくりだよ?どんどん似て来てる。中身はぜんぜんだけどねー。悪ガキお子様って感じ。ふふふ。」
「うっせー。ホルスタインチビ。」
「ほっ ホルスタインチビとは何よ?!
ギターバカ‼」
「それ。俺には誉め言葉だから。さんきゅー。」
「うぅぅぅ…。鈍感低脳ギター侍!超絶技巧高速オナニーザル!」
「おいおい葵ちゃん。そんな可愛い顔でそれはちょっとヤバいんじゃない?」
「大丈夫ですよダイゴさん。こいつ中身はエロエロなんで。ほんと。高校に入ったらすぐに妊娠しそうで怖ぇよ。」
「そーとの前だけだもん。大丈夫よ?
ちゃんと優等生するもん。」
「……なんだか怖いなぁ。蒼音くんも心配だねぇ。こんなに可愛いからね。」
「はぁ。まぁちゃんと見張ってますんで。」
「それよかそれよか!早く演ってよ!そーとの音が聴きたいの!早く。」
「…へーい。あおいなんかリクエストあるか?」
「うーん…。
あっ。三年生を送る会で演ってたあの曲聴きたい‼
なんてったっけ?外人さんのゆるめのバラード!」
「……お前…。頭良いんだから曲名くらい覚えとけよ…。
了解。BONJOVIの『Never say goodbye』だよな?」
「へぇ。そんな懐かしい名曲演ったんだ?
さすが蒼音くんだね。僕も聴きたいな。」
「OKダイゴさん。じゃぁチューニングレギュラーに戻すから……。」
「そーと?ちゃんと歌ってね?フルで。」
「えー。歌付きかよ。
てきとーにしか歌えねーぞ?」
「いいよ。あたしそーとの歌好きだもん。
隣でゆっくり聴いてるから。早く演ってー。」
「はいはい。んじゃいくよ。」
リズムボックスで60くらいのゆったりとした8ビートを鳴らして、美しいイントロのフレーズを絡める。
BONJOVIが世界でブレイクした85年のalbum、『Slippery when wet』の壮大なバラードナンバー。
さよならは言うなよ。って歌うロマンチックなバラード。
ギターだけならアコギの弾き語りがいいけど、この相棒なら歪んだ音でソロも取れる。
「─────♪─as I sit this smokingroom♪」
父ちゃんが大好きだったナンバー。
頭で弾かなくても指が連れてってくれる。身体中が覚えてる。
夕暮れの駅前に響くオレンジ色の温かい音たちが、道行く人たちの足に絡んで、しだいにその世界の中に惹き付けていく。
「holdin'on to never say goodbye─♪」
ギターソロはメロディアスで、ピッキングハーモニクスを多用しながら、ハードにメロウに歌いあげる珠玉のソロ。
ラストの高速トリルはあえてタッピングに代えて、より高速でよりメロディアスに 歌う。
「─♪holdin'on we've got to try♪holdin'on to never say goodbye──♪♪」
オーラスのシャウトは完璧だ。
あとはメインフレーズを壮大に。
最後のAを弾いてあおいに笑いかけると、ぼろぼろ泣いてやがる。なんだよお前。
聴いてくれてるギャラリーに礼をして曲は終わり。
「BONJOVIの曲でした!みんな聴いてくれてありがとう!」
また拍手喝采が湧いた。
じゃんじゃん小銭が入る。ありがとねー。助かります。すき焼きしよっかなー♪
泣き腫らした目であおいが呟く。
「…ほんと…自覚しろよバカ…。」
「むむ。なんだって?
ちゃんとリクエスト応えただろ?
なんでバカ呼ばわり……」
「はは。僕は葵ちゃんの気持ち解るなぁ。ね。葵ちゃん?」
「いーんですよダイゴさん。いつまでもお子様ちゃんですからそーとは。」
「あーお前。ひでぇ。ってか二人してわけわかんねーよ。ふんだ。もう店じまいするもんね。」
「そうか。また聴けるの楽しみにしてるからね?
遅くなったけど高校進学おめでとう。頑張るんだよ。」
「うん。ダイゴさんも学校頑張ってね。また近いうちに来るよ。」
「ありがとう。葵ちゃんも頑張って蒼音くん見張ってね。」
「…もぅ。ダイゴさんには敵わないなぁ。
うん。頑張ります。ありがとうございます。」
「じゃぁモンサンピエール寄ってスーパー寄って帰ろうぜあおい。晩メシ手伝え。」
「わかってるよー。ふん。」
もぅすっかり暗くなりかけたトワイライトタイムの駅前。べーっと舌を出すあおいの手をひいて噴水広場をあとにした。
****************
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