『虚構の玩具箱』創英社超短編コンテスト応募作品集

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)

『春夏秋冬~ひととせ』第14回応募作

 雪の感触が左の掌を凍らせた。凍えた指を動かそうと試みれば雪崩れが起き麓の民家を覆い尽くす。あわただしく雪掻きに励む人々のスコップがどうにも痒くて堪らぬ。やがて吹雪の季節が訪れる。紙吹雪の如く舞い散る雪が私の掌の周りを薄白く飾り立てる。街は遠い春を待ち望む。

 私の掌に春の感触が訪れる。解けた雪が指の隙間からしとしとと流れ零れる。人々を幸福の光が照らす。太陽の光が上手く街を包むように私は掌を微妙に傾ける。度を越したようで地震が人々を襲う。私は少し物悲しくなる。

 夏は好みではない。掌が焼けるように熱く人々も物憂げな愚痴を溢す季節である。地震で倒壊した家々にやっと灯が灯る。気付けば右の掌では人が溢れそうになっていた。人口密度は秒刻みで飽和へと向かっている。私は問題を解決すべく両方の掌の端をそっとくっ付けた。

 去年の秋は安らかであった。然しそうそう毎年夢の如き季節が廻るとは限らぬ。左右の人間はやがて殺戮を始め併せて半分を超す同朋を失った。飢餓と裏切りの嵐が吹き荒れ焼け野原となった秋の掌は私に淡い感傷を抱かせた。

 また冬が来た。人々は家を失い飢えや病で新たな春を待ち望んだ。時計の秒針を眺めると一年の流れる速さに驚いた。また一年待てば幸せな季節が訪れるだろうか。否何か手を打たねば今にも人々は飢え死に凍え死ぬだろう。いよいよ私は愛着と共に煩わしさを感じてきた。

 私は両手を合わせ手を洗うように擦り合わせた。済んでしまえば何も感じる処は無かった。私はやっと自分の季節を生きられるのだ。

 少々汚れた掌で読みかけの本を紐解いた。

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