最強の勇者と最強の魔王

 駄女神のお仕事見学会で行った異世界。

 そこでまさかの旧友であり弟子でもあった魔王と再会。

 いやどういうことよ。


「ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!」


「先生、あの男と知り合いなんですか?」


「前に話したろ? 魔王で唯一俺の弟子だったやつ」


「先生が最強の魔王とか言ってたあれ?」


「ああ、あいつが弟子の魔王、ジンだ」


 超ひっさびさに会ったな。

 前にも着ていた黒いタキシードとマント。

 銀髪に赤い瞳。魔力も同じ。

 だが昔よりずっと研ぎ澄まされた魔力だ。


「魔王とお知り合いなのですか?」


「あーまあ色々あってな。ティーナは気にしなくてもいい」


 現地勇者たちはティーナが安全な街まで飛ばした。

 話がややこしくなるからね。


「さあ勝負しろ! 今すぐだ!!」


「悪い、今ちょっと無理っていうか」


「ほう、勇者が約束を守った相手にする態度かな?」


「うぐ……あのな、俺は勇者で、今教師なんだ。最低でも授業と、この世界の魔王が倒されるかどうかとかさ」


 俺もどれくらい強くなっているのか興味があるし、戦いたい。

 けれど、あくまで今の俺は教師で、現地勇者の冒険を見守る必要がある。


「現地魔王が倒れればいいのだな?」


「うん?」


 そこでジンの姿が消えた。

 転移魔法っぽいが、検索すると魔王城にいるらしい。


「あ、バカ違う! そうじゃないって!!」


「どうしたの先生?」


 事情が飲み込めない女神たちが不思議そうな顔だ。

 あーあ説明不足だったがそうくるか。

 すぐにジンが戻ってきた。


「これでいいのだろう?」


 ジンが持ってきたのはでっかい、それこそ五メートルくらいある化物の首。


「やっぱりかよ……」


 現地魔王殺してきやがった。


「なっ!? 魔王の……そんなどうやって!?」


「現地に行って殺してきた。こんな雑魚に師匠へのリベンジの邪魔はさせん」


「前に話したよな? 魔王は現地勇者が倒さないといけないって」


「どうせ貴様がいる時点でヌルゲーだろう? どうしてもと言うなら四天王や魔王の兄もいるようだ。そちらの相手をさせろ」


 そこまで調べて実行したか。

 面倒な……魔王退治は勇者の花道というか、目標なのになあ。


「次は星や世界が壊れると言うのだろう? ここは洞窟以外には広々とした荒野だ。俺様と師匠で結界を張ればいい」


「うむむ……ほら、こいつら俺の生徒でさ。教師やるって言っちまった」


「ならば結界の外から戦いを見せればいい。実戦教材だ」


「そうきますか」


 悪くはないのかな。強いやつの戦いを見せる。

 それは確実に必要な工程だ。


「ちょっと興味あるわね」


「どうせ現地勇者は街です。我々はすることがありません」


「先生もストレスが溜まるでしょう。ここで発散してもいいと思いますわ」


「ほう、駄女神っぷりが溢れ出ているくせに物分りがいいではないか!」


「誰が駄女神よ!」


「どう見ても駄目っぽいだろう」


 当然とばかりに返すジン。

 ちょっとへこんでいる駄女神ども。

 少しだけフォローしとくか。


「安心しろ。かなりマシになってるから」


「あまりフォローになってませんわよ」


「で、どうするのだ?」


「まあ約束は約束だ。戦うのはいいんだが……」


「安心しろ。俺様の目的はリベンジだ。貴様以外の命など、奪うほどの価値も興味もない」


 こいつらにも世界にも危害を加えるつもり無し、と。


「んー……じゃあ戦ってもいいか? 授業ほったらかすようでアレなんだけど」


「じゃんじゃんやっちゃいなさい!」


「事情はよくわかりませんが、勇者様がやりたいなら。世界は壊さないでくださいね」


 許可が出たので、アホみたいにでかくて強固な結界を張る。

 宇宙全域に張ったから、まあなんとかなるだろう。

 さーて久々に強いやつと戦えるかな。


「期待してるぜ」


「よかろう、絶望と敗北をくれてやる」


 光速のざっと六千倍ほどで俺の背後に周り、手刀にて首を狙ってきた。

 軽く屈んで避けると、そこにはもうアッパーが迫っている。


「まあそのくらいはできるよな」


 少しバックステップ。

 迫るジンの右ストレート。

 合わせて右ストレートでカウンターに入る。


「惰弱な。遊びも程々にするがいい」


 直撃寸前に一気にスピードを上げ、俺に肉薄する。

 刺突・斬撃・打撃・関節を狙い柔術まで織り交ぜ、俺を仕留めんと動く。

 そのすべてを捌き切り、残像によって撹乱し続けた。


「小癪な。ならばその残像、一度に消してくれよう」


 俺が出した残像に同スピードで食らいつき、

 首を横にして避けた時には、正面からハイキックが飛んでいた。

 今度はぶつけてみようか。


「よっ」


「フン」


 お互いの右足がぶつかり、世界が怯えたように震え出す。

 衝撃のすべてをカットできなかったか。


「やるね」


 めっちゃめちゃ手加減しているが、俺の蹴りと拮抗する威力だった。

 楽しめそう。きっと異世界を旅し続けていたんだろうなあ。


「くだらん。いつまで準備運動を続けるつもりだ。打って来い」


 怒られちゃった。様子見も過ぎれば嫌味か。

 このくらいの攻防はずっと昔によくやっていたし。

 準備運動はおしまいだな。


「悪い悪い」


 結界が弱いので張り直し。

 意図を察したのか、ジンも協力してくれた。


「何……何が起きたの?」


「わかりません。ただ何かの衝撃が世界に響いたとしか……」


「さあいくぞ勇者よ!!」


 さっきの十億倍の速度と威力の攻防が続く。

 お互いに無限を超えた数の乱打。

 やっていることはただそれだけ。シンプルな殴り合いだ。


「前より動きが綺麗になってるな」


「相変わらず貴様は雑な動きだな。気品がないぞ」


「いいじゃん。気品で勇者やってるわけじゃなし」


 会話しながら拳をぶつけ合う。

 お互いにぶつける拳の威力を徐々に上げていき、どちらかがパワー負けするまでひたすら続く。

 昔よくやったトレーニング法の一種である。


「よっほっはっ」


「もっとだ。俺様に手加減など許さん。完膚無きまでに叩き潰してこそ、真正面から打ち破ってこそリベンジだ」


「じゃあ俺からいくぜ」


 いつも魔王や邪神を殴る時に気をつけている。

 星を壊さないように。

 世界を壊さないように。

 かなり手を抜いて、敵だけを消せればいい威力で。


「よいしょ」


 今回も、自然とその癖が出た。

 俺の左パンチは、邪神程度が殺せればいいスピードで放たれ、ジンの顔に突き刺さり。


「あまり俺様をなめるなよ」


 平然と耐えられた。

 そのことに喜んでいる暇を与えてくれず、腹に蹴りを入れられ、数キロほど飛ばされる。


「おっとっと」


 ダメージは無い。だが邪神を殺せるパンチを耐え、俺に攻撃してくれるとは。


「そうやって他人を心配することは、おそらく勇者のサガなのだろう。だが……俺様はそれが気に入らん! はっきり言って怒っているぞ!!」


 怒りと失望の混じった目だ。

 そうだな。ずっと手を抜かれ続けて、それがわかる。

 本気で俺を倒そうとしてくれているのに。それは失礼だ。


「悪かった。お前の気持ちにちゃんと向き合っていなかった」


 しっかりと謝罪。軽い組手じゃない。目の前の挑戦者を、本気で倒す。


「こっからは本当に……お前を殺すくらいの気持ちでいくよ」


「そうだ。それでいい。情を殺せ。俺様は今日! 本気で師匠に勝つつもりなのだからな!!」


 ジンは本気だ。目の前の敵を全力で、全霊をもって倒そうとしている。

 それに真面目に応えないやつは、勇者じゃないぜ。


「…………はあっ!!」


 もう光速の何倍がどうとか考える気がしないほどに速く、ジンに正面から殴りかかる。


「ヌグウ!!」


 両腕を交差させ、耐えるつもりだろう。

 そのまま数十キロ吹き飛んでいくが、腕も折れていないはず。

 もうここで躊躇しない。間を開けること無く追撃に行く。


「まだまだいくぜ!!」


 ジンに追い付き、うしろから思いっきり蹴り上げた。


「なめ……るなああぁぁ!!」


 俺の足に両手足で、いやほぼ全身でしがみつき、反動を利用して宇宙へとぶん投げられた。


「いかんな。まだ油断があったか」


 星から伸びる極大の魔力波をはたき落とし、追撃に備える。

 ジンのやったことはこれまたシンプル。

 魔力波の中を進み、そのまま一直線に飛び蹴りをかますこと。


「ここまで絡め手無しか」


「正々堂々と、貴様を超える! そう誓った! 俺様自身に!!」


 蹴りを避け、無重力での攻防が始まる。

 拳を一発避けては、背後で無人の星々が砂と化す。

 人がいない場所には結界が薄かったか。まあ星は後で直そう。


「ツアリャア!!」


「うらあぁ!!」


 何度目かもわからない、野蛮な拳のぶつけ合い。

 その中で、ジンの腕が激しく出血を始める。

 だが手は緩めない。こいつは不死身の魔王。

 次の瞬間には回復し、もっと強く、腕の壊れない殴り方で食らいついてくるのだ。


「フハハハハハハハ!! いいぞ! やはり俺様を楽しませることができるのは貴様だけだ! 勇者よ!!」


 これだけやって余裕か。かなり強くなってんなあ。

 最近戦ったイヴより上だな。


「お前は凄いよ、ジン。本当にそう思う」


「当然だろう! 俺様は魔王! 勇者最大の敵だぞ!!」


 笑っている。俺もジンも。

 この戦いが楽しいのだ。

 気分が高まり、強く強く拳を握る。

 こいつを倒すのに、みっともない手加減なんてしない。


「ハアアアアァァァ…………セイヤアアアァァァ!!」


「だああありゃああぁぁ!!」


 かなり力を込めた。

 かつての勇者パーティーですら重症を負うかもしれない。

 そんな攻撃を真正面から受けて立てばどうなるか。

 決まってる。ジンの右肩から先がない。


「これは……」


 わずかだ。ほんのわずか、一瞬の出来事だが……俺の拳が少し痺れた。

 イヴの全力の真極拳を受けたあの日以上に。


「まだだ……まだ終わらんぞおおおぉぉぉぉ!!」


 言葉通りだ。まだ戦いは終わらない。

 右腕が吹き飛べば左腕で殴りかかってくる。

 左腕が無くなれば右足だ。


「退かぬ! 俺様は魔王!!」


 右足が消えたら頭突きで応戦してくる。

 頭から大量に血を吹き出しながら、口と両目のビームを撃ち出し、俺に勝つことを諦めない。絶対に。


「真剣勝負から! 目の前の勇者から! 俺様が師匠と認めた男から!!」


 その姿は、ボロボロになりながらも決して消えない闘志は、とても気高く、雄々しく、美しく思えた。


「逃げることなど……あるものかああああぁぁぁぁ!!」


 疲弊していたはずのジンは、渾身の力で魔力を開放し、身体を再生。

 服の役目を果たしていない上着を脱ぎ捨てる。


「そうだな。だから俺も逃げないよ。この勝負で、たとえどちらかの命が消えようとも。その未来から、振るう拳から、目の前の魔王から、決して目を逸らさない」


「ウオオオオオアァァァァ!!」


 ジンの内に溜めていた魔力が膨れ上がり、懐かしい姿へと変わっていく。


「久しいな。この姿になるのは」


 全身が黒に近い紫になり、金色の紋様が血管のように全身に伸びて輝きを放っている。

 ジンの最終形態。正真正銘の奥の手。

 短時間だけ己の全能力を限界突破させて、無限に進化と回復を繰り返す荒業だ。

 普通の世界は、変身する過程で溢れ出す魔力で消える。

 本当に世界が消えることを前提としなければ使えない形態だ。


「さあ、俺様の期待を裏切らないでくれ。勇者よ」


 この勝負を汚してはいけない。

 もっとだ。遠い遠い昔に出していたはずの力を、もっともっと呼び起こせ。

 こんな力じゃ、目の前の魔王に失礼じゃないか。

 心の枷を外せ。弟子にお前が見せる力はそんなもんか勇者。


「うおおおおああああぁぁぁぁ!!」


 魔力をひたすらに開放し、世界を塗り潰していく。

 その魔力でまったく同じ無人の世界を作り、強化しながら二人で転移する。

 全世界を軽く壊す一撃になるからだ。


「フッ……クックック……ハーッハッハッハッハッハッハッハ!! いいぞ! それでこそだ! アアアアァァァ!!」


 ジンも呼応し、魔力を極限まで高めてくれる。

 もうその魔力がわずかに漏れ出すだけで、宇宙どころか世界すらも無数に消し続けられるだろう。

 そこにどんな生物がいようとも。どんな神がいようとも。


「決着をつけよう。師匠」


「ああ……終わりにするぞ。ジン」


 研ぎ澄ませ。この一瞬だけに、次の一撃で決まる。

 勇者と魔王の決着だ。かっこ悪い決め方なんて許されない。


「だありゃああああぁぁぁ!!」


「ヌオオオオアアアアアアアァァァァ!!」


 最後はお互いノーガードの右ストレート。

 避ける気はない。正面から受けたうえで、打ち勝つ。


「グッ……また……敗れるの……か」


 顔に拳が当たり、ジンがバラバラになって宇宙の彼方へと飛んでいく。

 その体の崩壊よりも早く、結界と世界が消えた。

 ティーナが担当する世界へと戻り、まだ死んでいない、宇宙の果てで隕石にめり込んでいるジンを迎えに行く。


「お、やっぱ生きてるな」


「当然だ……勝つまで……死なんぞ」


 顔が半分吹っ飛び、首から下はほぼ残っていない。

 だがこいつは魔王。人間とは構造が違うのだ。


「ふっ、これだけの戦いだ。流石の師匠も無傷ではあるまい。俺様の一撃は、確実に届いていたはずだ」


「そうだな」


 しばらくお互い無言の時間が続く。

 おそらく十秒にも満たない、だが長く感じる時を経て、ジンが口を開く。


「よく言う……嘘のつけん勇者だ。貴様が昔出していた力と比べれば……全力とは到底思えん」


「かもな」


「だが……あれも本気からは遠く、そしてもう……あの時など比べ物にならぬ程に強いのだろう。それだけはわかる。わかる程度には、強いつもりだ」


「そうだな」


「そうか……なあ師匠。俺様との戦いは……楽しかったか?」


「おう。最高だったぜ。それだけは嘘じゃない」


 駄女神の教育目的じゃない、純粋な戦闘が楽しかったのはいつだったか。

 最近じゃイヴの時くらいだろう。

 それくらいしか思い出せない。


「ならばよい。師匠がどれほど強くなろうと、俺様がそれを超えればいい」


「ああ」


 ジンは強い。全世界の全存在を、強者と弱者に分け、強者のグループをさらに強者と弱者に分ける。

 そんな仕分けをしていけば、間違いなく最後のほうまで残る。

 だが頂点ではない。そして頂点となることを諦めない。

 こいつはそういう男だ。


「ククッ……実に愉快だ。どれだけ魔界を支配しようと、どれほどの邪神を殺そうとも、貴様には届かぬ。ここまで本気で戦えるものもいなかった」


 声に元気が戻ったな。ついでに回復も終わった。

 服も戻してやり、隕石に腰掛けて、なんとなく雑談に入る。


「おそらく、貴様はそういうものなのだろう。人であろうが魔王であろうが関係なく、永遠に全存在の頂点であり、強くなり過ぎたものの心すら救う。自分自身が満たされなくとも、並び立つものが現れなくとも」


「そこまで大層なもんじゃないさ」


「どうだかな。まあいい。肉弾戦では負けたが、第二ラウンドは負けん。次はロボバトルだ! 来い、ファイナルダークネスカイザー!!」


 ジンの後ろにスタイリッシュで巨大なロボが出た。

 真っ黒で金の線が入っている。お前そのデザイン好きだな。


「まだやんのか。もう世界が魔力であれだし、壊しちまった星とか……」


「どうとでもなるわ」


 そしてジンは胡座をかき、浄化と再生のマントラを唱える。

 一瞬にして世界が清められ、破壊された星々が再生を終えた。


「…………魔王の四天王浄化しちまってるぞ」


「む、いかんな……俺様としたことが」


「しょうがねえなあ」


 真理から四天王を解析。面倒だ、星の時間を戦闘前に戻して、女神たちには効果が及ばないように。これでいいだろ。


「これでよし。しっかしこれで消えちまう敵か。やっぱ全力で戦える世界って無いのかね」


「惰弱な世界が悪いのだ。師匠のせいではない。さあお喋りはここまで。ゆくぞ!」


「あいよ。来な、ネオホープ三号!!」


 俺も新型の巨大ロボを召喚。

 ネオホープをさらに巨大化させて、白基調で全体的に性能アップ。

 作ったはいいが、使う世界と敵がいなかった。


「ハーッハッハッハッハッハッハッハ! 黄泉の国への引導を渡してくれるわ!」


「そう簡単にはいかないぜ!」


 こうして、痺れを切らした女神たちが呼びに来るまで、ジンと戦い続けた。

 久しぶりに歯ごたえのある敵だったので、俺もつい時間を忘れて楽しんだ。

 ストレス発散もできたし、次から授業に力を入れよう。

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