世界を巡る魔王 魔王視点

 魔王。それは世界の敵。正義と平和を脅かす絶対悪。

 悪の象徴である魔王率いる軍は、未曾有の災厄となって人類に牙を剥いていた。


「クックック……いいぞ、なかなかのピンチっぷりではないか世界よ!!」


 崩壊間近の高層ビル。ひび割れているアスファルト。

 一般人は避難し、残るは勇者数人と魔物の軍勢のみ。

 地球タイプの異世界に魔王軍。なんともミスマッチだが、それが愉快だ。


「足掻け。苦しめ。その命の煌きを俺様に見せてみろ」


 死闘を繰り広げる勇者と魔王軍幹部。

 それを高い場所から見下ろす俺様。

 うむ、魔王っぽいぞ。


「魔王七幹部が二人……ちょっと嫌な展開ね」


「それでも、勇者は負けちゃいけないんだよ!」


 金髪ショートの勇者女と、長い黒髪の勇者女がいる。

 この世界の勇者は特殊な装甲と力を持つ存在だ。

 何故か女が多いが、強ければ男女どちらだろうと構わん。

 精々楽しませてくれ。


「クカカカカカ!! ぬるいぬるい! 我ら魔王軍に逆らう愚か者よ! 今ここで完全に消滅させてやるぞ!」


 息巻いている全身炎まみれの巨人。

 幹部としては最弱だろうが、人間には脅威か。

 もう一匹は全身を黒い霧で覆った爺だ。


「どうするの? ザコがどんどん出てくるわよ!」


 成人男性くらいの機械と妖怪の混ざりものが今回のザコか。

 この程度ならば倒せるようだな。


「もうすぐ応援の勇者が来るわ!」


「わかった! それまでがんばろう!」


 必死に抗う勇者ども。

 勇者の多い世界か。期待させてくれる。


「ひぇひぇひぇ、無駄じゃ無駄じゃ勇者ども」


「無駄かどうか、勝つまでやってみる!」


 しかし残念だな。懸命に戦って入るのだろう。

 だが魔王である俺様を楽しませるほどの逸材ではない。

 目を凝らせば、遠目に走ってくる別の勇者が見える。

 あれが応援か。つまらん。あれも探している勇者ではない。


「もういい。飽きた」


 ビルから飛び降り、勇者と幹部の間に割って入る。

 まったく……お粗末極まりない戦いを見せおって。


「え……? あの……誰?」


「ああ? なんだあてめえ?」


 戸惑う連中など気にもせず、右手を軽く振り。


「消えろ」


 現地魔王軍幹部とやらの首をはねた。


「ぐべぎゃ!?」


「つまらん。この程度の敵に苦戦するか……この世界の勇者は質が低いな」


 軽く首を斬っただけで死ぬとは、お粗末極まりない。


「何者じゃ! 新手の勇者か!」


「口を慎め下郎。この俺様を勇者と間違えるなど、万死に値するぞ」


 この黒く美しくはためくマント。

 紳士さを忘れぬタキシード。

 そして圧倒的暗黒魔力。これのどこが勇者だというのか。


「あまりにもお粗末な進軍ゆえに興が削がれた。俺様よりの罰だ。甘受するがいい」


「あなた……勇者じゃないの?」


「何者です? せめて名を名乗りなさい」


 俺様は両軍の注目の的だ。

 だがそれも仕方あるまい。溢れ出るカリスマが、凡人として暮らすことを許さんのだ。


「フハハハハハハ!! 聞きたいか小娘? そして矮小な魔王軍よ!」


 ここでマントをばさっと広げ、高らかに名乗る。

 今この時より、俺様の名が世界に刻まれるのだ。


「我が名はジン!! 超究極無限魔王神ジン様だ!!」


「ま……魔王!? この人が!?」


「こいつが……倒すべき敵!!」


「666京666兆666億の魔界を征服した最強の魔王様だ! さあ平伏すがいい!」


 だが平伏す素振りがない。むしろ敵意と剣が向けられている。


「むう……勇者というのはつくづく思い通りに動かんやつらだ」


「魔王……ならここで倒せば! 覚悟!!」


「うるさいぞ小娘」


 軽く頭にチョップを入れて止めてやる。


「ぺへえ!?」


 頭を抑えてぷるぷるしている姿は愉快だ。気に入ったぞ。


「しばらく静かにしていろ。聞きたいことがある」


 背後で微弱な魔力を放出している霧の爺が鬱陶しい。


「おのれ貴様!! 幹部を手にかけて、生きて帰れると思うな!!」


「失せろ汚物。俺様に勝とうという性根が気に入らん。実力差もわからんのか」


 爺はとりあえず無視でいい。何ができるわけでもあるまい。

 問題は勇者どもだ。二人の勇者に聞きたいことがある。


「おい勇者よ」


「は、はい!」


「こういう勇者を知らんか?」


 あの男の写真を見せる。

 ついでに立体映像を魔法で出し、軽いプロフィールも見せてやる気配り。

 俺様ほどになれば、人間どもの知能に合わせることなど造作もない。


「ええっと……」


「ゆっくり考えろ。俺様は寛大だ」


「調子に乗るでないわ! 氷原黒彩波!!」


 絶対零度ほどしかない黒い冷気が、地面を埋め尽くしながら飛んでくる。

 この程度のそよ風で何がしたいのだ。


「くだらん。ガキの遊びにすらなっていないではないか。それでよく幹部などと名乗れるものだ」


「馬鹿な!?」


「消えろ」


 指先から暗黒ビームを放ち、粉微塵に消し飛ばす。

 つまらん。幹部でこれか。この世界の魔王には期待できんな。


「あ、あの……」


「思い出したか?」


「いえその、この男の人はちょっと見たことないですね……」


「そうか。邪魔をした」


 知らないのであれば別の場所を探すのみだ。

 魔王は不屈。この程度ではくじけない。


「生きて帰れると思っているのか!!」


 残党が俺様を取り囲む。虫けらには絶対的な力量差が計れんのか。


「この世界のいざこざなどに興味はない。あとは勝手に殺し合え」


「あ、あの……助けてくれるんじゃ……?」


「なぜ俺様が勇者など助けねばならぬ」


「でもさっき……」


「人を探しているからだ。勇者のことは勇者に聞く。餅は餅屋だ」


 あの男は根っからの勇者だ。

 必ずこういう厄介事に首を突っ込む。

 ならば勇者が救わねばならぬ世界を総当たりで探すのみ。


「知らんのであれば用済みだ。精々死ぬまで足掻くがいい。フハハハハハ!!」


「待ってください!」


 ずっとこちらに敵意を向けていた黒髪勇者が口を開く。


「確かにその男性については知りません。ですが……過去のデータベースを見ればわかるかも知れません……よ?」


「何だと?」


「そうだよ! 私たちの支部には、今まで戦ってくれた勇者や、現在登録されている勇者の情報がある! もしかしたら、そこに引っかかるかも!」


 データ管理されているか。それならば、毎回出向く手間が省けるな。


「ほう、知恵が回るではないか。褒めてやろう小娘」


「小娘って……あの、あなたは魔王なんですよね?」


「いかにも。最強の魔王といえば俺様だ」


「なのに魔王軍と喧嘩してるの?」


「俺様の軍ではない」


 首を傾げている小娘ども。

 異世界の認識がないのか。面倒だな。


「俺様は別世界の魔王だ。会わねばならぬ男がいる。そのために世界を旅しているのだ」


「別の世界? そんなものが……」


「何故無いと言い切れる? 魔王がいる。超常的な力がある。別世界ごとき、あっても不思議はなかろう?」


「えぇー……」


「勇者とごちゃごちゃくっちゃべってんじゃねえ! いくぜお前ら!!」


 ザコどもが群れをなして挑んでくる。

 身の程をわきまえんクズが。

 適当に闘気を放出し、勇者以外を雑に吹き飛ばす。


「てめえ……勇者と魔王どっちの味方なんだよ!!」


「俺様はやりたいようにやる。味方など不要。なぜなら全世界で唯一無二の存在だからだ!!」


「なんか変な人だよう……」


「では別世界の魔王さん。勇者を探す間だけでいいですから、私たちと一緒に戦ってください。そうすれば、勇者の情報を集めます」


「この俺様に臆さず取引を持ちかけるか。いい度胸だ」


 どうせあの男が来れば、勝手に救われる世界だ。

 しばらく滞在して、ハズレなら別の世界に行けばいい。


「よかろう。これはサービスだ」


 影を伸ばし、残党すべてを斬り伏せた。

 脆い。弱い。つまらん。

 こんなアホどもに時間を取られたことが気に入らん。


「さて、それでは貴様らの支部とやらに案内しろ。くるしゅうないぞ。フハハハハハ!!」


「は、はい!」


 これで情報が集まればいいがな。

 こいつらの組織の車に乗り込み、隣に座った金髪が話しかけてくる。


「あのー……ちなみに、あの写真の人って勇者なんですよね? どのようなご関係で?」


「俺様の師匠だ」


 驚きに目を見開く女。いちいちリアクションがでかいな。

 まあいい。どうせすぐにお別れだ。

 情報を集めるまでの我慢だろう。


「まったく……今度はどの世界を救っているのだ、あの男は」


 必ず見つけ出してリベンジしてやる。

 そのために、したくもない善行をして。やりたい悪行も我慢しているのだからな。

 待っていろ。今回は必ず俺様が勝つ。

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