ドラゴンと呪いの木造校舎

 人気のない森の中。陽の光が差し込み明るく木々を照らす。

 散歩で来るならいい場所だろう。


「で、どんな御用かな?」


 隠すつもりもないのか、溢れて森を満たす魔力がひとつ。


「ごきげんよう勇者様。本日はお命を頂戴いたしたく参りました」


 銀髪で短いツインテールの女。どちらかと言えば少女に分類されるだろう。

 綺麗なドレスだが、暗器が隠してあるな。こいつも敵か。


「直球で聞く。イヴは生きているのか?」


「答える義務があるとでも? 出なさいアークドラゴン」


 四本足で緑色のドラゴンさん登場。翼付きでまあ、三十メートルくらいかな。


「お前はなんなんだ? 使いっ走りか?」


「私は名無しの女神。あなたを殺せとしか言われていないわ」


「あいつから聞いていないのか? 俺を殺すことなどできない」


「知らないわ。やれ」


 咆哮を轟かせ、一瞬で消えるドラゴン。

 光速は超えてきたか。でかいくせによくやるよ。

 しかも砂埃が空中で停止している。


「そこそこ速いな。それにこれは時間停止?」


「やっぱり止まった時間の中を動けるのね」


 そういう名無しも動いているが、これは名無しの力じゃないな。


「知らなかったか? 俺は勇者なんだぜ」


「そう、ならドラゴンくらい倒しなさいな」


 ドラゴンの翼が風を巻き起こすたびに、強力な毒が森を侵食していく。

 口からは七色の混ざったブレス。ちょっと触って検査。

 火・水・風……属性魔法ミックスしただけっぽい。

 それが突然全方位から飛んでくる。


「時間操作に毒。ついでに空間湾曲。あとは全属性付与……かね」


「正解。そのドラゴンには五人の勇者を食べさせたわ。加護を奪うためにね」


「外道が……」


「女神は神なのよ。人間ごときの道にそって歩く必要などないの」


「ああそうかい」


 ドラゴンのパワーとスピードが上がり続けいている。

 既に女神界じゃなきゃ星ごと砕けているだろう。


「ついでに教えてあげましょう。最後の能力は、時間とともに無限にステータスが上がり続ける。その力は億や京など超える。無量大数まで上がるのよ」


「たかが無限だろ」


 検索完了。接近してボディーブローで魔力を流し込む。


「あなた何を……」


「すまない。せめて俺の作る光で、やすらかに天へと昇れ」


 囚われた勇者の魂を、俺の光を乗せた一撃で天へと送る。

 光の粒子は無事に五人分の魂を浄化した。


「なぜ負けたの? 勝てるはずがないわ」


「所詮は無量大数どまりさ。そこは数え切れないからそう呼ぶことにした逃げ道。無限の力にも序列はある。そして、無量大数とか全知全能はその入り口へのチケット。ただそれだけだ」


「頭おかしいわよあなた。絶対におかしい。存在そのものが狂っているわ」


「おかしいのはお前さ。イヴからそんなことすら聞いていないなんてな。今回は逃がさないぜ。イヴがなぜ俺を狙うか答えろ」


 こいつも下っ端の可能性が高い。せめてアジトくらいは聞き出そう。


「本当に身に覚えがないの?」


「ふざけるなよ」


「煽っているつもりはないわ。純粋に聞きたいの。あの恨みは尋常じゃないわ。それこそ、人の考えうる負の全てを受けてでもいるかのよう」


 本当にわからない。裏で誰かに迫害されていたということもないと断言できる。

 救い続けた世界は平和になった。俺がハッピーエンド以外なんて許さない。


「そう、わからないのね。残念」


「残念?」


「聞いてみたかったのよ。なぜあんなにも人間を恨めるのか。本人からは聞けそうにもないし、残念だわ」


 俺と名無しを転移魔法が包む。これは世界を移動するタイプのものだ。


「小細工を……」


「真実を知りたければついて来なさい」


 そう言われて動きを止めてしまう。

 女神界の座標は知っている。帰って来るのに一秒かからないだろう。

 ならば乗ってやる。罠だとしても、その全てを打ち破るだけだ。


「さあ勇者様。さまよえる哀れな魂を救ってちょうだいな」


 強制的に飛ばされた場所は、木造の建物だ。

 全く同じ作りの長い廊下と扉。外は暗闇に包まれている。

 扉の上に『1ーA』と書かれたプレート。


「学校?」


「人間……なのか……?」


 廊下の先から学ランを来た男がやってきた。やはりここは学校なのだろう。


「あんた……生きてる人間だよな?」


「まるで死んだ人間がいるみたいだな」


 うめき声が近づいてくる。学ラン男の更に後ろだ。


「うっ、見つかったか? くそっ、ここも開かない!」


 近くの教室を開けようとしているみたいだ。


「闇の封鎖結界か。レトロだな」


「わかるのか? なら対策を教えてくれ! 奴らが来る!」


「やつらというのは何だ?」


「いいから隠れるんだ!」


 闇から早足でやって来るそれは、緑色の血を流す、青と紫の中間のような皮膚をした人間。

 目からとめどなく緑の涙を流している。


「人間……みいつけたああぁぁ!!」


「くっそ走って! 掴まったら死ぬぞ!」


「問題ない」


 ちょうどいい。この世界の敵を調べてやる。

 よくわからんゾンビもどきに近づいてみよう。


「なにやってんだ死ぬぞ!」


「大丈夫だって。俺は勇者だからな」


 むしろそっちが死なないように注意してあげなきゃいけない。

 怨霊の注意を俺に引きつけよう。


「お、意外と速いな」


 速いといっても音速以下。問題なく首根っこ掴んで金縛り。


「ギ……ギギギギイイイィィィ!!」


「おとなしくしとけ」


 軽く腹パン入れて黙らせる。痛覚はあるのか。


「こりゃ人間の……なんだ? 感情ごっちゃ混ぜだな。なあ、こいつ知り合いか?」


「え……オレ? いや、知らないけど」


「そっか。まあいいや浄化」


 聖なる力で完全消滅。弱いな。戦闘用じゃないのかも。


「消した……? あんた何だよ……敵じゃないのか?」


「言ったろ、勇者だよ。それよりここどこだ? 名前わかるか?」


「ま……魔殿ヶ丘中学校だと……思う。闇の校舎の噂、知らないのか?」


「俺はこの……いや、お前らのいた世界の人間じゃない」


 手っ取り早く中学生の頭に手を乗せ、必要な情報をかいつまんで送る。


「わっ、わっ、うわわわ」


「落ち着け。今からゆっくり説明してやる」


 教室の結界を蹴破り、中へ入る。ついでに俺の結界も張っておこう。


「わかったか?」


「別世界の勇者で、女神とバトルしてたらここに飛ばされた?」


「正解」


「信じらんねえ……女神って敵なのかよ」


「いいやつと悪いやつがいる。人間と一緒さ」


 いきなりこんな話をしても、受け入れることは容易ではないだろう。

 まず落ち着けるように座らせてやる。加藤くんというらしい。


「まず勇者ってのがうさんくさい……です。年上ですよね? あんまり変わんないような気がしますけど」


「一応な。まあ気にしなくていい」


「とりあえず助けてくれて、ありがとうございました」


 ちゃんとお礼ができて、冷静になれば敬語の使える子か。

 駄女神よりいい子じゃないのさ。ちゃんと元の世界に返してあげよう。


「しっかし呪いの校舎ねえ……」


「急がないと。その、内田が……」


「ああ、幼馴染だっけか。探すの手伝ってやる」


 ここに飛ばされた時の生き残りで、幼馴染の女の子らしい。

 青春してるねえ。俺の青春っていつだったかな。ってかあったかな。


「ま、安心しろ。こういう場所も初めてじゃない。呪いの校舎なんてどれも似たり寄ったりさ」


 こういうのってなぜか巻き込まれた学生とセットだよな。よくあるパターンだ。

 人間は魔法で探知すればいい。邪気に混じって人の気がある。


「急ぐとするか。走れるか?」


「走りますよ! 内田が待ってる!」


 回復と身体強化の魔法をかけてやり、並んで走る。


「この先は血の化物がいて……近づくと襲ってきます」


 赤いスライムのようなものが道を塞いでいる。

 よく見ると血だな。まあ殴ればいいさ。


「邪魔」


 殴って破裂させる。怨霊だろうが恨みつらみだろうが問題ない。

 俺が殴れば消せるし殺せる。


「すっげえ……勇者ってみんなこんななんですか?」


「まあそんなもんだろ」


「うわ、化物の群れが……」


「浄化」


 光の波動で全部あの世に送る。もう作業っていうか処理というか。


「ここは絶対に振り向いちゃいけないんです」


「んじゃ原因を潰そう」


 振り向いて出てきた無数の手と怨念をまとめて浄化する。


「なに振り向いてんですかああぁぁ!?」


「はいはい一列に並んで」


 消すのは一瞬。振り向かずに行動する方が面倒だ。

 消し終わったら再び走る。別の建物へつながっているな。


「この先だ」


「体育館ですね。でも鍵と結界と謎解きと番人が」


「蹴っ飛ばしゃいいんだよ」


 まとめて蹴り飛ばして館内へ。いちいち謎解きなんざやってられるか。

 こちとらこの手のホラー世界は飽き飽きなんだよ。


「内田!!」


 中央の魔法陣に寝かされている、セーラー服の女生徒。

 加藤が駆け寄り抱き起こすと、どうやら眠っているだけだとわかる。


「内田! おい起きろ! 勇者さん! 内田が!!」


「落ち着け。眠っているだけだ」


 回復魔法をかけてやる。リラックス効果マシマシで。

 すぐに目が覚めたみたいだな。


「…………加藤くん?」


「よかった。よかった……内田……お前がいなくなったらオレ……」


「もう……苦しいよ加藤くん。それに、この人は?」


「勇者様だよ。俺を助けてくれた」


「どうやらまだ助けきっちゃいないようだけどな」


 何かがぶつかる音がして、天井が半分崩れる。


「うおおっ!? なんだ!!」


「きゃあ!?」


 うろたえつつも内田を抱き、庇っている加藤。

 男見せてくれるじゃないか。是が非でも救い出したくなったぜ。


『オオオオォォォォォ!!』


「なによ……あれ……」


 アホみたいにでかい人型の怨霊だ。緑の目でこちらを見ている。


「勇者さん! うしろ!!」


 入り口から大量の怨霊が集まってきているのが見えた。


「はいはい、勇者様にお任せくださいな」


 軽く意識を集中し、右足のつま先を地面に二度、軽くつける。

 闇の世界全域に俺の光の波動を流した。

 薄暗かった世界は光を取り戻し、全ての悪意はあの世へ渡る。


『オオオアアアアアァァァァ!!』


 どでかいやつを残して。


「お、浄化耐性つきか。あのバリア、女神のもんだな」


 名無しがここに来ていることは間違いないみたいだ。

 最初に世界を浄化しなかったのは、女神の残した魔力や証拠を消さないように調べていたから。


「ど、どうするんですか? あんなでかいの」


「同じだよ」


 軽く飛んでデカブツの顔の前へ。

 うっわ近くで見るとキモい。触らないように聖なる力を込めた拳を突き出す。


「殴りゃ倒せる」


 一撃で体の八割をふっ飛ばし、残りを魔法で消しておく。

 加藤が心配なので素早く戻る。


「これにて浄化完了。帰り道ってどうするんだ? 校舎の噂にないか?」


「わかりません。こんな無理矢理に完全浄化したらどうなるかなんて」


 そこでチャイムが鳴る。そしてマイクから名無しの声が聞こえてきた。


『別世界からお越しの勇者様。隣の暗黒小学校校舎にて、苦しみ続ける沢山の霊がお待ちです。苦しみから開放して上げてくださいまし。繰り返します……』


 輝きを取り戻した世界に、どーんと真っ黒な学校が隣接された。


「えぇ……どういうこと……」


「なんだよこれ……」


 二人も困惑である。そりゃ意味わからんよな。

 そして気に入らない。人の命を壁にして時間稼ぎをしようとしている。


「お前らの世界は見つけた。でももうちょいここで見ててくれるか? 今帰すとまた呼び戻そうとするかも」


「わかりました。勇者さんを信じます」


 名無しの位置は特定した。

 そっちは無色透明の分身に任せ、ひたすらに校舎を処理しよう。


「名無し、お前は勇者をわかってないよ」


 その腐った性根ごと浄化してやろうじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る