第41話 神造女神ローズ編 前編

 今日は日曜日。なぜかローズの買い物に付き合い、街をふらふらしていた。

 急に街に行きたいとせがまれ、予定もないので付き合うことにしたのさ。


「ようやく服を着ることを覚えたか」


「強くなるために必要でしたから」


 なんと服屋に行った。驚くことにローズの提案で。

 色々着てもらったが、やはりどれも似合っていた。

 今着ているのは、ごく普通の女の子のような白いワンピース。


「そうやって服さえ着ていれば、普通の女の子に見えなくもないぞ」


「失敬な。これでも女神です」


「わかってるって」


 ローズの案内で街を歩く。女神ばかり見かけるが、もう慣れた。

 こいつも心なしか上機嫌な気がしないでもない。


「最近は魔法のコントロールもうまくなってきたもんな」


「ええ、服を着ていても、脱いでいても制御できる。日頃の鍛錬のおかげです」


 魔法の加護を与えてから数日。駄女神一同はめきめきと力をつけている。

 ローズの成長スピードも、目を見張るものであった。


「ここです。ここなら静かで、誰も来ない」


 やってきたのは綺麗な湖。

 よく晴れた日には、こういう場所がより一層輝いて見える。


「こういう静かな場所が好きか」


「落ち着きます。それに聞きたいことがありましたから」


「いいぜ、どうせ今日は休みだ。なんでも聞きな」


 たまにはこんな日もいいな。

 近くのベンチに腰を下ろし、景色を眺めながら話に入る。


「先生。世界を救うとは、どういう気持なのですか?」


「なんだそりゃ?」


 想像から大きく外れた質問が飛び込んできた。


「教えてください。その世界を救うとき、やはり嬉しいものですか? そこに住まう人々の笑顔のために尽くしてきて、それが実るというのは」


「そりゃ嬉しいさ。でもそんな大層なもんでもないよ。俺は好きでやっている。勇者が性に合っているってだけだ」


「その世界は平和になった。ならば次の世界に行かなくとも、その世界に永住すればいい。なのに旅を続けているのですよね」


「ずっと同じ場所じゃあつまらないさ。まだ見たことのない世界があるんだぜ」


 助けを求める人がいるし、強いやつに会いたい。

 未知の神秘も見てみたい。そんなもんだと話してやる。

 参考になっているのかね。


「もう一度、救った世界に行きたいとは思わないのですか?」


「ない。ぶっちゃけ飽きた。はっきり言おう。その世界の全ジャンルで100%トップになれる。嘘じゃない。俺より強いやつもいないし、大抵のものの上位互換は作れる。だからいくつもの異世界を旅していたんだよ」


「その世界に未練がなくなるのですね」


「未練というか、まだ見ぬ世界の技術と強いやつが見たかったんだよ」


 オリンピックなら全種目で金メダル。学問でも伝統芸能でも例外はない。

 なんでもできる。でも、それだけでは飽きるのさ。

 それでいい。あんまり救い過ぎた世界のことは教えないでおこう。


「半分くらい嘘ですね。いつも先生を見ています。それくらいは見抜けますよ」


「お、やるな。先生は嬉しいぞ」


「茶化さないでください」


 教えないでやろうと思ったのに、見透かされた。

 しょうがない。ちょっとお寒い自分語りでもしますかね。


「昔行った異世界でな……救い過ぎた。戦争も止めた。技術も与えた。ミリオン歌手になって、金メダル取って、全く新しいエネルギーで資源問題を解決した。病気で死ぬ人間もいなくなった。その結果、勇者はいらなくなった。人間は堕落しちゃったのさ。だからその世界から旅立った」


「それは……」


 頂点にして不要。その状況を考えたのか、ローズの顔に影が差す。


「そんな顔すんな。旅した世界は、どこも楽しかったよ。女神が横にいてくれたしな」


「女神が?」


「ああ、今みたいに俺を楽しくさせてくれる。駄女神だけどな」


 女神は存在から特殊だ。おそらく、それが俺を救っている。

 駄目でもいい。その駄目っぷりが楽しかった。

 そいつらに何かを教えて、強くなっていくのが嬉しかったんだ。


「一言多いです」


「悪かったよ。先生もいいもんだぜ。お前らが成長してんのは、かなり嬉しかったりするぞ」


「そう……ですか……先生、先生はどうしてここまでしてくれるのですか?」


「ん? どういうことだ?」


「先生だからですか? 責任感から? 楽しいからですか?」


 なんだろう。淡々と聞いているのに、どこか思い詰めているような。


「全部だよ。物事ってのはシンプルだ。けど複雑にもできる。結局は自分が納得いくかどうかだ」


「納得……」


「自己犠牲じゃない。俺は自分がやりたいからやってるんだ。納得してな」


 少しでも、暗い気持ちを払拭してやれたらいいんだが。

 まずは話の中で原因を突き止めないとな。


「そして駄女神の先生になったわけですね」


「奇妙な縁だな。けどお前らでよかったよ。今はそう思う。一緒にいられて、馬鹿騒ぎできて、これで結構、幸せだ」


「幸せ……ですか」


「おう、その幸せを守っている。そう考えれば、これがなかなか楽しいんだぜ」


 はっとした顔。何かに気づいてくれたのか。

 それがいい方向に転んでくれるよう、サポートしていかないとな。


「先生、今日はありがとうございました。とても有意義で、楽しかったです」


 そう言っているローズの声は沈んでいく。

 それなのに顔は笑顔のままで。それが妙な胸騒ぎを呼ぶ。


「礼を言われることじゃない。俺も楽しかったよ」


「私も……先生と同じになれる。そう思ったら……少しだけ、怖くなくなりました?」


 ローズの声は沈んだまま。さらに深く沈んでいる気さえする。


「…………先生」


「なんだ?」


「さようなら」


 俺から離れて、湖の中心へと歩いて行くローズ。

 強烈な嫌な予感がするのと、あいつの足元に転送魔法陣が現れるのは同時だった。


「ローズ? なにやってんだ?」


「さようなら、先生。私は幸せでした。それと……」


 天へと昇る眩い光が、ローズを何処かへと連れていく。


「ローズ!!」


「ちょっとだけ…………ほんのちょっとだけ、好きでしたよ」


 そして光は消え、湖には静寂と俺だけが残された。


「なんだよおい……どこ行ったローズ!!」


 まだ混乱している俺の背後から、聞き慣れた声がした。


「先生!!」


「ローズは? ローズはまだいる?」


「どういうことだ? ローズが消えたのと関係あるのか?」


「消えた? そんな…………間に合わなかった……」


 サファイアとカレンに女神女王神までいる。

 血相変えてここに来たということは。


「どういうことだよ? 何か知ってんのか?」


「城に、行きましょう。ここじゃ話せない。これは女神界のトップシークレットよ」


「……わかった」


 転送魔法で女王神の間まで飛んだ。

 一瞬だったのに、なぜかその時間はとても長く感じた。


「ローズはね、生まれた時から特殊だった。魔力を何種類も持っていて、質そのものがころころ変わる。たまにそういう特性を持った子が生まれるの」


「とても珍しいことですわね」


「でもそういう子はローズ意外にもいるでしょ?」


「ローズは神々が、長い長い犠牲に疲れて、創り上げてしまった奇跡の力。あらゆる魔法の制御ができて、全世界の危機から自分達を延命させるための最終兵器」


「犠牲?」


「特殊な子にさらに数え切れない魔力の素質をもたせ、さらに適正を与えたら、自分達は助かる。生贄はその子だけで済む。そう思う連中がいたってことよ」


「さっきから犠牲とか生贄とか、女神がそこまでするものってなんなんだよ」


「これよ」


 巨大モニターに映し出されたのは、何か巨大な火の玉が燃えている様子。

 場所からして宇宙だろう。太陽に近い。だが大き過ぎる。


「なんだ……これ?」


「太陽のもとよ」


「もと? どういう意味ですの?」


「どんな世界にも大抵の場合太陽はあるわ。千の世界があったなら、九百九十は太陽が存在する。けれどそれらは全て、ひとつの太陽から分離した……飛び火みたいなものなのよ」


 俺が思っていた以上に、女神界には大きな秘密があったようだ。


「昔、女神は……いいえ、全世界の神々は、地上を暖かい光で満たそうとした。闇に怯えること無く、悪しきものを完全に浄化し、人々に、生物に永遠の平和を、と」


「珍しく立派な目的だな」


「ええ、でもそれが駄目だったのかもしれないわ。慣れないことは、するもんじゃないわね」


 いつもの無駄なハイテンションが、なりを潜めている。

 ここまでこいつが悲しそうなのは初めて見た。


「その力は強すぎた。その太陽は、存在しているだけで全世界を焼き尽くしてしまう。だから……ほんのちょっと、表面から飛び出した末端の火だけを切り取って、別世界に飛ばし、太陽として使うことを思いついた。大本は封印してね」


「他の世界の太陽が……切れっ端だってのか」


「そうよ。あの最悪の、原初の太陽と別世界の太陽では……文字通り太陽と、今にも消えそうにくすぶっている、ちっぽけなマッチの火。それくらいの差があるの」


 女王神の声が消え入りそうなほど小さくなる。

 太陽に大本が存在するとは想わなかったな。だが、結局ローズは何故消えたんだ。


「それがなんでローズと関係があるの?」


「あの子は……その太陽にコアに選ばれるように計画されたの」


「どういう……ことですの?」


「力が強くなると、誰かが支配しようとするわ。争いに利用されれば、太陽そのものが消えてしまう」


 わからない話じゃない。強くて不思議な力は、使い方次第で世界を支配できる。

 そうならないためのセーフティは必要だ。


「それを防ぐために、太陽自身に制御システムを付け、特殊な素質を持つ女神をコアに組み込むことで、永遠に太陽は安定した熱量を保てるようになる」


 だがこんなやり方は間違っている。

 女神は、世界はこんな犠牲と悲しみの上に成り立っていいものなのか。


「コアになった女神が、太陽を利用するとは考えませんでしたの?」


「できないわ。コアに選ばれた女神の意識は……消えるのよ」


「…………消える?」


「ただ太陽をコントロールするだけ。それだけの部品になるわ」


「なんで……なんでそれがわかってんのにローズを行かせた!」


「わかってたら止めたわよ!!」


 悲痛な、後悔と懺悔の念を含んだ叫びが響く。


「わかんなかったのよ……太陽は……本当に凄まじいエネルギーで、女神じゃどうにもできないの。適合者をコアにして燃え続ける。そのために必要なコントロールができそうな女神を、太陽が勝手に選ぶわ」


「……信じられませんわね」


「これは女神界トップシークレットよ。数人しか知らないわ。ローズの計画も、知ってから急いで調べて、ローズを保護しようとして、間に合わなかった」


「あいつは……それを知っていて……」


「最後の時間を、あんたとのデートに使ったわ。だから……私が言えたことじゃないけれど……ローズを、忘れないであげて。あんたが忘れたら……あの子が……ローズが……」


 女王神は大粒の涙をこぼす。泣いていることを隠そうともせず、ただ泣くことしかできない。それでも俺に忘れないでいてくれと願う。


「その太陽ってのはどこにある?」


「……知ってどうするのよ?」


「ローズを連れ戻す」


「無理よ! あんたが本当はどれだけ強いか知らない。けれど、あれは神すらどうにもできないの!」


「俺はまだローズの先生だ。立派な女神にしてやるって約束もした」


 あんな顔で別れるなど納得いかない。

 俺は勇者だ。ハッピーエンド以外は認めない。


「先生」


「なんだ?」


「ローズを……お願いします」


「わたしやカレンじゃどうにもできないわ。だから……ちゃんと連れ戻して、一緒に帰ってくるのよ!」


「おう、約束だ!」


 卒業は三人一緒にさせてやるさ。落第なんぞさせない。必ず取り戻す。

 目指すは太陽のど真ん中だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます