キャンプでも駄女神だよ
俺たちは山の中。綺麗な川の流れるキャンプ場に来ていた。
「えー今回はなぜかキャンプに来た。マジでなんで?」
「女神女王様が『キャンプ行ったら楽しかったわ。あんたらも行ってきなさいよ』とのメッセージを残してどこかへ逃げました」
「ちっ、逃げやがったか」
毎度のごとく、女王の思いつきか。はた迷惑な女だな。
「ヤーッホー!」
「それは川でやることじゃないぞサファイア」
「うーみだー!」
「山だよ」
「一日くらいのんびりしてもいいのでは?」
「そうですね。綺麗な川もありますし。今日はリフレッシュということで」
「まあ悪くないか。んじゃ今日はキャンプ。林間学校? ってやつをやってみるか」
そしてカレンとローズを料理組。俺とサファイアをテント組にしたわけだが。
「テントというか、道具どこだ?」
「ないわよ?」
「はあ? さらっとないとか言われても困るぞ」
「キャンプ場って丸太の小屋があるんじゃないの?」
「見渡す限り大自然だが」
遠くに大きめの小屋が見える。なんだあるじゃないか。
「あれだな。行ってみるぞ」
「あそこの鍵だったのねこれ」
「鍵持ってるんかい」
中は手入れがされており、水も出る。埃も積もっていない。
魔法で手入れがされているクチだな。
「じゃ、わたしは寝てるから」
「まてや。飯の準備手伝うぞ」
「起きたらやるわ」
「寝るな!」
サファイアを引きずって外へ出る。はんごうで飯を炊くローズが見えた。
「どうだ、トラブルとかないか?」
「無事、火をおこし、順調にお米が長けていると自負します」
「そうか、火加減に気をつけないと難しいぞ」
「まったく……脱ぐヒマすら無いとは……」
「そのまま米を見張れ」
いいぞはんごう。そのままローズを動けなくしているのだ。
自分のご飯がかかっているだけあって、ローズは真剣だ。任せてもいいだろう。
「カレンを手伝うぞ」
「釣りとかしたい。キャンプって釣りとかするでしょ」
「今日はカレーだ」
「えー」
ちょっとやってみたいけど、飯は多くても食いきれない。
ちゃんとカレーを作ろう。
「先生、お疲れ様です」
「おう、順調か?」
「はい、今は野菜を切っています」
「よし、サファイアもやれ。包丁の使い方覚えろ」
ここで料理スキルを上げてやろう。カレーなら簡単だし、キャンプ感も出るしな。
「しょうがないわねえ。何切るの?」
「ニンジンからいきましょう」
「嫌い」
「俺も好きじゃねえけどカレーだしな」
「先生も好き嫌いがありますからね」
「栄養なんて取らなくてもよくなるとな、好きなもんだけ食いたくなるんだよ」
常に健康な不老不死になると、嫌いなものを我慢する必要がない。
太らないし、病気にならないからだ。
「栄養バランスが偏るから、好き嫌いはダメなんですよ」
「バランスどころか食わなくても支障がないけどな」
「あんた便利な身体ねえ」
なのに好き嫌いはいけないとか言われるから面倒なんだよ。
ニンジンの切り方を教えながら、なぜ人は無理矢理野菜なんぞ食ってまで生きるのか。そんな哲学に入り込みそうになる。
「わたしも不老不死になれば、好きなものだけ食べてていいんじゃない?」
「女神に寿命とかねえだろ」
「でも先生なら女神も殺せるんじゃないの?」
「そうか、そういう意味じゃあ不死じゃないんだな」
「なんですかこの物騒な会話は」
「サファイア。包丁の持ち方危ない。指が当たらないように切るんだよ」
「難しいわね。あ、指ぶつけた。もうめんどい」
指が当たって包丁が欠けそうになっている。
流石は女神。頑丈にできてやがるぜ。
「こう……こう? よしできた! イモ貸しなさいイモ。ニンジンができて、イモができないはずがないわ」
「はいはい。イモは難易度高いから気をつけろよ」
「余裕よ余裕!」
野菜は任せておくか。せめて家事くらいはできるようになってもらうぞ。
「肉は?」
「切ってあります。定番の牛肉です」
「定番ね。変化球でもいいのに」
「うまくやりゃマトンとかいけるんだが、今日は基本でいく」
「美味しいの?」
「美味いぞ。失敗すると超臭いけどな」
取扱の難しい肉である。上物以外は、ちゃんと扱っても臭いことがあるし。
まあ女神界ならなんでも揃うし、上物もあるだろう。
「次はマトンにしてみましょうか」
「いいだろう。女王にでも準備させるか」
「あの人ろくなことしませんよ?」
「金だけ出させよう」
「ヒモみたいね」
「まだ給料出てないからな」
そういや給料についてちゃんと聞いてないな。
月末に出るらしいが、どうも金に執着がなくなってんだよなあ。
「お給料は円とドルどっちを希望しました?」
「選べんの!?」
「どっちも女神界じゃ使えないじゃない」
「じゃあなんで選ばせるんだよ!?」
「多分嫌がらせですね」
「あいついっぺんしばく」
ノリだけで生きやがって。俺の教師生活なんだと思ってやがる。
「先に確認しないなんて、先生ってお金に無頓着ですよね」
「錬金術くらいできるからな。例えば捨てるニンジンの皮あるだろ」
「ありますね」
「これをこうすれば金にもダイヤにもできる」
適当にひとつまみして、純金に変えてからダイヤに変える。
純金は結構錬成が楽。ダイヤはこつがいるのだ。
「はー……そりゃ興味もなくなるわね」
「ダイヤにした包丁で切ると、皮が切った先からダイヤになりまーすっと」
「なんですかそのブルジョワなかくし芸は」
「暇だったんで覚えた。やることないと無駄に芸が増えるんだよ」
「どうでもいいけどカレーに混ぜないでよ。食べ物じゃないんだから」
「もう全部皮に戻したよ」
金粉を食う文化もあるが、カレーには入れないだろう。
高級品じゃないと相性悪い気がする。
「ルーどうする? 俺が作るか?」
「カレーの女神様甘口があるわよ」
「あんのかよ。んじゃそれ入れて煮込むぞ」
材料全部入れてじっくり煮込む。ここでカレーの良し悪しが決まる。
「絶妙ないい匂いが食欲をそそりますね」
「そうだな。じっくり煮込めば煮込むだけうまくなる」
「先生、ご飯がたけました」
「急ぐのよ! ご飯が冷めるわ!」
「しょうがねえなあ」
鍋の時間を早めて一気に仕上げる。冒険中にもやった手だ。
時間短縮できるので、単純な作業向き。
「よし、んじゃ食うか」
四人でテーブルに座って手を合わせる。
「いただきます」
一口食ってわかる。美味い。キャンプのカレーは美味いのさ。
「いい味です。コクがあってご飯がすすみます」
「やっぱり先生のカレーは美味しいですね」
「美味しい! まあわたしが作ったし当然よね!」
「よくできてるな」
ちゃんと食える。しかも美味い。上出来だ。
シンプルな料理といえど、美味しくするには根気が必要になる。
そういうことを学ばせていく。これも教師の勤め。
「初めてなのに美味しくできたわね」
「ちゃんと手順守って真面目にやれば、大抵はそれくらいできるんだよ」
「基礎は大切なんですよ」
「野菜も切れるようになるしな。できることが増えたじゃないか」
できたことは褒める。厳しい、怖いとクズは別物だ。混同するアホが多すぎる。
そこが理解できないやつは、物事を教えることに向いていない。
「飯もちゃんと炊けているし、カレーは大成功だ。こうやって料理のレパートリーは増えていく。緊急時に作れる料理も増える。できて損はないのさ」
「おかわり!」
「聞いてるか?」
「聞いてるわよ。ご飯時にあんまり難しいこと言うんんじゃないの」
「ん、一理あるな。俺もおかわりで」
「まだ余裕がありそうですね。私もお願いします」
「はいはい、ちょっと待って下さいね」
こんなとき、自然とカレンが世話係みたいになる。
なぜかは知らんが、感謝はしているぞ。
「食べたらキャンプファイアーよ」
「あれって燃やして何するんだ?」
「火を見ると気分が高揚するのでは?」
「してどうする?」
「謎ですね。今世紀最大のミステリーですよ」
「まず今は何世紀だよ。まあやるだけやるか?」
あれはどうするものなんだろう。なにかの儀式や風習が形骸化したものか。
あれだけ大きな火が出る仕掛けを、なんの意味もなくするとは思えない。
「釣った魚でも焼きます?」
「それはありだな」
「じゃあ夜食のために釣りでもしましょうか」
「釣りやってみたい!」
「んじゃ釣りで」
幸い川には魚がいるようだし、釣りの基本でも教えるか。
「よーし、じゃあ釣り竿貸してやるよ」
メニュー画面で倉庫を呼び出し、初心者用にカスタマイズされた、最高性能のやつを貸してやる。
「おお、なんかそれっぽいじゃない!」
「こう見えても釣り大会で優勝経験がある。まず餌をつけよう」
「うえぇ……ミミズ気持ち悪い……」
「ルアーではいけませんか?」
「ルアーなんて自然に生えてないぞ。サバイバル訓練も兼ねているから、ちゃんとやること」
「そういえば授業の一環でしたね」
多少手伝ってやって、なんとか形にはなった。
正直これは練習が必要なので、初回から完璧にできるとは思っていない。
「あとはじっと待つ。待ってりゃ……お、かかるの早いな」
俺の竿が引いている。確かに魚がかかっているな。
「ここで気をつけるのは焦らないことだ。焦ると逃げる。ゆっくりと、じっくりと糸を巻くんだ」
「露出のタイミングや興奮する脱ぎ方と共通していますね」
「なにと繋げてんだ!? ああもう、で漫画みたいにドバーっと持ち上げなくていい。しっかり巻いたら、ちょっと引き上げて」
「うわ、びちびちいってるわよ」
結構活きがいい。大自然で育っているからかも。丁寧にいこう。
「そのへんの石で囲ったスペースにおろす」
川のすみっこに、石を積んで小さな生け簀を作る。
そこに入れておけば、調理する時まで死なない。
「おおー面白そう!」
「無闇に釣るなよ。ちゃんと食わないとダメだ。一回釣ったら針のせいで生きていくにはしんどいんだから」
「はーい!」
「ではいきます」
麦わら帽子にシャツとズボンのローズ。いつ着替えた。
「ふっ、これが釣りスタイルです。せい!」
完璧なフィッシングである。こいつ変な才能が開花し始めているな。
「じゃ、わたくしとこっちで釣りましょう。釣りは静かな時間を楽しむのですよ」
「そうだな。あとで魚をさばく時に手伝ってくれよ」
「はい、お任せを」
「ええぇぇい負けるかああぁぁ!」
「サファイアうるさい」
ほどほどに釣りを楽しみ、やはり調理時に騒がしかった。
魚は一からさばくと結構グロいのである。まあこれも教育だ。
キャンプファイアーの火を借りて塩焼きにし、釣った分は全て美味しく頂いた。
これもいい経験だろう。明日からの授業プランに、こういう実習を入れてもいいかもしれない。そう思えるくらいには、キャンプは大成功だった。
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