はかせとじょしゅのおにぎりじけん

宇奈式玲

しんぷる・いず?

はかせとじょしゅの目はきらりと光った。


ジャパリパークの七不思議「美味しい匂いのそばにいつもふたつの影あり」である。

「われわれはかばんのそういう探究心をいつでも歓迎するのです」

さすが耳が、いや鼻が早い。

「えーっとですね。まずは、ごはんにちょっとだけお塩を振って、ですね、あとはこうやってこうやって…」

かばんは、炊けたばっかりのごはんを片方の手のひらに乗せ、あちっ、あちっと言いながらも両手に包む。あら不思議。かばんがその手をほどけば、それは三角形のかたまりに変わっていた。

「すごーい!なにそれ?早く食べたい食べたい」

サーバルは目を丸くしている。

「『おにぎり』って言うんだって。ああ、ちょっとサーバルちゃん。まだダメだよ、あとで、ね。これで完成、っと」

「料理にしてはしんぷるですね、はかせ」

「確かにしんぷるすぎですね、じょしゅ。これではじゃぱりまんとほとんど変わりませんね。期待薄なのです。それはそうと、これからどこか行くのですか」

「はいきんぐ、だよ。丘の上まで行くんだー。そこで食べるとおいしいんだよねー、かばんちゃん」

「絶対おいしいよ。このあいだトキさんが教えてくれたんだー」

「数がちょっと多いようですが…」

ひとつ、ふたつ、みっつ…と並べられていくそれをはかせとじょしゅは目で追った。

「せっかくだから、みなさんのお昼に食べてもらおうと思って。これぐらいかな。はい出来あがりっと」

「はい、はかせとじょしゅ。じゃあみんなのとこ行って来るね」

「ひとりで食べちゃだめだよ、サーバルちゃん」

「食べないよ!ウフフ。じゃ行ってきまーす」


「配ってきたよー」

と帰ったサーバルの手にはひとつだけ残っている。

「ひとつ余っちゃったー。どうしよう?」

「じゃあ。これはみなさんのために、いつもがんばってくれているはかせさんとじょしゅさんに。うまく分けてくださいね」

そう言い残すと、二人は丘の方へ楽しげに歩いて行った。

「けがをしないようにするのですよ」

「気をつけていくのです」

二人を見送り、

「そういえばじょしゅ。ごんどらのねじが一本見つからないのです」

思い出したようにはかせは言った。

「わかりました。ちょっとわたしがさがしてきます」


夕方、帰ってきたかばんとサーバルはベンチに座るはかせを見つけた。

「ただいまー、はかせ」

「じょしゅさんはいないんですか?」

聞こえていないのか、はかせは山の方をじっと見つめたままだ。

「まったく、もう。知らないのです…あんなじょしゅ…」

はかせとじょしゅ。いつも一緒のふたりがひとりでいるところなんて初めて見る。

かばんは不思議に思って尋ねた。

「良かったら何があったか話してくれませんか?ぼくもなにか役に立ちたいんです」


はかせの話は大体こんな風――。

「おかえりなさい、じょしゅ。ねじはありましたか?」

「それがなかなか…」

「わかりました。私も一緒にさがしましょう。でももうお昼なのです。まずはかばんの作ってくれたおにぎりを食べてからにしましょう」

「そうですね。まずは食べてからにしましょう」

はかせがおにぎりを二つ出すと、

「もしかして…はかせ。ひとりで…食べたんですか?」

「もちろん、まだですよ。じょしゅの帰りを待っていたのですから」

「だって二つしかないじゃないですか!」じょしゅは怒りだした。

ああ、ひとつは――。と言ってる最中にも、

「ごめんなさい、はかせ。じょしゅはきょうでやめさせてもらいます」

はかせも自分が答えかけてるときに、そんなことを言われたので、思わずムッとしたらしい。

「わかりました。どこへなりと行くのです。ですが、これはあなたの分です」

「もちろんです!さようならはかせ」


残るあとひとつのおにぎり。本当はどうしたかと言うと、じょしゅを待っている間、おなかを鳴らせたアードウルフが隣に座ったので、

「まだ足らないのですね。私は長なので、とても慈悲深いのです」

と、食べさせた、というのだ。でもそれを聞く前に、じょしゅはすっ飛んで行ってしまった。

「なーんだ、そんなことかー。すぐ追いかければいいのにー。私だったら、そうするなー」

「単純なサーバルにはわからないのです」

「でも本当は仲直りしたいんでしょ?だってまだおにぎり持ってるじゃん」

「それは…」はかせは言い淀む。

「わかりました。ぼくたちが誤解を解いてきますから、そんな泣きそうな顔をしないでください」

行こう!サーバルちゃん――。二人はもう駆け出している。

はかせは自分がそんな悲しそうな顔をしていると思ってもみなかった。

「ちょっと待つのです」

思わず二人を呼び止め、

「ひとことだけ、伝言お願いするのです――」


山のすぐ入口。高い木の上にいるじょしゅを見つけたのは、かばんだ。こちらもひとりでさみしそうなのが、すぐわかった。

「じょしゅさーん!誤解ですよー。あのおにぎりは…」

「もう知っているのです。さっきアードウルフが口にくわえているのを見ましたから」

「じゃあ、どうして…」

「もう遅いのです。わたしはあんなことを言ってしまったのですから」

「遅くなんてないです。それに伝えたいことは、ちゃんと言っておかないと、絶対後悔します。ぼくとサーバルちゃんだって、もう少しで何も言えないところだった…」

「でもはかせは怒っているのでしょう?」

「それはぼくにはわかりません。でもじょしゅさんは仲直りしたいんでしょう。だってそれ、まだ食べずに持ってるじゃないですか」

「これは…」

「じゃあひとつだけ、はかせさんからの伝言、伝えておきますね」


「どうだったー?かばんちゃん」

「うん、もう大丈夫じゃないかな。それでねサーバルちゃん、言っておきたいことがあるんだけど…」

「なになにー?」

「きょうは楽しかったね。いつもありがとう、サーバルちゃん」

「エヘヘ。どういたしまして。こちらこそありがとね、かばんちゃん」

ふたり、今どうしてるかな――?きっと大丈夫だよ――。


「しんぷるなのになかなかどうして。おいしいのです」

「ええ。しんぷるなのに。はかせ…あの…それで…さっきはごめんなさい…」

「フフフ。もういいのです、じょしゅ。今はこれを味わうとしましょう。いいお塩加減です」

「はい、はかせ。さすが、かばんですね」


「しんぷる」?

そういう、はかせの伝言だって…。

――としょかんで待っているのです。わたしのじょしゅ はかせ――

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