最後の日
@signov
最後の日
初めてここに来たとき以来だろうか。今日くらい空が澄んでいる日はなかったと思う。
隣の島がはっきりと見える。あそこにいるフレンズたちは元気だろうか。
さよならの言葉をラッキーに任せようかと思ったが、フレンズたちにメッセージを伝えるための改造には時間がなく、断念した。
今はただ、この場所に住むフレンズたちが幸せに過ごしてくれることを祈ることしかできない。
振り返った先には記憶にあるものから随分とへこんでしまった山が見えた。
爆撃による再生型超巨大セルリアンの撃退は失敗した。
最終的に、フレンズたちの協力で水の底に沈めることができたが、その結果はあくまで爆撃によるところが大である、ということで上では話がまとまったようだった。
この島に墜落した爆撃機を回収にくる人もいないから、このまま島からヒトがいなくなれば真実が公になることもない。
そう。この島には人はもうやってこない。少なくともサンドスターの解析が終わるまでは、絶対に。
この島はもうフレンズたちの島なのだ。
本土からワタシへの帰還命令は出ているが、本当に本土に戻れるのだろうか。それとも……。
自分の手をなでる。はらはらとサンドスターの輝きが宙に舞う。
サンドスター。動物の体組織を媒体にヒト型へと変態させる触媒。
新しい進化の可能性であると同時に、未知の汚染物質とも言われる、未だ謎の多い物質。
しかし、自分がその影響を受けてもなお、フレンズたちを間近に見ていたワタシにはそんな風には思えなかった。
ふと、視界に観覧車が見えた。
ラッキーたちのメンテナンスも終わって、アトラクションは問題なく稼働すると報告を受けていたことを思い出す。
そういえば、一度も乗ったことがなかったな。
最後に一度くらいは乗っていこうか、と観覧車へと足を向ける。
ゴンドラの前まで来たが、ワタシでは動かすことはできない。
するといつの間にやらラッキーが足元へと現れた。彼らはこんなときでも優秀なガイドだった。
ラッキーを抱えてゴンドラへと乗る。腕の中でラッキーが小刻み震えると、いささか嫌な音を立てながら観覧車が回り始めた。その振動でワタシは窓枠に手をついてしまった。
どうして窓枠に手をつくことができたのか。それは、ゴンドラにあるべき窓がなかったからである。先ほどは気づかなかったが、気づいてたらこのゴンドラには乗っていなかっただろう。
大丈夫かしら、と思ったが、すでに動き出したゴンドラから飛び降りるわけにもいかない。
態勢を崩した結果、床に転がったラッキーは器用に身体を転がしてワタシの対面へと座る。ここは今のラッキーのようにどっしりと構えるしかないだろう。
そんな決心をしているうちにもゴンドラはどんどんと上へと上がっていく。
それほど風も強くない。ワタシはソロリと窓のない窓から下を見る。そこには森に囲まれた遊園地が広がっていた。
最新型ロボットによる自律的都市運営の大規模シミュレーション。
そんな、あからさまに無茶苦茶なお題目で開始したプロジェクトにより、当初の想定とは異なった施設がどんどんと作られていったが、作業内容だけを見れば今の本土でも十分に有用であると判断できるほどの結果が得られた。
セルリアン、そしてサンドスターのことがなければ、それこそ本物のテーマパークになっていたかもしれない。
フレンズたちとお話をして、一緒にいくつものちほーを周っていく。
きっとヒトとの違いに戸惑いながら、でも、互いに理解し合いながら旅をしていく。
そう、ワタシのときのように。
今や夢みたいな話だ。本当にそうできたらどんなに楽しいだろうに。
そもそも、サンドスターが出現しなければ、プロジェクトが始まることもなかったな、と自分の身勝手さに苦笑してしまう。
ゴンドラは頂上付近まで来ていた。ワタシは向かい側に座るラッキーに録画をお願いする。
ここでの最後の言葉を伝えておこうと思ったのだ。例え、このメッセージが誰にも届かなくとも。
せめてワタシがここにいたことを残すために。
後のことをラッキーにお願いする無念を残すために。
録画の最後に突風で帽子が吹き飛んでしまった。空へ躍り出た帽子は見る間に小さくなり、どこか遠くへと姿を消してしまった。
下にいたサーバルちゃんが探してくれると言ってくれたが、時間もないので丁重にお断りした。
見つかったとしても本土へと持ち帰るだけだ。
それなら、少しでもワタシがいたことをこの島に残しておいてもいいだろうと思ったからだ。
港に向かうと、帰還艇が既に到着していた。
これでこの島からもお別れか。
すると、突然目の前が誰かの手で覆われる。
「だーれだ?」
「サーバルちゃん」
「せいかーい!」
そう言いながら彼女はワタシの眼前に身を現した。
わからないわけがない。声を聞かなくたって、目を覆う指の感触だけでもわかる。
それに、ワタシのことを覚えているフレンズは今は彼女しかいない。
「もういっちゃうんだね。やっぱり、さみしいよ」
「うん。ワタシも」
なにか言っておきたい言葉もあったはずだけど、言葉にならなかった。
だから彼女をただ抱きしめた。彼女も何も言わずに抱きしめ返してくれた。
「ずっとこうしていたいな」
「そしたら、サーバルちゃん、暑さでまいっちゃうよ」
「へへへ。そうだね」
彼女の身体が離れる。彼女の目には涙が浮かんでいたし、ワタシの目にも同じものが浮かんでいただろう。
「それじゃあ、行くね」
彼女の横を通り過ぎて船に乗り込む。無人の船室に入ると、船は自動的に動き始めた。
先ほどの観覧車に比べれば何一つ心配はないほど無機質な動作だった。
港を振り返ると彼女が手を振っていた。笑顔で手を振ってくれていた。だから、ワタシも笑って手を振り返す。
船はどんどんと遠ざかり、彼女の顔はもう見えなくなってしまった。
いつか必ず戻ってくる。
でも、そのいつかは一生来ないかもしれない。
今のワタシの身体のことを考えれば本土にすら戻れないかもしれないのだ。
彼女だってあの島で生きていれば、他のフレンズたちのようにセルリアンに食べられて記憶を失うかもしれない。
もう一度会うことは奇跡に近いことなのかもしれない。
それでも、とワタシは祈る。
いつかまた、と。
「ありがとう。元気で」
遅いお別れの言葉が口をついて出た。ジャパリパークはもう見えなくなっていた。
最後の日 @signov
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