キロクとキオク

ツキノワ

第1話 ジャパリまん (柏餅風)

「ジャ、アトハタノンダヨ。

 ボクハ ジャングルチホーノ コウニンニナッタカラネ。」


 そう言って、目の前のラッキービーストはエアシューターに入ってしまった。セントラル・ネットが使えない今、再起動されたばかりの僕は、転送されたわずかな記録が頼りだ。まずは地下倉庫の管理人に会わなくては。


「オッ、キタネ。サッソクダケド、ニンムヲ ヤッテクレルカナ。」


 貴重な物資とジャパリまん原料を管理しているラッキービーストは、畳みかけるように話しかけてくる。そりゃまぁ、パークの維持もおぼつかない現状では、限られたラッキービーストの頭数を遊ばせておく余裕はない。


「ヘイゲント コウザンノ アイダニイル キンシコウノ ヨウスガ

 オカシイラシインダ。」


 キンシコウはセルリアン・ハンターになるほど安定しているフレンズだ。ハグを好み、人見知りしない性格のはず。ハンター仲間にでもトラブルか?心配だ。エアシューターの出入り口は平原と高山の両方にあるけど、どちらが良いかな。


「モンダイハ ヘイゲンチホーラシインダ。タノンダヨ。」


 再起動されて初めてのエアシューター利用だ。整備が完全なら問題ないはずだ。パークの維持機構のほとんどがセントラルとの通信障害で使えない今、僕たちラッキービーストができる限りの保守・修繕をして、動力、ジャパリまん製造設備、気象レーダーなどを動かしている。パーク内の物資輸送を担う地下のエアシューターは、その重要性からも、点検距離の長さからも、多くのラッキービーストがかかわっている。連絡係となった僕にとって、もっとも大事な設備だ。

 真っ暗なエアシューターの中に入る。狭い。射出パレットに体を固定し、上を見上げる。ゴミ排出のため軽く与圧されており、暗闇がのしかかってくるようだ。近接通信で射出指令を出す。


ゴゥ… シュゥン…


 ジャパリまん輸送に使われるだけあって、なめらか加速と静かな乗り心地だ。その快適さが、暗闇と合わさって押しつぶすような感覚にとらわれる。この区間の整備に問題はないようだ。


シィュゥン… シュィイィ… カッ   ギュゥッ


 平原に到着した。外に出ると、別のラッキービーストが待ち構えていた。


「ヤットキテクレタネ。

 キンシコウハ フダンアンテイシテイルカラ ゲンインガ ワカラナインダ。」

「バショハワカッテイル。スグニイコウ。」


 門から外に出ると。一面の桜吹雪であった。すごい。石畳の両脇に延々と桜並木が続いている。記録と照らし合わせると、南方に800mほど桜街道が続いているようだ。白地に淡い紅がさした花びらが舞い散る中、無粋なラッキービースト二体が歩いてゆく。

 桜並木を抜け、古い駅舎にたどり着いたが、キンシコウはいなかった。


「ハンタイガワニ イルミタイダネ。マカセテ。」


 そう言って、もと来た道を戻りだす。何も言うことはない。黙って、桜吹雪の中、粛々と歩き続ける。


 サァーーーー


 舞い散る花びらの中、一陣の風が吹く。

 すごい。

 金色のたてがみ、長い尻尾、逆光の中、水彩画のようにたなびいてゆく。

 キンシコウだ!

 桜の木の間を飛び移っている。なんてキレイな姿だろう。


 シュタ


 キンシコウが目の前に降り立った。重さを感じないほどの身軽さだ。


「あらボス、どうしたの、珍しいわね。」

「ボスが二人もいるなんて、もしかして、お花見?」


 キンシコウが話しかけてきた。優しいフレンズだ。

 近くで見ると、やっぱりキレイだ。

 さっそく、任務開始だ。キンシコウの録画開始。


「この季節のサクラはきれいよねー。

 ツキノワグマやヒグマも楽しみにしているのよ。」

「でも、夜に門と駅舎で明かりがつくでしょ?

 そこに、セルリアンが集まってくるみたいなのよ。」 

「そこであたしの出番ってわけ。」


 スラスラとお話をかけてくる。とても様子がおかしいようには見えない。

 となりのラッキービーストがジャパリまんを出した。得点稼ぎか!


「あら、ありがとう。」

「このジャパリまん、桜の花びらを乗せているのね。ステキ。」

「ボスたちもちゃんと食べている?」


 そういって、キンシコウはジャパリまんにかぶりついた。


「ボスたちとお花見できるなんて、フレンズならではよね。」


 ゆっくりと時間をかけてジャパリまんを食べながら、色々なお話をしてくれた。このちほーにいる動物キンシコウの話、冬眠癖の抜けないクマたちの話、温泉狙いにゆきやまちほーに通うニホンザルの話。寡黙なヒグマと仲が良いのも頷ける。

 ジャパリまんを飲み込みながら、名残惜しそうに喉を鳴らす。サクラ風味は気に入ってもらえたようだ。


「ありがとう。とってもおいしかったわ。」

「もう少し、見回りをしてくるわね。」


「今の季節はとってもステキだけど。私たちキンシコウは葉桜も好きなのよ。」

「その頃に、また一緒にジャパリまんを食べましょ。」


 次の瞬間、キンシコウは桜木立の中に飛び去ってしまった。雲にでも乗れるような身軽さだ。


「ドウダッタ。ユウコウテキナ フレンズダロウ。」

「イツモミテイルボクカラハ、スコシ サミシソウニ ミエルンダヨ。」

「モチカエッタ キロクノ、ブンセキヲ マツヨ。」


 正直、キンシコウよりもこのラッキービーストの方が寂しそうに見える。大丈夫か?


……


「ココダヨ。」


 図書館にいるライブラリー担当のラッキービーストが、映像記録を見ながらあっさり問題を見つけ出した。「世界のモンキー」という本から、キンシコウとテングザルのページを交互にめくる。


「ノドヲ ナラシタアト、ヨウスガ カワッタネ。」

「カノジョラハ リーフ・イーター ダカラネ。」


 なるほど、ジャパリまんはヒトのクチに合わせてふっくらと焼き上げているが、この本にあるように葉っぱを食べる生き物には、少し噛み応えが足りないのかもしれない。成分はばっちりでも、食感はまだまだか。もしかしたら反芻をしたいのかもしれないから、のど越しも考えないと。


「マカセテ。コレカラノキセツ、ピッタリノ メニューガ アルンダ。」


 和菓子の本を開きながら、メッシュネットで各地のラッキービーストと通信を始めた。解決に向かって動き出したようだ。連絡係としての今回の任務は終了だ。


……


 一月後、ようやくフレンズに試してもらえる試作品が完成した。キンシコウだけでなく、外の葉っぱを外せば他のフレンズにも楽しんでもらえるはずだ。記憶の中の優しい笑顔を想像しながら、僕はエアシューターのハッチを閉じた。



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