親友=ライバル

@shitasaki

親友=ライバル

「助けてくれないか」

「頼む。このとおりだ」

 突然現れて頭を下げられても、かばんはなんと答えていいかわからなかった。言葉の主が、以前旅の途中で自分に武器を向けたこともある、武闘派のオーロックスとアラビアオリックスなのだからなおさらだった。もちろん今は武器を持っていないが、あの時と同様、詳しい説明はない。

「助けて、って……なにがあったんですか?」

「それが……うちのボスなんだが」

「ライオンさんになにかあったんですか?」

「いやそれが……」

「なにがあったのかが、わからないんだ」

 要領を得ない。どう説明していいのかわからないらしい。

「とにかく、来てくれ」

 しびれを切らしたオーロックスに少し荒っぽく手首を捕まれる。そのままズンズンと歩くので、半ば引っ張られるようにかばんは移動した。


 かばんはメリーゴーランドの方を見た。そのゲート前の階段にライオンが座っている。普段は城に住んでいる彼女の、遊園地での定位置らしかった。

 今かばんがいるのは、メリーゴーランドのそばにある、以前はなにかの店だったであろうこじんまりとしたテナントの影だった。バレないようにとこの場所で見ているよう指示されたのだ。

「ボス、食事をお持ちしました」

「ご苦労」

 かばんが見守るなか、アラビアオリックスとローレックスの二人は恭しくジャパリマンの入ったかごを差し出す。と、ライオンはすぐに手で掴んで、がぶりと食べ始める。

 対する二人は、どこか気圧されるようにしていた。まるで何かに怯えているようにも見える。

「それと、ボス、見回りですが」

 ローレックスが言った。

「なんだ」

「ええと、特に異常はありませんでした」

「……フン」

 おや、と思った。以前にも、“部下の前で示しをつけている”ライオンは見たことがある。あの時も威圧感はあったが、今はそれに加えてトゲトゲしさを感じたからだった。

 今度はアラビアオリックスが口を開いた。

「ツキノワグマの報告によると、私たちの群れに加わりたいフレンズが既にいるようです」

 ライオンたちが勧誘活動をしていることはかばんも知っていた。ヘラジカたちと同じ数を揃えようとしている。なにか楽しいことをしていると噂になっているので、うまくいくだろう。

「そうか」

 しかし、ライオンの言葉は突き放すようにすら聞こえる。

「これで次は負けません。前回の雪辱を晴らしましょう。あのヘラジカたちを――ヒッ?!」

 ライオンの反応にもめげずに、無理にでも明るい雰囲気を出していたローレックスが小さな悲鳴をあげた。ライオンが鋭い視線を向けたからだった。それだけで、傍から見ているだけのかばんですら、背筋に寒いものが走った。思わず手首を見る。旅の仲間は自分に危害が及びそうになれば、なんと喋ってくれるのだ。

「で、では、失礼しますっ」

 言いながら、二人は逃げるように立ち去った。

 かばんはその後もライオンを見ていた。んにゃ~と伸びをすることもなければ、だらだらと横になることもなかった。


「なぁ、なにか怖かっただろう?」

「怒らせるようなことはしていないと思うんだけど……」

「たしかに、変ですね……」

 今となってはかばんもハッキリと問題を認識していた。一言でいうと――ずっと不機嫌なのだ。群れのボスである彼女があの調子だと、怯えるフレンズは他にもいるだろう。

「なぁ、なにか気づいたことはないか?」

「かばん、お前ならなにか思いあたるんじゃないか?」

「ええと……」

 かばんは目を泳がせる。すごいことを思いつくと評判になっているのは、アライグマとサーバルが、まるで自慢のように様々なフレンズに広めているからだ。

 しかし、事実として、かばんには気づいたことがあった。

「あの、ヘラジカさんはどうしていますか?」

「ヘラジカ? どうしてだ?」

 名前が出た時、ライオンさんがより機嫌を悪くしたように見えたからです。……と、正直に言うことはしなかった。二人が早とちりし犯人だと決めつけて、実力行使に出るかもしれないと思ったからだった。

「まぁいい」

 そう言って考え込んだ二人を前に、かばんはホッとした。

「ん~……あいつも機嫌が悪いのかもしれない。なんでも、強そうな相手なら誰かれ構わず勝負しようと声をかけているらしい」

「いや、それはどうだろう。この間カバと戦おうとして時は、上機嫌に見えたぞ。相手にされていなかったのに」

 あぁ、そういうことか。

 かばんは、ヘラジカのいる場所を尋ねた。


「やぁやぁかばん!」

「ヘラジカさん、こんにちは。来てくれてありがとうございます。」

 かばんは、呼び出した相手に礼を言った。自分から出向くわけにはいかなかったのだ。

「なんのなんの。それで、私になにか用か?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……」

 言いながら、かばんは視界の端に視線をやった。

 かばんが今いる場所は、メリーゴーランドの裏側だった。動きを停めている馬たちの隙間からライオンが見えた。その背中がピクンと動いたところも。

「ヘラジカさん、最近色んなフレンズさんたちと勝負しているらしいですね」

「うむ。パークには強い動物がまだまだいるな。私は毎日が楽しいよ!」

 ハッハッハと笑うヘラジカに、笑みを返すことはできなかった。あちゃー、と思っている。

「あの、それで……今まで出会った中で一番強かったのは誰ですか?」

 突然の質問に、しかし一切の間を置かずヘラジカは即答した。

「もちろん、ライオンだ」

 またライオンの背中が動いた。かばんはさらに質問を重ねた。

「なら、強そうなフレンズさんと勝負しているのはどうしてですか?」

「それはだな、今度こそライオンに勝つためだ。ライバルとして恥ずかしいところは見せられないからな。私はもっと研鑽を積まなければいけないんだ」

「へー」かばんの声は少し棒読みだったが、それを指摘するものはこの場にはいなかった。

「ヘラジカさんって、ライオンさんのことが大好きなんですね」

「あぁ、そうだ。初めて会った時の衝撃は今でも鮮烈だったぞ。あの時、私は生涯で唯一のライバルを見つけたのだと確信したよ」

「じゃあ、もしライオンさんより強いフレンズさんがいたらどうします?」

「そんな者がいるとは思えないが……まぁ、でも私にとってのライバルは、やはりライオンだよ」

 ハッキリと、ヘラジカは言った。

「彼女はな、私の特別なんだ」

 かばんの視界には、立ち上がってこちらに近寄るライオンが映っていた。その顔は、清々しいほどの笑顔だった。


「へー、じゃあライオンはヤキモチやいてたんだね」

「うん。全部誤解だったんだけどね」

 夕焼けが赤く染める遊園地のベンチで、かばんはジャパリマンを食べながらサーバルに事の顛末を聞かせていた。 オーロックスとアラビアオリックスから何度も礼を言われたあと、ようやく解放されたのだ。

 ライオンとヘラジカは二人で仲良くその場を去った。今頃は、自分たちのように一緒に夕食でも食べているのかもしれない。

 なんにせよ、二人がすれ違うということにならなくてよかったと思った。

 しかし、かばんにはある想像が残った。

 もしもサーバルちゃんが、ボクを置いて誰かと一緒に旅をしたら……。

「どーしたの?」

「ううん、なんでもない」

 視線に気づいたサーバルに、そう答える。ありえない想像は、もう頭の中から消えていた。

 そして、なんの不安もない笑顔を、特別な親友に向けた。

 これからもどうかよろしくね。

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