アルテギアの軌跡
秋雨 暦
天使代行の少女
第1話「大樹の森」
「あーあ。また汚れちゃった」
草木が生い茂る森の中、少女は所々血で汚れた剣を
少女の周りには狼の死体。ざっと数えて六体だ。
どの死体にも首の
少女は地面に剣を突き立てた後、腰に下げてたポーチから無地の白いハンカチと水筒を取り出した。水筒の中身は水の様で、飲むのではなくハンカチを濡らすのに使った。
そして或る程度ハンカチが濡れると、慣れた手つきで剣に付いた血を拭きはじめる。
「流石に毎日毎日拭いてれば慣れてくるよね。こんなの慣れたって全然嬉しくないけど」
剣は、五分もしないうちに綺麗な銀色の刀身へと戻った。
少女は、剣を腰に掛けてる鞘へと戻し、ハンカチと水筒をポーチへ戻した後、休憩のため、たまたま近くを流れていた川へと向かった。近くを流れていた川はどうやら上流付近のようで、大きな石があちらこちらに散らばっている。
「本当、最近魔獣被害多いよなぁ。ギルドに入ってくる依頼のほとんどが魔獣退治の依頼ばっかりだし」
少女は、羽織っていたマントに胸当て、籠手に膝当てといった装具を全て外した身軽な格好で川辺にあった少女の身長よりも大きな石の上に横になり、恨めしそうに一枚の紙を眺めていた。
その紙は依頼書だった。
内容は最近、餌に飢えた狼魔獣『ワーウルフ』たちが町の果物や野菜を狙って、森から人里まで出てきているので村の付近だけでも駆除してほしいというものだった。
ワーウルフは、
「うーん、村の近くだけって言われても、根本的な部分で餌の問題が解決しない限り被害は減らないと思うんだけどなぁ」
少女が村周辺での駆除ではなく敢えて森の探索にしたのは、食料が豊富なはずのこの森で食糧不足が生じている理由を探るためだった。決して仕事放棄ではない。
少女は、五分くらい依頼書を眺めた後、足を垂直に伸ばした反動で起き上がる。
真上から陽の光に照らされて熱を帯びた石の上は寝るには相応しくない場所だった。
額から流れる汗をぬぐって、紙をポーチへしまいこんだ後、石を身軽にひょいひょいと渡り水際まで移動する。
水面を覗き込むと、金髪に、空色の瞳を持った端正な顔立ちの少女の姿が映し出されていた。
ポーチから先ほどの水筒を取り出すと、水の中に水筒を突っ込んで中身をを補充し始めた。
「そんなに使ったつもりなかったのに……飲みすぎたかな」
そして、空だった水筒を満タンにした後、今度は手をお椀型に作って水をすくい、ゆっくりと飲み始めた。冷たい水が戦闘と陽の光で火照った体をいい具合に冷ましていく。
何回かそれを繰り返してると、次第にゆっくりだった飲みっぷりは勢いを増していた。
思う存分水分補給した後、再び装具を置いていた石の上まで戻っていく。
「うわ、熱くなってる」
装具はどれもこれも熱を持っていて、はめる気を損なわせる要素しかない状態だったが、つけないでの戦闘は危険のため渋々といった様子でつけ始める。
そして全てつけ終え準備が整うと、再び生い茂る緑の空間へと戻っていった。
アルテギアの大地は、世界の均衡を保つために必要な四元素――火、水、風、土の力をそれぞれ宿した四つの塔により管理され、その恩恵によって
そして、各元素の恩恵をより濃く受けることが出来る塔の周辺に国は栄えていき、現在は、四つの国――アヴァル公国、スレイデン王国、トリスティア王国、ローレリア連合国が時代を築いている。
大陸の中心部を境に、北部をトリスティア王国、南部をスレイデン王国、西部をローレリア連合国、東部をアヴァル公国が支配していた。
少女が現在探索中のこの森は、水を司る塔、ポセイダムによって、水の恩恵を強く受けるトリスティア王国の南西部にある大樹の森だ。
大樹という名前が付くだけあって、この森には、幹周が三十メートルを超え、高さが十メートル以上もある木が森の最奥地に存在する。そして、約千五百年前、五つの大
陸が集まり、超大陸アルテギアが形成される前から存在してるという伝説がある。
大樹の森に一番近い場所に存在する村落、少女の故郷でもあるエイベルでは、この大樹をユグラルーツと称し、神が植えた樹として崇めていた。
そんな森の中間地点に少女の姿はあった。
休憩に使った川は森の少し外れた場所にあったのだが、そこからまた森の中心の方へと戻り、奥の方を目指して足を進めていた。森を移動している最中に、何度も魔獣と遭遇し戦いを強いられていたが、特に問題はなく順調な足取りを保っている。
「危なっ!」
そして、少女は現在魔獣と絶賛交戦中。敵は猪魔獣ラムボアーだ。雄には牙があるが、雌にはそれがない。
基本突進しかしてこないので、動きさえ見切れば戦いに慣れていない人でも対処することは可能だが、群れに遭遇してしまうと連携攻撃をしてくる厄介な敵だった。少女が遭遇したのは四体の雄の群れだった。
絶妙なタイミングで各々が仕掛けてくる攻撃に少女は手を焼いていた。
時速約三十キロで繰り出される突進の威力は、まともに受けたらただでは済まない。
「ぐっ!」
そう判断した少女は、刃先を巧く牙へと交わし突進を受け流した。その反動で少女は若干仰け反ってしまったが、ラムボアーの攻撃も突進力を失い、
その隙をめがけ、背後から斬撃を打ち込んだ。ラムボアーは背中に走る痛みに絶叫する。
少女は追撃せずに、すぐに状況確認に入った。
すると、右方向から突進中の一体がすぐそこまで迫っていた。今度は安全を優先させ、バックステップで回避する。すると目の前をラムボアーが走り抜けていった。
ラムボアーは回避されたことに気づき止まろうとするもすぐには止まれず、数メートル先の所でやっと止まる。
「ほんと、単調で助かるよ!」
少女は、
「かかった!」
剣と牙が、再び交わる。
少女は、先ほどの反省点だった仰け反りを防止するため全体的に体勢を低くし体重を前方にかけていた。それが、功を奏したのか今度は、仰け反ることなく受け流すことに成功した。
そして、仰け反らなかった分、先ほどよりも素早く次の行動へと移ることができた。
今度は、狙いを足に変え、左後ろ脚に切り込む。足をやられたラムボアーは絶叫とともにその場に倒れこんだ。
「よし一体目」
足を封じられたラムボアーは、もはや敵ではない。むやみな
一体、また一体と次々に無力化されていくラムボアー達。戦闘が終了した後のその場には、足をやられ立ち上がろうにも立ち上がれず、もがくだけの猪魔獣の姿だけが残っていた。
少女は戦闘終了後、再び奥へと向け足を進めていた。
「それにしても」
少女は、進めていた足を止め森全体を見回した。
「なんか、森がいつもと違うような……」
普段から仕事でよくこの森を訪れているため、森には詳しい少女だったが、いつもは感じない違和感を感じていた。やけに魔獣達が殺気立っているというか、怯えてるというか……
そして何より、奥に進むにつれて魔獣の姿が少なくなってきているのだ。中間地点を超えたあたりから段々その傾向が強くなっている。
少女は、嫌な予感を覚え、止めていた足を再び奥へと進める。ギラギラ大地を照らしていた太陽はいつの間にか雲によってその姿を隠していた。全体的に晴天だった青空にもちらほら雲がかかっている。
そして、いよいよ最奥地に着く頃には、完全に空は雲によって覆われ、魔獣の姿は一切見当たらなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます