日記外その23 タヌキの総大将と再誕

 誰も居ない草原地方の浜辺。

 彼女は一人で紫色の髪を風に靡かせながら海と同じ藍色の目で遠い水平線を見詰めていた。

 頭には虹色のグラデーションの掛かった翼があり、彼女の服装は何処と無くパークガイドの服と良く似たデザインをしている。


「気になって来てみればやっぱり生きてたみたいだねん」

「……?」


 そんな彼女の背後から現れたのは藁の笠と瓢箪を身に付けた不思議な空気を纏うフレンズたった。


「わたしはイヌガミギョウブだよん。ってきみは知ってるから今更自己紹介は必要ないかー」


 イヌガミギョウブは彼女の側に近寄って浜辺に胡座をかく。


「消滅する寸前に自力で“かがやき”を産み出してフレンズになった。前例はあったし可能性は無くはなかったけどねん。きみもそこに座って少し酒でも酌み交わしながら話をしようや」

「……」


 彼女はイヌガミギョウブに言われるまま素直に浜辺に腰を下ろした。

 イヌガミギョウブは瓢箪の栓を開けて口元に持っていき、ぐいっと傾ける。


「?」


 しかし、何も出ない。

 瓢箪を逆さにして振ってみるが水滴一つ落ちてこない。


「………空だった。超巨大セルリアン達と戦う前に景気付けで飲み干したままだったかー……がっくし」


 イヌガミギョウブは瓢箪をその辺に無造作に放り投げて彼女へ向き直る。


「んじゃ、本題に入ろうかねん。セルリアンの知識は奪った“かがやき”を元にする。あのヒトから奪ったにしてはきみはこちらの事情に詳し過ぎた。それがどうしてだか分かる?」

「………」

「話したくないならそれでも良いけどねん。こっちは勝手に憶測を言うだけだから。ま、あの子のお守りに与えた加護を通じて知ったことだから、全部を知ってるって訳じゃないけどねん」


 イヌガミギョウブは彼女から視線を逸らして海の方へ向く。


「セルリアンの女王は他のセルリアンを操る力を持つ。きみがして見せたようにねん。だけど、きみの力は本当にきみの力だったのかな?」

「………」

「もう出来なそうなところを見るにやっぱりきみの力じゃないと思うんだけどねん。それにもう一つ理由としてはオイナリの奴が既に起きてたってところかな。ここからでも分かるくらい力がかなり弱ってる。長い間一人で何かを封じてたんだろうねん。十中八九セルリアンの女王だろうけど……全く、一人で抱え込み過ぎなんだよん」

「……」


 イヌガミギョウブはここには居ない同じ守護けものであるオイナリサマに向かって愚痴を溢す。


「そういや、さっきからずっと黙ってるけど、そろそろ何か言ったらどう?」


 イヌガミギョウブがそう彼女に提案すると、彼女は遠慮がちにイヌガミギョウブにこう尋ねた。


「ここは……何処?ワタシは……誰?アナタはワタシを知ってるの……?」

「……………こりゃ参った!記憶喪失か!ってことはさっきまでの話は全然分かってなかったのかなん?」

「……うん」

「……次からはもうちょっと早く言ってねん」


 イヌガミギョウブは視線を海から彼女の方へ戻す。


「じゃ、色々教える前に命名の儀式と行こうかねん。慣例に乗っ取ってきみに名前を付けよう」

「……?」

「セルリアンなセツナ。略してセルナ。それが今日からきみの名前だよん」

「セルナ……ワタシの名前……」


 セルナは己の名前を記憶に刻み付けるようにそっと呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る