アライさんのいない日

小野神 空

アライさんのいない日

「フェネックなんてもう知らないのだ!」

「ふーん。アライさんの好きにすればー」

 そう言ってアライさんと離れてから太陽が昇り沈みを3回繰り返した。思えばアライさんとこんなに一緒にいないのなんて初めてかもしれない。喧嘩だって初めてした。

「……私は悪くない」

 いつもアライさんは思いついたらすぐに行動して、今回だってかばんさんのためなのは分かるけど考えもせずに危険なことをして私の心配している気持ちなんて全然考えてくれない。

 アライさんのことを考えれば考えるほど心の中がもやもやしてぎゅーっと押し潰されそうで、しばらくは彼女のことを考えないようにしよう。

「あれ、フェネックさん?」

「おー、かばんさーん。奇遇だねー」

 することもなくて、何となくその辺を歩いているとかばんさんに遭遇した。彼女にアライさんがどこにいるのか聞いてみようと思ったが、しばらくアライさんのことを考えないようにすることを思い出した。

「今日は一人なんですね」

「あー……うん。かばんさんも今日は一人なんだねー」

「あはは。サーバルちゃん、ゆうえんちに夢中になっちゃって。せっかくだからと思ってこの近くも見ておこうかなと」

「おー、わたしと一緒だー」

 かばんさんと同じようなことを考えていたなんて何だか嬉しい。アライさんに会ったら報告……いやいや、アライさんは関係ないんだった。

「……フェネックさん、たまには一緒にお話ししませんか? せっかく会ったのにここでさよならも寂しいですし」

 そう言うとかばんさんは近くにある倒れた木の幹に腰掛ける。一人だけ立っているのも変だから私も隣に座らせてもらう。

「いいねー。かばんさんの武勇伝をぜひ聞かせてほしいなー」

「ボクに武勇伝なんてないですよ。いつもフレンズさんたちに助けられてばかりですから」

「そんなことないよ。どこに行ってもみんなかばんさんのこと褒めてたんだから」

 アライさんと一緒にかばんさんを追いかけていた時、どのフレンズもかばんさんのことを嬉しそうに話していた。彼女はもうこのパークの仲間なんだ。

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。でもそれはきっとサーバルちゃんのおかげなんです。サーバルちゃんがボクを見つけてくれたから、ナワバリを離れてまでボクの旅に付き合ってくれたから今のボクがいるんです」

 その言葉に私の心が再びチクリと痛んだ。私にもそう言えるフレンズがいるだろうか。考えようとしたとき――いや、考えなくてもずっと私には一人しかいない。私を引っ張ってくれて楽しそうに笑ってくれる仲間が。

「フェネックさんにもいますよね。そう思っても会いにくいですか?」

「あれ、かばんさん何で知ってるの……?」

「見てたら何となくそんな気がして。力になれたらって思ったんです」

 やっぱりヒトとは不思議な生き物だ。言葉にしていないのに他の生き物の気持ちが分かるなんて私にもそんな力があればこんなことにはならなかったのに。アライさんになんて言えばいいのか。

 何も言うことが出来ずに俯いているとかばんさんは立ち上がって私の正面にしゃがみこんだ。

「フェネックさん、アライグマさんに会ってみませんか? きっと会った方がフェネックさんも分かりますよ」

「え、でも……」

「大丈夫ですって。ほら」

 私の手を握ってかばんさんは走り出す。その手は暖かくて優しかったけれど、何だか私には合わないような気がして。でも私はその手を握ってかばんさんの後を走った。


「ほら、あそこにいますよ」

 数分走ると港の岬に座っているアライさんを見つけた。声をかけようにも喉から言葉が出てこなくて、近づこうにも足が木のように重くて動かない。振り返ってかばんさんの方を見ても、彼女はにっこりと笑うだけだ。

「ほら、フェネックさん!」

「か、かばんさーんっ……」

 かばんさんが大きな声を出したせいでアライさんが私たちに気づいてこっちを見る。私は思わず顔を伏せてしまって彼女の顔を見ることが出来ない。どうすればいいんだろう。何を言えばいいんだろう。あれこれ考えている間に足音がどんどん私に近づいてくる。

「フェネックー!」

「ア、アライさん?」

 急に飛び込んできた彼女を受け止めきれず、私たちは2人で地面に倒れこむ。久々に見た彼女の表情は涙でぐじゃぐじゃになっていた。

「フェネック、ごめんなのだー……フェネックが心配してくれてたのに、アライさんが勝手なことばかりして迷惑かけたのだ……。謝るから許してほしいのだ。一緒にいて欲しいのだ」

 彼女の言葉1つ1つが私の心に沁み渡って、さっきまでどうしていいのか分からなかったのに言いたいことがどんどん出てくる。やっぱり私はアライさんと一緒にいたいんだ。

「アライさーん、私こそごめんねー。ちゃんと言葉にすればよかったのに、言わなきゃ伝わらないよね。大丈夫、私だってアライさんと一緒にいたいよ」

「え、えへへ……フェネック、初めて自分の気持ちを言ってくれたのだ。アライさんと同じ気持ちだったのだ」

 そう言われて何だか照れ臭い気持ちになったけど、今までよりも幸せな気持ちが込み上げてくる。これからはもう少し自分の気持ちに素直になって、アライさんに話してみようかななんて考えた。まずはその一歩目を――

「アライさーん、これからもよろしくね」

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