かばんの日記

ノロ

第1話 かばんの日記

 初めて友達が出来た日のことは、よく覚えている。

 その子は僕に名前を付けてくれた。友達になってくれた。

 ご飯の探し方も教えてもらったし、安全な眠り方も教えてもらった。木登りだって、出来るようになった。

 この世界の生き方を教えてくれた。

 友達の名前はサーバルちゃん。

 僕はかばん。変な名前だと思うかもしれないけど、僕は結構気に入っている。

 サーバルちゃんが付けてくれた名前だ。

 僕たちは世界中を旅して回った。

 たくさんの友達が出来た。

 毎日が楽しくて、キラキラと輝いていた。

 でも、そんな日々は唐突に終わってしまった。

 

「ヒトとサーバルでは、寿命が違うんだ」

 パークガイドロボットのボスが教えてくれた。

「ヒトの寿命は70年から100年と言われているよ。サーバルキャットの寿命は10年から20年くらいだね」

 ボスはとても冷静に、僕の質問に答えてくれた。

 どれだけ泣いたか分からなくて、僕はサーバルちゃんがいなくなったことを受け入れるのに随分と時間がかかった。

「ボスは寂しくないの?サーバルちゃんがいなくなっちゃって」

「仕方のないことなんだよ、かばん。パークガイドロボットの僕に、泣く機能はないけど、僕も寂しいよ」

 そう言って、ボスはしばらく機能を停止した。

 

 僕はそれ以来、旅に出なくなった。

 図書館の隣に家を構えて、本を読んで過ごすようになっていた。

 ハカセたちが時々遊びに来たので、料理を作ってあげたりしていた。

 サーバルちゃんがいなくなった頃から、昔なじみのフレンズもどんどんの寿命を迎えるようになっていった。

 ハカセは消えてしまう前に言っていた。

「かばん。私のあとは、お前がこの島の長になるのですよ」

「僕には長なんて、務まりません」

「大丈夫ですよかばん。お前なら出来るのです。お前の優しさと知恵でフレンズたちを見守ってあげて下さい。それが、ジャパリパークの長の勤めなのです」

 そう言って、ハカセはいなくなってしまった。

 こうして、僕はジャパリパークキョウシュウエリアの長になった。

 僕は分からないことを訊きに来るフレンズたちのために、色々教えたり、ハンターたちと協力して、セルリアン対策を練ったりしていた。

 サンドスターの噴火で幾人ものフレンズが生まれて、僕を残していなくなった。

 寂しいことだけど、いつしか慣れていった。

 僕は大丈夫。この島の、長なので。

 時が流れた。

 

「すごいぞぉぉ!やっぱりヒトはいたんだ!海から流れ着いた空き瓶を拾ったら、『文字』が書いてあってな!見てくれ!これは、図書館にあった『文字』と同じだぁ!『文字』はヒトしか使わないからな!海流の流れを考えたらヒトが住んでいる場所はだな!」

 古い友人のツチノコさんが、図書館に来るなり一気にまくし立てて、真っ赤になった。

 昔と変わっていないみたいで、僕は微笑ましくなってしまう。

 ツチノコさんは僕よりも寿命が長いそうで、今も元気に遺跡を探検したりして、ヒトの文明について研究しているみたいだった。

「それはすごいですね、ツチノコさん」

「……とにかく、見てくれ。文字は、読めん!」

「……はい」

 僕は空き瓶の蓋を開けて、中に入っていた手紙を読んだ。

「なんて書いてあったんだ?」

「『僕はジャパリパーク唯一のヒトです。この手紙を拾ったヒトがいましたら、連絡をお待ちしています。お友達になりましょう。かばん』……そう書いてあります」

「……これ、お前が書いたのか?」

「はい。昔、海に手紙を流したら誰かが拾ってくれるかもってサーバルちゃんが言っていて」

「そうだったのか。余計なことをしたな」

「いえ。久々に懐かしい気持ちになれました。ツチノコさん、ありがとうございます」

「あいつのこと、まだ引きずっているのか」

「もう大丈夫です。かなり時間も経ちましたから」

「そういえば、この前サーバルキャットを見つけたぞ。フレンズ化する前の」

「そ、それはどこですか!?」

 僕は慌てて椅子から立ち上がった。

 そのとき、大きな噴火の音がジャパリパーク中に響き渡った。

 外に飛び出すと、山から大量のサンドスターが噴出しているのが見えた。

 サンドスターがフレンズ化する前の動物に当たると、フレンズになる。

「ツチノコさん!そのサーバルキャットはどの辺にいたんですか!?」

「サバンナちほーのゲート前だ!」

「僕、ちょっと行ってきます!」

 気をつけろよと言うツチノコさんの言葉を背中に受けて、僕は駆け出した。

 

「かばん。サンドスターで新たに生まれたサーバルは、君が知っているサーバルじゃないよ」 

 ボスが言った。

「うん。分かっているよ」

 僕は降り注ぐサンドスターを横目に見ながら走り続けた。

 早くは走れないけど、長く走ることなら得意だ。

 それも、サーバルちゃんが教えてくれた。

 サンドスターの光が消えていく。

 生まれてきたサーバルちゃんは、あのときのサーバルちゃんとは違う。

 それは分かっている。

 でも、僕は。

 どれほど走っただろう。ゲートの前に着くと、虹色の光が一体の動物を包んでいた。

 僕は立ち止まり、光が形を成していくのをゆっくりと待った。

「あれ……ここはどこかな。私は……あなたは誰?」

 新たに生まれてきたフレンズは、不安そうにキョロキョロと周囲を見た。

 僕は涙が出そうになるのを堪えた。

 泣いたらきっと、彼女は不安になる。

 僕は覚えている。あのときと同じだ。

 今度は僕が教えてあげる番だ。

 だから僕は精一杯の笑顔で言った。

「あなたはサーバルキャットのサーバルだよ。僕はかばん。僕とお友達になろうよ」


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かばんの日記 ノロ @norororo3

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