第48話

ぶわっ。


突然、竜巻が現われたような轟音がした。


暗い部屋にとどろいた豪快な音とともに、

佳子さんが、掛け布団をすっぽりとかぶってしまった。



佳子「ダアー、シャリヤス!」



僕はすぐにわかった。


僕 「ドア、閉まっちゃったの?」

佳子「えへ、わかった?」

僕 「だって、『ダアー、シャリヤス』でしょ。もう発車してください」

佳子「えへ」



少し説明すると、

佳子さんの言った「ダアー、シャリヤス!」というのは、

京浜急行の電車が出発するときに、ホームにいる駅員さんや車掌さんが

「ドアが閉まります」

という言葉を崩して言うときの言葉、とされているものだ。


実際には、こんなやくざな言い方はしないのだが、

京急の雰囲気にこの言葉がよく合うため、

鉄道ファンの間では「ダアー、シャリヤス!」と言うと、

それは京急の電車が出発するときのこと、ということで通っている。


鉄道好きで、しかも京急沿線に住んでいた佳子さんは、

おそらくこの言葉が好きなのだろう。

小田急沿線の僕には、実感がわかない話だが、

僕も鉄道は好きなので、これくらいの話は知っている。



佳子「ワンコちゃん、京急知らないのに、よく知ってるね」

僕 「たまたまだよ」



僕がややあきれてそう言うと、心に刺さる鋭い返事が返ってきた。




佳子「その、たまたまが、好き。」




ええ。佳子さん、なんてうれしいことを言ってくれるんですか。

うれしいなあ。うれしいなあ。

僕はもう少し、布団をかぶった佳子さんに近づこうとした。


すると佳子さんは、その雰囲気を察知したようだった。



佳子「だーめ。きょうはもう『ダアー、シャリヤス!』なのっ」



布団の中から、こもったような声で、

今夜の佳子さんのドアが閉まったことが告げられた。




惜しいなあ。僕は残念がった。

佳子さん、本当にいつも場面を作るなあ。

もしかして、これも、物語のためのセッティングなのか?


一瞬、そんなことを考えたが、

せっかくいい雰囲気になったのにそう考えるのもよくない、と思ったし、

この物語に参加させてもらっていることへの喜びもあったので、

そう考えるのは、すぐにやめた。


それにしても、佳子さんは、

この物語をどこに持っていこうとしているだろう。


もちろん、ハッピーエンドになってほしいという気持ちはあるが、

それより何より、

僕はいつまでもこの物語に参加していたいと思い始めていた。


こんな緊張感あふれて、場面があって、胸が躍り、時々落胆もするけれど、

でも少しずつ前に進んでいるような気がする物語って、

なかなかないような気がする。


マイナスだらけだと思っていた僕の世界に、プラスの要素が舞い込んできた。


そして、この物語への参加は面倒だけれども、面倒でないときよりも、

心地よい自分がいることを僕は見つけていた。


佳子さん、お願いだから、物語をまだやめないでね。

僕はそう願いながら、枕に載った頭の位置を、もとの位置に戻した。













暗闇の中、僕ははっと目覚めた。

きっと、いつの間にか寝てしまったのだろう。

いま、何時かな。僕は時計を見ようと、体を入れ替え、

佳子さんの方を向いた。


僕 「あれ?」


見ると、佳子さんの布団は大きくはがされ、佳子さんはいなくなっていた。

起きるには、早すぎる。どこに行ったのだろう。僕は、心配になった。

僕も布団を大きくはがし、佳子さんを探しに行こうとした。

でも、どこに探しに行けばいいのかわからない。


布団をはがした後、耳を澄ますと、

「うー、うー」というわずかなうめき声が聞こえた。

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