第3話



女性「…そうですけど。」



僕は声を大にして言った。



僕 「あの、私、予備校でお世話になった、

石井です!」






ここで、少し、

僕の過去の説明をしなければならない。


僕は、高校受験で早稲田大学の付属校に

2つとも落ちて、

東京六大学の別の大学の付属校に

通っていた。


でも、早稲田大学にどうしても行きたくて、

高校3年のとき、

代々木にある大きな予備校に通っていた。


そこには、早稲田大学に合格した先輩で、

後輩の高校生の面倒を見る

チューターというアルバイトがいた。


そのチューターの1人が、

池田佳子さんだった。


佳子さんは、僕に

早稲田大学に入るための勉強法を

いろいろ教えてくれた。

そして、できの悪かった僕を

何とかしようとしてくれた。


ものすごく色白で、

肩を少し追い越すくらいの黒髪。

きりりとしたまなざし。

凛とした表情で、気品のあるたたずまい。


女子御三家といわれる

名門の高校の出だけど、

それをあまり感じさせない快活さと

同居するつつましさ。

そして、かわいい笑顔と、

細やかな面倒見のよさ。


どれをとっても、

落ちこぼれの男子高の生徒だった僕が

見たことのない世界の人だった。


僕の中で、最高のプリンセスだった。




「私がなんとかしてあげるから。」




佳子さんのやさしさは、

15歳で突然母親を亡くした僕の心に、

深く、深く、染み入った。


そして、佳子さんのことを、

すごく好きになった。

僕は、佳子さんと同じ大学に入るために

がんばろう、と思うようになった。

   

予備校に行くのも、

やがて佳子さんに会いに行くが目的になり、

一日中佳子さんのことを考えて、

「僕、毒されている」と思うほどだった。



でも、それがものすごく心地よかった。



それに僕は、高校3年の途中から

学校に全く行かずに、グレていた、

どうしようもない高校生だった。


でも、佳子さんがいてくれたおかげで、

偏差値50以下だった僕が

最後には1日18時間勉強した。


あれだけ「勉強しろ、勉強しろ」と

うるさく言っていた父親が

「お前は勉強のしすぎだ。おかしいぞ。」と青くなっているのを見て、

僕の方が驚いた。



そして、佳子さんに抱きしめてもらった

湯島天神の青いお守りを持って入試に臨み、

ついに、佳子さんと同じ

早稲田大学に合格した。



合格したら告白しようと思っていたので、

佳子さんにいよいよ

「好きです」と言おうと思った。


平成6年の春だった。


しかし、当時は携帯などない時代だった。

連絡もうまくとれず、

僕もヘタレだったので、

せっかく同じ大学に入ったのに、

その後会えたのは、

大学1年の5月にすれ違った1回だけで、

ほとんど何も話せなかった。



初夏の強い日差しのもと、

白っぽいワンピースがかわいかった

佳子さん。

その姿を見て以来、

関係はぷっつりと途切れたままだ。



それが、今、23年のときを越えて、

電話口の向こうに、佳子さんがいる。

僕は、必死に、笑ってしまうくらい必死に、熱っぽく話しかけた。



「あのう、覚えていますか」



しかし、佳子さんの返事は、

とても、とても、残酷なものだった。

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