眠れる獅子

@mikatsuki35

ライオンの目覚め

       1 


 バオバブの作る影が、自分からズレていた。強烈な日差しが全部焼きつくしてやるとでもいうように照り続けている。


「うぅ……あぢぃ」


 私はたまらず顔をしかめた。鬣のような髪が熱を貯め込み、頭は蒸れ蒸れだ。この上なく鬱陶しい。


 ごろごろ転がって影の中に入った。身体や髪の毛に草が付いたが気にしない。日中は眠気に任せて惰眠をむさぼるのみだ。こんな暑いのに動く気にはなれない。無駄に喉が渇くだけだ。


 また目を瞑り、意識がなくなるに任せる。やがて、視界の端がぼやけた世界に私は降り立つ。


 夢の中の自分――傷だらけの逞しいオスライオン。きりりとした双眸はサバンナ中を見据え、立派な鬣を揺らしながらねり歩く。誰が見ても威風堂々とした百獣の王。眠る姿すら様になっていると、つれあいたちの間で評判である。私が守るプライドはサバンナ一大きい。どでかいバオバブの下に陣取り、皆で生きている。


 そんなこの群れを乗っ取りに来た若いオスは一度や二度ではない。その時には正面切って若造どもを迎え撃ち、蹴散らす。体中にできた傷は勝ち続けている勲章でもある。


 今日も群れを守り、つれあいに傷をいたわられる。


 そして不意に、世界が崩れ去って消える。


       2


 目が覚めると夜だった。


 阿呆みたいな大欠伸をかまし、のっそりと起き上がった。起きてからやることは決まっている。水辺で顔を洗い、次いで水分補給だ。まだ半分寝ている身体を引きずるように歩き出した。


 いきつけの水辺で顔に冷水を打ち付け、眠気を追い払った。さっきの夢の情景が浮かぶ。


 私とてライオンだ。群れを持ちたい。誰かに慕われながら過ごしたいという思いは強い。だが、平和とジャパリまんが自分の眠気を倍加させている。明日からやろう、今日はごろごろしてたい――そして毎日眠りの深みにはまる。


 はぁ。今の私はただのネコだなぁ。


       3


 喉の渇きを癒していると、ざばぁんという音とともに黒い影が現れた。


「だぁれぇ……あらライオンじゃない」

 

 カバはこの水辺のヌシだ。のほほんとしているが怖いぐらい力が強い。私やワニもカバには畏れを抱く。


「どーも」


「あなたはいつも夜にきますわね」


「昼間は暑いしね。やることあれば動くんだけど」


「でしたら、いっそのことサバンナを離れたらいかが?」


 唐突に、それもぶっ飛んだ提案に私はぎょっとした。


「平原地方では好戦的なフレンズ同士が縄張り争いを繰り返してて、ちょっと危ない場所になっていると聞きましたわ。あなた、一つおさめにいってきなさいな」


「なんでカバがそんなこと知ってる?」


「ここには普段からたくさんのフレンズが来ますのよ。いろいろな情報が耳に入るんですわ」


「平原には、群れのボスがいないってことか」


「みたいですわね」


 私は腕を組んで考え込んだ。平原はジャングルと砂漠を越えた湖畔の先にあり、図書館がある森林に隣接する地方だ。行けないことはないが、距離はかなりある。


「ともかく、ここでぐうたらし続けるよりはいいんじゃなくて?」


「気軽にいってくれるなぁ。私が抜けたら、誰がこのサバンナを見守るのさ」


「そんなもん、いくらでもいますわ」


 あまりに歯切れのよい正論に、私は言い訳に窮した。サバンナのフレンズたちは、皆が皆きままに気楽に暮らしている。したがって私がいなくなっても新たなボスを巡って争いが勃発する心配はなく、そもそも私はボスでもなんでもない。


「ライオン」

カバは諭すようにいった。


「自分で起きないと一生眠れる獅子のままですわよ」


       4


 寝床に戻った。横にはならず、木にもたれて夜空を見上げる。


 頭の中で天秤が揺れている。このままだらだら一人暮らすことと、まだ見ぬ場所に飛び込み、己の身体一つで新しい道を拓いてみること。どちらを自分が欲しているか。

 

 夜中考え込み、やがて燃えるような陽が大地を照らし出した。いつもなら横になる時間だった。


「……ちょっとだけ、寝るのは飽きたかも」


 いつもの眠気は訪れなかった。


       5


 平原にはサバンナじゃ見慣れないものがたくさんあった。中でも馬鹿に大きな建物にはしばし圧倒された。


「これは皆欲しがるだろうなぁ。縄張りにするにはぴったりだもんなぁ」

 日光も雨風も寄せ付けないその面構え。天候が悪い日にはここで寝るのも悪くない。


「おい、おまえ」


 低い声に振り返った。きつい目つきのフレンズが二人、それぞれの武器を自分に向けている。オーロックスにアラビアオリックスだ。


「なんだ?」


 私は低い声でいった。威圧を込めた唸りに彼女らは一瞬たじろいだ。


「ライオンがここで何をしている?」

 オーロックスが睨めつけながら訊いてくる。


「この建物が気になって来てみたんだ」


「ここは私が最初に目をつけた場所だ」

 アラビアオリックスが吼えた。


「いや、私だ」

 すかさずオーロックスが反論する。


「馬鹿をいうな、私だ」


「私だ!」


 そして二人は私を忘れて言い争いを始めた。なるほど、こんな連中ばかりなら小競り合いがなくならないはずだ。


 こいつらをまとめあげないと、平原は乱れたままだ。他のフレンズも寄り付かなくなるし、落ち着いて寝ることもできないだろう。


 よし――肚を決めた。私の手で、寝て暮らせる平原を作り上げてやる。


「おい……おーい!」


 腹の奥から怒鳴って、やっと二人は喧嘩を止めた。


「おまえたちにボスはいないんだな?」


「ボス? そんなものはいない。だから城を獲ったものが平原のボスになるだろうな」

 オーロックスは杈の先を建物に向けた。


「わかった。では、私がこの城とやらを貰おう」


 絶句する二人に、私はにやりと笑ってやる。


「不服があるなら挑んでくるがいい。二人同時に相手してやろう」


 簡単な挑発――両者とも柳眉を逆立て激昂した。


「この野郎、いったな!」


 オーロックスが突進してきた。わかりやすい体当たり。かわした。がら空きの背。首元に跳びかかった。組み伏せる。野生解放――サンドスターの光が漏れる。


 背後で風が薙いだ。振り返った。オリックスの一閃。右手で受け止めた。引き込み、無防備な腹に爪をたてて押し倒した。


「まだやるか?」


 二人の目に私が写っている。金の髪が鬣のように揺らぎ、牙が光っている。

恐怖にひきつった顔――可愛い。食べたいくらいに。


 背筋が震えた。駆け上る快感を抑えながら私は唸った。


「他にこの城を狙っている者はいるか? いれば私の元に連れてこい」


       6


「失礼します」

 

 襖が開き、オーロックスが姿を見せた。


「ヘラジカの軍団が向かってきています」


「奴らか」


 私と同じように、フレンズ同士の競り合いに勝って軍団を築いた者がいる。それが森の王・ヘラジカという話だった。


「いかがしますか」


「迎え撃て。止められぬ時は、私がここで大将を倒す」


 彼女は大きく頷き、去っていった。私は息を吐き、だらしなく寝転がった。


 あれからそれなりの月日が経った。やがてプライドを率いた私は、皆に勧められこの城を群れの巣にした。ツキノワグマも抱える私の群れは精強で、今や争いも殆どなくなっていた。


 あとは――。今からくるだろうヘラジカに勝つ。そしてこの地方に平穏を取り戻したら、気ままに外でだらけよう。ここに来て一番不満なことは寝る時間が減ったことだ。だから私は平原が平和になることを誰より望んでいる。


 森の王は強いだろうが、負けるつもりはない。勝ってプライドを守り続けるのが使命であり、何よりも誇りある我が生き様だ。

 

 そう。

 

 私は百獣の王、ライオンなのだ。

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