過去と対決する未来!
佐伯和彦
第1章 新入部員!
第1話 新入生歓迎?
床は垂れ落ちたカラフルな絵具の模様のせいで落ち着かない雰囲気を醸し出していた。
そんな美術教室で有原優花はただひたすら油絵の具と格闘していた。なにしろ部員は一人。活動するもしないも彼女の判断しだい。顧問の田中一平は日本史の教師で、美術部には何の興味も持っていない。彼にとって絵画など、教科書会社のくれる風景写真カレンダーほどの価値しかない。それは彼の優花を見る眠たげな目つきでわかった。
美術の担当教師が非常勤扱いのため、部活の面倒を見る専門家がいなかった。入学前にそのことがわかっていれば、優花は山城高校になど入学する気はなかった。優花は画家を目指していた。目標は日本画家の松井冬子。『痛み』を表現する彼女の作品にとてつもなく共感していた。東京芸大に入って彼女のようにインパクトがあって有名な画家になりたかった。
今日も美術教室には彼女の好きな嵐の曲が流れていた。他に誰も部員がいない以上、どんな環境であろうと許される。
「自分の好きな曲をかけて何が悪い?」
いくら油絵を描いているとは言え、芸術的な音楽などかけるつもりはない。クラシックなどかけるだけ眠気を誘うだけだ。
「嵐、最高!」そう叫びながら優花は無人の美術教室で再びキャンバスに向かった。制服のブラウスは着たままスカートを脱いでハーフパンツ姿になるのが彼女のユニフォームだった。『美術部スタイル』と自分で命名し、放課後はその格好で学校中を駆け回っていた。
四時十五分になっても新入生は誰一人現れなかった。優花の目に涙が浮かんでくる。
「くそおー! 許せない。何で誰も来ないのよ!」キャンバスに向かって叫ぶ。その声はキャンバスに跳ね返って自分に返ってくるだけだった。
五限目のクラブ紹介では美術部スタイルで熱弁を振るった。ものすごく受けた。なのに何で誰も来ない?
しだいに自己嫌悪に陥る。あれは受けていたわけではないのだ。みんなが演技過剰の私を嘲笑していただけなのだ。そう思うと、優花の目に再び涙があふれてきた。
その時突然、美術教室の後ろの扉が開いた。西日のせいで一瞬人物が黒いシルエットになる。目が慣れてくると、そこには背の高い男子生徒が立っていた。色黒で精悍な顔つき。とても美術部の新入部員とは思えない。
「冷やかしはやめてくれる? ここは野球部でもサッカー部でもないのよ!」
その男子は黙ってじっと優花のことを見つめるだけだった。その瞳は吸い込まれそうな青だった。どう見ても日本的顔立ちなのに、目だけが何となく西洋人のように青い。
「何とか言ったらどうなのよ!」優花は少し戸惑っていた。何と言っても気になるのはその顔立ち。「イケメン!」心の中でそう叫んでいた。
今度は急に前側の扉が開く。再び逆光で黒い人物が浮かび上がった。瞬きをすると、そこには色白で清楚な感じの女子が立っていた。
「美人!」今度はそう心の中で叫んでいた。その女子も何もしゃべろうとしない。ただじっと優花のことを見つめている。その目は明るいグレーだった。日本人離れした明るくて薄灰色の瞳。
優花は同時多発テロに遭遇したように、すでに声を失っていた。
「何なのよ。あんたたち……」そうつぶやくのがやっとだった。
「ここは美術部の部活集会場所じゃないんですか?」男子の方が言う。地の底から聞こえてくるような低く太い声だった。
「そうよ。でもあんたたちなんなの?」
「美術部に入部しに来たに決まってるじゃないですか」今度は合わせたように男女二人が同時にしゃべった。優花の背中を冷や汗が流れ落ちる。「何かが変!」
その第一印象が正しかったことを、後々優花はことあるごとに思い返すことになる。彼女の心が過去と未来の狭間で揺れ動くことになるなんて、この時はまだ思いもしなかった。
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