氷の彼女は砕けない

またたびわさび

第1話 

 

 一年生にして初めて立った文化祭でのステージ。すべてが新鮮で、ひどく緊張した。


 俺たちは『Lot Carrotロットキャロット』。今話題のロックバンド『CALLAカルラ』のコピーバンドとして結成し、文化祭のステージ発表でトッパーを務めた。


 あれから一年。俺は、再びステージで『CALLA』を演じる。さも当然のように。


 当然、当たり前、去年もやったんだから今年もやるっしょ。


 俺は、それでいいのか……?


 ■


「シュン、これ置いてきてくれ」

 体育館の片づけをしていると不意にそう言われ、箒と塵取りを渡される。

「どこに?」

「屋上んとこの清掃ロッカー。頼むわ」

「遠いな!!」 

 文化祭後には後夜祭が行われる。きっと、そいつは早くそれに参加したいのだろう。乱暴に頼まれたことは腑に落ちないけど、どうせ俺は楽器の撤収で遅くなるし、と適当な理由をつけ承諾した。


 文化祭の風景をお思い出しながら廊下を進む。もう教室に人は残っていなかった。もちろん、展示物も全て片されてある。

 今回の文化祭では売店には行かず、ずっと体育館に居座ってステージパフォーマンスを眺めていた。俺は、ずっと観察していた。彼らがそのステージで何のためにそれをするのか。それをするのが好きだからなのか、先生に命じられたからなのか、それとも、何かを伝えるためなのか。

 それは、自分自身にも言えること。おれは音楽を始めたけれど、それを続ける理由を、見つけられずにいた。


 屋上へと続く階段を上っていく。その先には屋上へ続く扉があり、脇に清掃ロッカーが置かれていた。

 そして、なぜかそこに人がいた。

 髪の短い女の子。露わになっている小さな耳から、イヤホンのコードが垂れている。立ち尽くす俺に気付いて、彼女は顔を上げた。少し驚いた顔をしていたが、すぐに冷めた顔になる。冷酷さを感じる目に、クールな印象を与える髪型。俺は、彼女のことを知っていた。

「お前、確か去年一緒のクラスだったよな。名前は、ちょっと覚えてないけど……」

 イヤホン外す。綺麗な手をしている。

「私だって、アンタの名前なんて知らない」

「そっか。シュンって呼んでくれ」

「聞いてないんだけど」

「いいだろ別に……。で、お前は?」

「……リン」

 教えてくれるのかよ。

「リンは、後夜祭行かないのか?」

「……音楽を聴いていた方がマシ」

「へえ、何聴いてたの?」

 なぜか言いづらそうにしている。何か、まずかっただろうか。

 イヤホンは、彼女のスマートフォンに繋がっていた。彼女の目は、その画面を見据えている。

ちらっとこちらを一瞥し、徐に呟く。

「……CALLA」

「えっ!お前、CALLA好きなのかよ!」

 こんな奴と音楽の趣味が合うとは思わなかった。ということは……。

「じゃあもしかして、俺のライブも見てくれてた感じ?」

「……うん」

 未だに画面を見つめたまま答える。そうか、見てくれていたのか。そう思うと無性に恥ずかしくなってくる。

 去年一度も関わりのなかった女子と今こうして同じ空間にいるのは、なんだか不思議な感じがする。


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