銀河幻想懐古店

涼月一那

第1話

「はぁ…。今月あと何日あるんだ?」

古民家の玄関口から青年の情けない泣き言が漏れ聞こえる。

両手には大きな段ボールの箱が二つ。蓋部分には達筆な文字で「瀬戸物」とある。

「何言ってんのよ。今月なんてまだ始まったばかりじゃない。それよりちゃんと持ってよね。もし落としたらどうなるか分かってるの?」

その泣き言に少女がきつい顔つきで睨み付ける。

その手には青年が持っている箱よりも遥かに軽量そうな箱がある。それを見て青年は盛大なため息を吐いた。

「んな事言ったって、俺は昨日から何も食ってないんだぞ。力なんて出るかよ」

「もぅ。情けないなぁ。じゃあこれ終わったらコンビニで何か買ってあげるわよ」

「えっ、マジ?」

「あんたねぇ。いい大人が高校生にたからないでよ。恥ずかしくないの?」

「全然」

「……………」


少女は軽蔑と侮蔑の視線を青年に送った。

少女の名前は刀岐氷乃。十七歳の高校二年生だ。今日はアルバイトをしている骨董店の仕入れでその店主と幼馴染という誼みで居候をしている自称探偵の雛平芽多留と一緒に解体間近の古民家へ来ていた。

依頼主は三日後には移転する事が決まっている為、もうほとんどの家財道具は移転先に運び込まれている。

今回はその中でも事前に店主が選定した売り物になりそうなものや興味を惹かれた物を運び出す事が仕事だ。

先ほどから泣き言しか言わない青年が芽多留。短めの銀髪に攻撃的なパンク衣装を纏った二十四歳の自称「探偵」だ。

当然そんな怪しげな風体の青年に仕事を物好きはおらず、財政は傾き、行き倒れ同然となっていたところを店主である寿銀河に拾われて、そのまま居候を決め込んでしまった。そして図々しい事に探偵事務所まで骨董店に間借りしているのだ。

もっともそれで仕事が増える事もなく、赤字経営なのは依然変わらず継続中なので、骨董店にバイトで来ている氷乃と時々彼女だけでは難しい仕入れや搬入の仕事を手伝わされているのが現状だ。


「しかし古い建物だよなあ。築百年近いんだっけ?」

「正確には百六年だって。向こうには立派な蔵もあるんだよ。凄いね」

綺麗に琴等の和楽器、釉の色合いが絶妙な茶器、食器や家具にまで持ち主のこだわりが窺える。

「しっかし何だって急にこんな歴史ある家を手放す気になったんだろうな」

「詳しくは知らないけど、依頼主の曽祖父さんがこのお家で何か…変な死に方をしたとかでご家族が怖がっちゃって手放す事にしたって」

作業を続けていた芽多留の手が止まる。

「変な死に方?」

「うん。私も銀河さんからちょっとだけしか聞いてないからどんな死に方だったのかは知らないのよね。でも気になるよね?」

氷乃も荷物から手を放し、悪戯を企む子供のようなワクワクを隠せない顔になる。

「勿論だぜ。これは探偵の出番だろうが」

「いよっ、迷惑探偵っ!」

「るせーよ」



その店は東京の片隅にひっそりと存在していた。

どこか昭和を思わせるレトロな風合いを醸し出す木造建物は上が住居、下が中古品の売買を目的とした「幻想懐古店」という骨董店が入っていて、その入り口横には書き殴ったように乱暴な筆致で「雛平探偵(仮)事務所~何でもやります」という紙が貼ってある。

「何か嫌な予感がするな……」

店主である寿銀河は端整な顔を歪めて店の窓から覗く鈍色の空を見上げた。




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