ジャパリパークの思い出

@dozz

ジャパリパークの思い出

 以下に、私が体験することとなった稀有な体験を記そう。

 未だ興奮冷めやらぬ私は、これを帰りの船で書いている。それは自らを落ち着かせ、記憶の整理を図るとともに、この価値ある体験を明文化するためである。それが私にできる唯一の事であり、また義務であるだろう。

 私がその動物展示・保護施設―ジャパリパーク―に赴いたのは、現在から丁度4ヶ月前のことであった。その目的や理由といえば、ただ単に私が動物好きだったことの他にない。

 4ヶ月前、私には様々な不運が重なった。詳しく語るほどのことではない。気付けば人生の岐路に立っていた私は、癒やしを求めてパークへと発ったのだった。私のしたことはいわば逃避であるが、その「不運」は結果的に私をパークへと導いたのであるから、後悔はしていない。広大なパークの規模や、フレンズ化現象の噂をかねがね聞いていた私は、どうしても一度、そこを訪れてみたいと思っていた。当時は勿論、現在もパークの開園はなし得ておらず、通常入園は不可能だった。しかし、それでも湧き上がる好奇心を抑え切れなかった私は、パークに問い合わせることにした。

 その時の電話で応対をしてくれたのが、パークガイドの「ミライ」という女性だった。パークの噂を聞き、どうしてもこの目で見てみたいという旨を伝えただけだったが、意外にも話は順調に進んだ。実は開園の準備段階ということで、試験的な入場者の募集を考えていたという。そうして、私は晴れてパークへと行けることになった。


 指定された港で待っていると、ミライは10分程遅れてやって来た。彼女は、年齢は私と同じくらい、一見賢そうであるが、また一方でどこかおっとりした感じの女性だった。服装はそれらしく、いわゆるサファリジャケットと頭には羽飾りの付いた帽子を身に着けていた。

 ジャパリパークへは船を使っての移動だったが、それほど時間は掛からなかった。パークは火山活動によって生まれた広大な列島にあり、またそれらの島の土地すべてがパークを構成していた。

 ミライは初めてのガイドということだったが、パークについてよく話してくれた。少し興奮気味にフレンズについて話す様子からは、彼女がどれほどフレンズのことを愛しているかが読み取れた。動物の好きな私と重なり、彼女の話には大いに共感できるところがあった。堪らず私も自分の動物に対する思いや、これまで見てきた動物について語った。同性だったこともあり、私たちがすぐ打ち解け、意気投合したのは言うまでもない。

 パークに着いてまず向かったのは、港から程近いサバナ気候の草原だった。港とは気候が大きく違うことに驚いたが、ミライ曰くパーク内でも地方により気候に大きな差異があり、生息する動植物も異なるという。私はこの島の火山活動がその一因だろうとみているが、詳しい事は分かっていないようだ。

 草原についてすぐ、私は以前から最も気になっていた「フレンズ化」現象について切り出した。ミライはその言葉を待っていたようで、その場でフレンズに呼びかけた。すると、即座に近くの草の陰から一体の動物が飛び出してきた。

 私はその姿を見て、自分の目を疑った。目の前にいたのは、いわば動物のコスチュームを着た少女だったからである。見たところこれが動物であるはずはなく、どちらかといえば人間の姿だった。自分は何か騙されているのだと、そう思った。

 ミライは彼女を、「サーバル」であると言った。彼女もまた自己紹介をし、人語を解しているのは明白だった。確かに、彼女の服の意匠、黒斑模様や立った耳黄褐色の毛皮はサーバルキャットのそれだった。取り敢えず私は彼女に自己紹介をしたが、やはり暫くの間、疑念を払うことはできなかった。

 しかし彼女について観察していると、不可解な点が多くあることに気が付いた。まず、彼女の身体能力についてである。少女の見た目であるにも関わらず、その跳躍力は異常なほどであり、自らの数倍の高さまで跳ぶことができる。また聴覚も非常に優れているようであり、可聴域も異なる可能性があった。そしてその他多くの点においても、およそ人間とは異なる彼女の様子に、私の疑念は薄れていった。そしてもちろん、ミライの態度から、彼女がきっと嘘を吐いたり隠し立てをしていないのは信じていた。

 積極的に関わることで解る事があるかもしれないと思った私は、思い切ってサーバルに話しかけてみた。好きなことは何か。これまでどのようにして生きてきたのか。思いついた疑問をぶつけると、予想に反して、彼女は自ら多くのことを私に話してくれた。とても明るく、素直な彼女を見て、私に残っていた疑心も跡形なく消え去り、代わりに感動の思いが込み上げてきた。愛する動物と意思疎通をし、心を通わせることを、私がどれほど願ったことか。万感の思いに涙が溢れてきたが、それを私は必死で堪えた。その日、私は他にも沢山のフレンズに出会った。本当に幸せだと思った。


 サンドスターが動物に触れればフレンズになるという。私はフレンズ化に対し、無理のある仮説を立ててみた。まず、ヒトが進化の前進的な姿であり、フレンズ化は適応の結果であるというものだ。それぞれの動物の能力に、ヒトの知能を加えれば、生存率は高まるだろう。サンドスターに触れることによってフレンズ化に必要な要素が満たされることによって、動物は自分から変化を起こしているのかもしれない。次に、雌性化の理由である。これは、動物の原型が雌であり、雄はその派生形である為ではないか。単為生殖をする動物もおり、フレンズが女性であることには説明がつくかもしれない。また、サンドスターとともに現れた有害なセルリアンとの関連も興味深い。


 私が記しておかねばならないのは、これら科学的・博物学的に興味深い点の他に、他ならない彼ら自身のことである。私の胸を打った彼らの存在は、本当に意義のあるものだと思っている。私が滞在中に出会ったフレンズ達は、皆本当に優しく、純粋だった。個性を認め合い、共存する姿は、ヒトとは対照的だった。時間と余白の都合上、彼らの素晴らしさを全てここに記すことができないのは、本当に残念でならない。それに何よりも、彼らについての私の理解が全く足りていないことは、私自身が最もよく知るところである。それを記すのは、私が次にジャパリパークを訪れ、彼らについて真に理解し得たときだ。


 光陰如矢、そう、パークでの時間は瞬く間に過ぎていった。ある日、私の退去が決まった。セルリアンの活動が活発化し、外部の人間を留めて置く訳にはいかなくなったのだ。ミライからはこのままパークで働かないかと誘われたが、私は断った。フレンズに励まされて自信を取り戻した私は、パーク外でもやっていける気がしていたのだ。もう一度、挑戦してみようと思えたのだ。次にパークを訪れるときには、逃避ではなく、自信を持ってフレンズに会えることを願っている。そうして、私はパークを後にした―


 追記 セルリアンのため、ついにパークは閉園となった。島外撤退したミライからは、再開は絶望的状況と聞いている。しかし私も彼女も、きっと諦めはしないだろう。彼らフレンズに接し、心を打たれた者として。たとい何十年かかろうとも、私は再びフレンズに会える日を心待ちにして、けして希望を捨てたりはしない。

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