けもの奇談置き場

@shm6

〜世流裡暗の怨霊の事〜

 西暦年中、郷州なにがしの里に狩人の羆ありける。山中に小屋を造りて、里よりその所へ通ひ、世流裡暗せるりあんを狩りて宿りける。

 ある夜、怪しき少女壱人来たり、「何ぞ食物を与えよ」といふによりて、狩人も、こは触人ふれんずならぬ少女なりと思ひ、いと恐ろしくなり、饅頭を取り出だして与へしかば、その少女、饅頭を残りなく喰ひ尽くし、「他に何かあらば喰はむ」といふによりて、「山家なれば、ほかに何一つ喰ひもの無し」といふに、少女曰く、「われは、この頃汝が手に狩られたる世流裡暗せるりあんの怨霊なり。ほかに何も喰ひもの無くば、汝を喰ひ尽さむ」とさも恐ろしきかおにてにらまれ、狩人いたく恐れ、とてもにげるべくもあらずと思ひ諦め、少女に向ひ、「われは、世流裡暗せるりあんを恐れ、遁るほかに仕業もなき触人ふれんずの為に狩人となり、これまで多くの世流裡暗せるりあんを狩りしかば、何ぞこの身に罪のあらんや。為れど、汝を前に今更遁るべからず。しかしながら、われ、今一たび里に帰り、妻の金糸猴きんしこ、子の理科雄りかおんに暇乞ひしてここに来たり、われを喰ひ尽すべし。それまで数日の間待ちくれよ」とひたすらに頼みければ、世流裡暗せるりあん滂沱ぼうだとして感じいりうべなひて、「けだしわれの筋違いにやは。さらば数日といはず、数十年の後に再び汝とまみえるべし」とて少女は消え失せにける。

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