第7話 どちらかといえばクワガタ派 7



 どうしてこうなった。


「ふーん。あ、私これ知ってるよ。今度実写化するんだよね」

「……らしいな」


 間違いなくここに来る予定はなかった。そう、どんなことがあっても、ここには一人で来るのが常識。そのはずだった。


「あ、この上の階って女性向けって」

「よしそろそろ映画の時間だ。行こう、すぐ行こう」


 と、積極的に彼女を外へ連れ出そうとした。

 今いるのは近くにあるアニメショップの一つで、先程から彼女に連れ回されていた。最初は雑貨店にある本屋なのだが、「こっちでしょ」といつも行く方へと手を引かれ、気付けばこのような事態になっていた。

 全く持って恥ずかしい。いや何で俺がここに行っているのを北条さんが知っているのかなんていう疑問はさておき、ここに立ち寄るのはあくまで趣味の一環なので恥じる事はないと言っても、学校の......それもクラスメイトを連れていくなんてどんなに想像してもあり得ないはずだった。なのにこの強引な態度。増々今日のデートに後悔が深まる。


「さ、さてと先に飲み物でも買っとくか」

「ふーん」

「ど、どした?」


 早くここから立ち去りたい俺に対し、北条さんは近くに置いてあるパネルを眺めていた。今年の夏から始まるアニメの主人公の絵で原作は購入済みだ。しかしヲタクではない人からしたら女の子が顔を赤くしながらこちらを見つめている特大の絵はおおよそ受け入れがたいものだろう。


「雨宮君もこれくらい胸が大きいほうがいいの?」

「は?」


 最初の感想に思わず、呆然とした。


「いやさっきからチラチラ見ている女の子がみんな胸大きいから」

「二次元の絵は自然と大きく見えるんだ」

「でも侑奈はそこそこあるよ?」

「何で五日市さんの名前が出るんだ」

「まあそこは……察してくれると」


 察しても、それはありえない。本人にその気はないんだし。

 そんな会話をしつつ、映画館に到着する。先にチケットは購入していたようで並ぶことはなく、早々に発券し、入場。あっさりとシアターに入り、座席に着いた。

 こういう部分はやはり友達なんかと行くのだろう。経験の差が物語っている。


「雨宮君って映画館とかよく来る?」

「あんまり。映画は家で見る派」


 もしくは入場特典を回収する以外では全く行かない。


「じゃあ今度のデートは雨宮君家でやろっか」

「またデートするのか……」

「そこまで嫌な顔されると流石にショックだよ? それとも侑奈の方がいい?」

「さっきから五日市を引き合いに出すけど、本当にそういう関係じゃないぞ」

「あ、やっと呼び捨てにした」

「……どうせすぐにさん付けに戻る」

「でもあの子は嫌がるよ」


 確かに前に敬語は嫌だと注意された事はあるが、俺からしたら彼女をさん付けで呼ばない方が恐ろしい。もちろん本人は呼び捨ての方がいいかもしれないが、何度もコミュニケーションを取っている相手なら尚更そう呼ばない方がいいのかもしれない。


「北条さんは仲いいんだっけ? 五日市と」

「お、私と侑奈の馴れ初めが気になりますか」

「話題に困っただけだ」

「ほうほう。私と会話しようとするその努力を認めて、特別にお答えしよう」


 こほんと演技打った咳払いをし、北条さんは口を開いた。


「侑奈は去年の文化祭が終わった後だね。ちょっと野暮用で生徒会に用があって、その頃には今の新生徒会が発足されてたから侑奈と知り合ったんだ」

「野暮用って?」

「それを聞くのは野暮なもんだよ、野暮用だけに」


 どう反応していいかわからないので困惑した表情を隠して、話を続けた。


「まあそれで侑奈と今みたいに仲良くなったと」

「仲良い、か」


 ちょっとだけ彼女の表情がどこか遠くを見るように変わっている事に俺は気付いた。


「違うのか?」

「うーん半分正解で半分違うかな。私と侑奈は友達だよ。でも親友ではない」

「親友と友達の違いってやつか」

「私の場合は友達は何十人も作れるけど、親友は一握りしか作れない。でも侑奈は違う。皆彼女と友達になろうと寄り、あわよくば親友という枠を狙う。だからちょっとだけ羨ましいんだよ、雨宮君が」

「俺達は親友って柄じゃないと思うけどな」

「それでも侑奈が素を出してるだけで羨ましいよ」

「じゃあ今回もその五日市の為に動いてはくれないか?」

「……侑奈の為か」


 そんな話の中、照明がぼんやりと暗くなり、CMが始まった。どうやらここまでのようだ。二人は互いの視線を正面のシアターへと目をやる。


 ふとその前に一度後ろを振り向いた。

 しかしが何かはわからないのですぐに戻し、映画を楽しむ事にした。

 アニメ以外は久々だが別に見た事がない訳ではない。楽しめるかどうは別としても退屈しのぎにはなるだろう。



 × × ×




「いらっしゃいませ~。何名様ですか?」

「二人で」

「はい。それではご案内致します」


 案内されたのはカウンターではなく、テーブル席だった。

 そうして目の前でくるくると流れていく数々の魚介類をじっと見つめる。


「早く入れてよかったね」

「並ぶの覚悟だったが少し遅めの時間で正解だったな」

「それじゃあさっそく。私、つぶ貝と赤貝食べよー」


 二人が来たのは言うまでもないが回転寿司屋である。最初はお洒落なイタリア料理店でもと思ったがもう恥を晒した以上は遠慮する必要ないと判断し、「何食べたい?」という彼女の質問に「寿司」と即答し、決まったのだ。


「それにしてもまさか二人共死んでも終わるなんて意外だったね」

「最近の恋愛映画って随分表現がグロいな。結構キツくなかったか?」

「そう? 人間関係のもつれあいってあんなもんでしょ」


 やはり話題の当事者は言う事が違うと思いながら、流れてきたタコを手に取る。


「あ、私もタコ欲しい」

「ならタッチパネルで」

「一つだけでいいよ。ん」


 と、五月は口を小さく開けて、こちらに向けた。目をぱちぱちさせたがつまりはそういう事をしろって意味だろう。


「流石にそれは」

「ふぁやく」

「……ほい」


 すっと箸で掴んだタコを持ってくとぱくりと口に含んだ。


「ん。ありがと」

「……もう少し北条さんは自分を見直した方がいいと思うんだ」

「何か言った?」

「次はいくらの軍艦だな」


 あとちょっとだけエロかったのでそこも要注意である。


「で、この後はどうする? 解散か? 解散だな、解散しよう」

「夕食までなーにしようっかな。思いきって二週目行く?」

「……今日はこの後」

「暇なんだよね」


 ニコニコ笑顔のお嬢様には勝てず、ひとまずは食事を続ける事にした。


「あれ? 五月?」


 ふと聞き覚えのない声が聞こえ、目をやると同年代と思われる女の子が二人おり、こちらを見つめている。


「やっほー。美奈達もここでお昼?」

「うん。丁度食べ終わってこれからカラオケでも行こうかなってとこ」

「へえー。あ、ねぇ雨宮君」

「断る」


 北条さんが提案する前に断った。


「まだ何も言ってない」

「会話が聞こえるんだから何となく察せるだろ」

「ちぇ」


 そんな何気ない会話だったがここで「しまった」と気付いた。

 見れば、やはり二人は俺の方を見て、何やら不穏な表情を見せている。


「ね、ねぇ五月。何で雨宮君と一緒なの? 今日って彼氏と」

「ん、あーまあそういう事かな」

「え? ええええええ!?」


 北条さん程ではないが、中々のボリュームの叫び声で周囲の人の視線が集まり、慌てて二人が顔を赤くしながら隠れるようにテーブルへと近づいてくる。


「どういう事!? 彼氏とデートって言ったじゃん!?」

「んー、まあご想像にお任せします」


 にやりと口元を緩ませながら彼女は答えた。二人からは信じられないと言うのが十分に伝わってきたがやがてレジの方へと消えて行った。


「さてこの後どうしようか」

「おい。どういう事だ」

「何が?」

「間違いなく週明けの学校には俺の居場所がなくなってるんだが」

「気にし過ぎだよ。大丈夫だよ」

「何で言い切れるんだよ」


 不服そうにそう聞くと、反対に北条さんは余裕な笑みを浮かべていた。





「もう雨宮君は一人じゃないから」




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