第5話 どちらかといえばクワガタ派 5
「……ふーん」
「なにその間」
「いや別に」
翌日の放課後。俺は隣の席の御仁に昨日の話し合いについて報告すべく、再び教室で会議していた。ただし二人きりで。
「ちなみに興味ないけど聞いとくよ。どこ行くの? 興味ないけど」
「まだ何も聞いてないけど……」
「へぇー」
あまりにも棒読みの「へぇー」過ぎる。というより何で同じ言葉を繰り返してるのだろうかこの子は。ラブコメラノベなら気があるツンデレ女の子そのものにしか見えない。
一度神様が作った世界で付き合っている設定の五日市さんを見ているせいか、どうも思い出してしまう。
「とりあえずそのデートに振り回されれば、今回の件は北条さんが解決してくれる。これで瀬尾川からの依頼も無事にこなせて、一石二鳥」
「それはそうだけど、そんなに上手くいく?」
「知らん。俺が出来るのはここまでだし」
というより全くの無関係者がここまでやったのだから、後は自分で何とかしてほしい。瀬尾川が変わるつもりないなら無理だろうが。
「他に条件言われなかったの? 刹菜先輩との件を話せとか」
「いやデートしろって言われただけ」
「そっか」
彼女に嘘をつくのは心が痛むものがあるけど、仕方ない。俺としてはあの件について聞かれたと五日市さんに教えればまた面倒な種を生む恐れがある。
ここは隠しておくのが吉だろう。
と、黒板の上にある時計に目をやると五時を過ぎていた。
「雨宮、土曜日のデート場所わかったら教えて」
「え、何で?」
「いいから。そんじゃ生徒会に顔出すから、じゃあね」
そう言って、彼女は教室を後にした。
首を傾げながらも俺も後にし、そのまま校舎を後にしていく。
きっと自宅には注文していた新作のラノベが届いているはずなので少し浮いた気持ちになりながら足を進めていると校門の前で見覚えのある顔が見えた。
「先輩、お疲れ様です」
「あれ? 先に帰ったんじゃなかったの?」
「いえ先輩を待ってました」
「え?」
放課後の校門前で先輩を待つ後輩。一瞬、ドキッとした動揺が走るも平然を保とうとする。
「と、とりあえず帰るか」
「え、その……すぐには帰りたくないです」
神様は少々顔を赤らめて言った。もうシチュエーションが出来てしまっているではないか。ごくりと喉を鳴らし、こちらを見つめる神様に視線を合わせる。長い前髪から見える瞳が夕陽で反射して、輝いて見える気がした。
「あ、あの」
「……神様、その……もしこくは」
「今日こそゲーセンに行きましょう!」
「そう、ゲーセン……ゲーセン?」
あれ? 今のってドキドキの告白タイムでは?
「どこにあるかわからないので、先輩が行ける日をずーっと待ってたんですよ」
「あ、ああ……うん、まあそうだよね」
「何落ち込んでるんですか?」
「別に何でもない……今日はいつもよりも連コするか」
お約束みたいなオチでむしろ安心かもしれないと後で思っていた。
× × ×
「そこ! そこでストップ……あああああああぁっ! 何で落ちるんですか!」
「台を叩くな」
神様の手を取り、つかさずUFOキャッチャーの筐体から離れる。店員さんのこちらを見る白い目にしばらくはここには来れない事を悟り、肩を落とした。
特に目新しいものは見当たらないし、財布も余裕ある訳ではなかったので軽く見回るくらいの予定だったが思いの外、同行者が「あれやりたい」「これ欲しい」と次々にねだってくる。
「てか佳美さんが好きなのは知ってるけど、何で神様までハマってるの?」
「いやー佳美さんになってから暇な時間多すぎてですね。部屋やネットを漁ったら、つい見つけてしまい、気付けば底なし沼に足をつけて」
「抜け出せなくなったのか……」
「個人的には部屋の押入れの奥にあった薄い本がドキドキしました」
「言わんでいい」
女の子が持ってる同人誌ってだけでBLを想像してしまうので無理に遮った。
「あ、次こっち行きましょ、こっち!」
はしゃぐ神様は俺の手を取り、引っ張っていく。
もちろん悪い気はしない。可愛い後輩と放課後にゲーセンデートなんて蒼には無縁だと思っていたので少しばかりテンションも上がる。
いつもは同じようにぼっちだったヲタク達も俺が一人じゃない事を知り、ちらちらと見てくる。そのせいもあって、やや調子乗っていた。
「神様、これ欲しくない?」
「欲しい! 欲しいです、先輩!」
「おけおけ、任せろ」
と、神様の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
もちろん邪道な行為だ。こんなの二次元の世界と兄妹間以外で許される訳がない。即事案になり、通報物だ。しかし今日の俺はそれを見事に可能にしてみせる。
増えた嫉妬の視線にストッパーは外れ、勢いが止まらない。
「あ、このゲームさ」
「ふーん……あ、ここでコンボですか?」
「そうそう、ここをこうして」
プレイしてる神様の後ろから手を添えて、指導したり、
「ちょっとそこで休憩しよっか」
「はーい。あ、私抹茶タピオカ飲みたいです」
「さっきのゲーム代奢ったの誰だったかなー」
「……仕方ありませんね。ま、とにかく行きますか」
差し伸べられた手を故意に恋人繋ぎをし、さらにそれを見せ付ける。
もちろん調子を乗り過ぎた彼は財布の中身が減っていくのに気付かず、高校生が遊べる十時ギリギリに退店した頃にはすっかりからっぽになっていて、唖然とした。
「また明日も行きましょうね」
「いや明日はまた用事が」
「じゃあその次の」
「……来月にしような」
まあ楽しかったし、いい思いも出来たので結果オーライと無理矢理自分を納得させ、神様の自宅付近まで送ろうと帰路につく。
「そういえば先輩のクラスに北条五月さんっていますよね?」
「いるね」
ふと神様が聞き覚えのある名前を口にしてきた。
「彼氏っています?」
「俺の知る限りはいないかと」
「そうですか。うーん、やっぱり辻褄合わないよなぁ」
「何が?」
そう聞くと、神様が顔をこちらに向け、会話を続けた。
「友達から聞いたんですけど、北条先輩って彼氏いるらしいんですよ。平凡でがさつで素直じゃなくて、でも皆の為に自分を犠牲に出来る人が」
「随分と具体的だな」
「そのまま本人が言っていたのを聞いたそうで。それで今週の土曜日にその彼氏とデートに行くってかなり楽しそうにしていたとか」
「へえ……土曜日ね」
平然と聞き流そうと思ったが今週の土曜って確か誘われた日ではないだろうか。
それが彼氏とデート? 全く聞いていないし、メッセによる連絡もない。というよりクラスがあんな冷戦状態で実は彼氏がいましたなんて瀬尾川が知れば、発狂するだろう。
「その友達さんは本当に聞いたのか? 土曜日って。来週とかの間違いなんかじゃないのか?」
「いえ今週らしいですけど。てか何で先輩が気にするんですか?」
「あー、まあ色々な」
誤魔化すのが下手だが丁度神様の自宅付近まで来たので無理に別れようとした。
「じゃあまた明日」
「あ、はい。また明日……」
颯爽と離れ、自宅へ向かう。
全くどうなってるんだ? 五日市さんから彼氏がいるなんて事は聞いた事もないし、仮にいたとしてもどうして土曜日に俺とのデートをいれたのか。
さらに神様が言ってた彼氏の特徴である。
物凄く知っている人物な気がするし、何より学年が違う一年生がそれを知っているのならば、二年にもそこそこ広まっているだろう。無論、そんなラノベチックな想像が現実になる訳ではない。
しかし例えどんな相手だろうと、彼氏がいる状況で北条さんとデートをすれば誤解されかねない。
すぐに携帯を取り出し、彼女にメッセを送ろうとすると通知欄で北条さんから既にメッセが来ているのが表示されていた。
『土曜日なんだけど、デートコースはちょーっとショッピングして、その後映画見て、終わったら二人でご飯食べよっか。よろしくね、雨宮君』
朝から夜までコースだった……。
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