アミメキリンのながーいおつかい B案(2000字版)

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アミメキリンのながーいおつかい(2000字版)

「せんせいっ! お茶がはいりましたぁっ!」

 ここは「ろっじ」のラウンジ。作家のタイリクオオカミ先生に、大ファンのアミメキリンが飲み物を持ってきたところだ。

「ああ、ありがとうキリン」

「どうですかせんせいっ!? 新作の進捗は?」

 楽しみにしていた原稿用紙を覗きこむと……

「こっ、これは……!!」


 まっしろであった。


「もうー、一体いつできるんですかー?」

「うーん、それはなかなか難問だな。ホラー探偵ギロギロにもおいそれと答えは出せないだろう……ひょっとしたら迷宮入りかも」

「そんなぁ……」

 アミメキリンはオオカミをつきっきりで見ていた。新作の原稿にとりかかってからもう一週間が経つ。だが、肝心のオオカミは頬杖をついたり、鉛筆をくるくる回すばかりで一向に描こうとしなかった。自分は首をながーくして新作の完成を待っているというのに。

「あ、そうだ! 肩をお揉みしますぅ!」

「うーん、今はいいよ」

「じゃあ、おなかへりませんか? ジャパリまん貰ってきましょうか?」

「さっき貰ってきてくれたじゃないか?」

「あっ、じゃあお部屋は寒くないですか? それとも暑かったらあおぎますよっ!」

「大丈夫、ちょうどいいよ」

「さっきいれたのみもの、ふーふーしますね。ふーふー」

「ははは、ありがとう」

「ねっ? これで新作、描けそうになりました?」

「全然駄目だ」

「じゃあどうしたらいいんですかぁーッ!」

「ごめんごめん、なんだかすっかりスランプみたいなんだ」

「ふげぇ~ッ」

 大ファンの作家の新作が一刻も早く読みたい。これはファンの切実な願いである。

「うふふふ……」

 カップを下げに来たろっじのオーナー、アリツカゲラが笑い声をもらす。2人のやりとりが可笑しくて。

「ふふ。ねえ、あれはどうですか? 前に話していたじゃないですか……スランプが治るとくべつなもの。ちょっと遠くにあるんでしたよね? 確か」

「んん?」

 オオカミは首をかしげて腕を組む。そして思い出したように、指を鳴らした。

「ああー……あれか! ははあ。そうだね。あれがあったね。遠くにあった!」

「なんですかあれって?」

「いいかいキリン? ちょっと遠くに特別なジャパリまんをくれるボスがいるんだ。見た目は普通のジャパリまんなんだけれど、たちまちスランプがよくなるやつさ」

「そ、それさえあれば! スランプが治るんですか?!」

 アミメキリンは目をキラキラさせる。

「ああ、きみの足なら行って戻って……そう、一週間くらいかな? どうだいそれをとってきてくれないか?」

「はいっ、よろこんでっ!」

 こうしてキリンのながーいおつかいが始まった。


 ろっじを出て丁度3日と半日分歩いた距離で、キリンはラッキービーストに出会い、無事ジャパリまんを貰うことができた。1つでスランプに効くかわからないので、多めに貰う。

「これでいいのかなぁ? 見た目は普段食べているのと変わらないけど」


 往復の復路を歩いて3日目、ろっじを出て丁度一週間後。

 景色が見慣れたものとなり、もうすぐろっじに着こうという頃、

「あれ? やだ……大変っ!」

 フレンズが倒れている。キリンはあわてて介抱する。

「だっ、大丈夫?」

「う……うう」

 行き倒れのフレンズはうめいたまま動かない。

「どうしよう? まさかセルリアンに!?」

「……お」

「お?」

「……おなかすいた……」

 辺りにぐううう~と、カラになった腹の音が響く。このフレンズ、空腹のあまり倒れていたらしい……。

「くんくん……この……におい…ねぇ、もしか…してジャパリまんもってない? それ……わけてくれない?」

「ええっ……」

 これはスランプの特効薬だ。ろっじでは、オオカミがこのジャパリまんを待っているのだが……。


「せんせい、ごめんなさいッ。ジャパリまんとってこれませんでしたっ」

 行き倒れのフレンズはすっかり元気になった。結局キリンはジャパリまんを全部あげてしまったのだ。

 申し訳無さそうに、しゅんと立つキリン。

「いいや、私のほうこそすまなかった」

 そう言って、オオカミは紙のたばをさし出した。

「これは……? …………すごい! 探偵ギロギロの続きだっ!」

「きみがここを出てすぐに、スランプが治ってね」

 なんだかばつが悪そうなオオカミ。だが、キリンはそのオオカミの様子など眼中にない。野生解放のように目をキラキラさせて、

「よ、読んで良いですかっ!!」

「もちろんだとも」

「うおわあああああ……ギロギローだー、うおわああああああああ」

 夢中で原稿にかぶりついた。


 アリツカゲラが、オオカミの傍にやってきた。

「もう、キリンさんはわかっているんですかね。オオカミさんのスランプの原因が、キリンさん自身だって。あんなに一日中オオカミさんに貼りついていたら、原稿なんか進みませんよね?」

「ははは、まぁ今はいいじゃないか……大事な読者の喜ぶ顔がこんな間近で見られるのもいいもんだしね。うん? これは……」

 オオカミはペンを走らせ、キリンの夢中な表情をスケッチする。

「いい顔、いただきました」

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