ドラキュリーナ・カプリチオ

嘉月青史

プロローグ「敵の名は」

 戦いは、すでに始まっていた。


 もっとも先陣を切って進んでいた車両から、すでに交戦開始の報告を受けていた鎌切蓮治かまきりれんじは、その光景を自らの目で確認して驚きはしなかった。銃声が鳴り響き、薄らとした銃の煙が黄昏たそがれどきの斜陽しゃように照らされる中、彼は自分たちの敵を視認する。

 今回の敵の姿は、黒い毛並みの猿のようだった。チンパンジーにも見えるが、より正確に言えばニホンザルが変色したような外見に見える。手足はそんなに長くなく、皮膚までもを黒く染めあげたその姿は、動物園などでみれば新種の動物として、一種の関心を集めたかもしれない。


 その身に、禍々まがまがしい黒いオーラを纏っていなければ、の話であるが。


 誰の目にも視認できる黒い瘴気しょうきに包まれ、赤い目をぎらぎらと輝かせた姿は、どうみても獰猛どうもうに見える。実際、こいつらは獰猛であり、人や家畜などを頻繁に襲う。狩りをするのではなく、殺すために襲うのだ。ゆえにこの黒い瘴気を纏う獣は、危険な生物として日本、否、世界各国から駆逐くちく対象とされていた。

 そんな獣に、蓮治より先にこの場に到着していた部隊は銃弾を浴びせる。次々と撃ち込まれる弾丸により、その獣たちは一見為す術もなく殺戮さつりく殲滅せんめつされつつあった。

 その様子を見て、蓮治は自らも乗る軍事車両の通信機に手を伸ばし、通信を行なう。


「こちら、南方の部隊よ。敵・超獣ちょうじゅうと交戦しているけど、殲滅しつつあるわ」


 野太い男声だんせいで紡がれる女口調に、返答はすぐに来た。


『そうかい。そっちは早く片付きそうで羨ましいねぇ!』


 返ってきたのは、こちらはハスキーながら正真正銘の女性の声だ。何やら切迫せっぱくしつつ、しかしどこか愉しんでいるような感じの声だった。

 蓮治はその声に眉根を寄せる。


「どうしたの? そちらは苦戦しているのかしら?」

『いや、苦戦はしてないよ。けど、数が多いねぇ。少なくとも三十はいる。それが散開して襲ってくるから面倒なんだよ』

「援軍を向かわせる?」

『いや、いらねぇ。そろそろ翔悟しょうごもやってくるはずだからね。それよりそっちは、北進して敵の親玉と当たってくれ』

「承知したわ。御武運を」


 頷き、蓮治は回線を切る。

 ちょうどその頃、彼の目の前での禍々しい獣と、彼の部隊の交戦は終息を迎えていた。戦いは、ほぼ一方的な虐殺に終わったようだ。

 それを見て、蓮治は回線を切り替え、周囲の車両に通達する。


新選組しんせんぐみ三番隊・鎌切班各員に告げるわ。私たちはこのまま北進、敵の親玉に当たるわよ」


 そう指示を出すと、各車両から『了解!』の返答がくる。

 それを聞き、鎌切蓮治率いる部隊は、戦闘員を軍事車両に収容しつつ、一路北へと急行した。



   *



 現代世界には、超獣という危険生物が跋扈ばっこしている。


 先述したとおり、人や家畜などを殺戮目的に襲う彼らは、あらゆる地域や都市に出現しては、人々を襲って黙視できないだけの被害を与えており、社会的・国際的問題として危険視されていた。これに対し、各国はこれに対処する組織や自警団などを設けることで対応し、国民の安全や治安を守る方策を練っている。

 日本においてその組織にあたるのは、防衛省に所属する組織、特別災害対策局・新選組という集団である。彼らは日本各地の出現する超獣に対し、その迎撃・駆逐を担当している組織であった。



   *



 各地に出現する超獣には、一つの傾向がある。それは、彼らは個々ではなく、ほぼ必ず群れを成して人々を襲うということだ。強力な個体・親玉とも呼べる超獣に率いられながら、彼らは出現するのである。

 街や都市を襲う超獣を完全に退けるためには、方法が二つある。一つは超獣の群れに甚大な被害を与えること、もう一つは群れの親玉を倒すことだ。このどちらかが叶えば超獣は大抵撤退し、以後しばらくは襲撃を行なわない傾向が強い。全滅するまで襲撃をするほど彼らは愚直でなく、退くことも出来るずる賢さをもっており、この点が迎撃の組織と街を悩ませ続ける一つの要因であった。


 今回出現した超獣、それに対して蓮治の所属する新選組三番隊は、群れの個体を迎撃して数を減らしつつ、同時に親玉を倒しに狙うというなかなか困難な行動を成功させようとしていた。彼らだけなら、このような作戦ははっきりいって下策であり、個体の大量殲滅か、親玉を狙うのみの方が、民間の被害を抑えられる公算は高い。

 そう……彼らだけであるならば、だ。

 幸か不幸か、蓮治たちには敵の敵は味方というべき、もう一つの敵対勢力が存在していた。


   *


 蓮治たちが到着した時には、すでにすべては終わっていた。

 国道の大通りの交差点には、一体の巨大な超獣がたおれている。黒い毛並みの猿の姿をしたそれは、他の個体よりも一回りも二回りも巨大かつ獰猛・危険である姿をしていたことだろう。だがその個体は、今は黒いオーラの残滓ざんしを宙に漂わせ、その瘴気に血煙を混ぜながら、斃れ伏している。

 その状態に呆気にとられる新選組の隊員たち――はいない。こうなっている可能性も、彼らは充分に予期していた。

 そして、問題はここからだということも、彼らは認識している。


「こちら、鎌切班。敵の親玉を発見。けど、もう斃されているわ」


 国道の真ん中で車両を止めながら、蓮治はそう回線で報告を入れる。


『そうかい。こっちの敵も退きはじめた。ってことは、今回も――』

「えぇ。彼女たちのおかげよ」


 超獣が退く――その喜ばしい成果に、しかし蓮治の声は苦かった。そこには、多少なり警戒がこもっている。

 彼は、その目で敵の親玉の方を窺がう。斃れているその超獣の巨体の影に、その姿がないかを探った。

 やがて、その者たちは姿を現した。


 薄らキラキラとした粒子りゅうしを身に纏い、蝶のように軽やかな動きで巨体の向こうから宙を舞い、花のようにひらひらと流麗に、そして無重力であるかのように静かに着地する。

 その姿は、息を飲むほど可憐で、美しかった。

 黄緑と緑、白と桃色、青と紫をそれぞれ基調にした幻想的な出で立ちに身を包んだ三名の少女。どこか現実世界とは乖離かいりした存在のように思えるその姿は、無意識に息を飲み、情欲や憧憬どうけいを感じてしまうほどに麗しい。まるで天使か天女――そういう想像が起こされてしまう。

 が、そんな彼女らは、残念ながら味方でないことを新選組の隊員たちは知っていた。緊迫と警戒が、隊員たちの間に満ちる。

 そんな中で、蓮治が回線を切り替えて、叫ぶ。


「鎌切班に告ぐ! 全軍速やかに撤退よ! 決して無意味な交戦は控えなさい! アレに太刀打ち出来るのは、ウチでは翔悟ぐらいよ!」

『了解!』『退け、退けい!』


 蓮治の怒号めいた命令を受け、各隊員も撤退を了承、すぐさま軍用車をUターンさせ、この場からの退避を試みる。

 が、それを眼前の可憐な乙女たちは易々やすやすとは許してくれない。

 彼女らは地面を蹴ると、その可憐な出で立ちからは想像できない速度で距離を詰めてきた。その速度は、高速道路を走る車両並みだ。


『ッ! 撤退のため交戦しますっ!』

「了解。無茶だけはするんじゃないわよ!」


 蓮治が許可を出すと、最前列から最後尾になった車両の隊員たちが少女たちに銃撃を開始する。天女たちに銃口を向けるのは、彼らでも良心が痛む――ということはない。応じなければ一方的にやられることを、彼らもまた認知していた。

 放たれる銃弾――しかしそれを、彼女たちはかざした掌の前で続々と防ぎ止める。展開するのは、薄いまくのような半透明の盾で、銃弾はその盾にことごとく受け止められ、撃墜げきついされる。

 そんなシールドを展開しつつ、少女の一人が最後尾の車両に飛び乗った。そして、それに驚きと怖れの表情を浮かべる隊員たちに対し、その少女は目もくれずに、その手に召喚していた薙刀なぎなたを振り下ろした。

 爆音。

 薙刀の一振りで、軍用車の一台が大破する。


(相変わらず、恐ろしい戦闘能力ねぇ!)


 撤退の途につきながら、蓮治はほぞを噛む。

 まともに組み合えば全滅はまず免れない――それだけの戦力を、彼女らは有している。

 そして、超獣が倒される前はともかく、超獣を倒してからは、彼女たちは必ず自分たちに牙を剥く。

 その理由は分からない。

 だがはっきりとしていることが一つ。

 彼女らが、まがうことなき敵だということだ。


 その敵は……

 その敵の名は、仲間たちの間ではこう呼ばれている。

















 魔法少女、と。

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