キンシコウの見る景色
砂塚一口
キンシコウの見る景色
『みなと』の傍に位置している、青い木々が鬱蒼と生い茂る森の中で。
ヒグマさんの熊の手が私の脳天に振り下ろされます。
私は如意棒をどうにか熊の手の柄の部分に滑り込ませて攻撃を防ぎました。今のは危なかった……。
すると背後から飛び掛かる黒い影が一つ。リカオンが爪を突き立てようと飛び掛かってきました。私は熊の手を如意棒の表面で滑らせてヒグマさんの態勢を崩し、体の位置をヒグマさんと入れ替えます。
「なっ……!」
「うわわ!」
突然顔の前に現れたヒグマさんの頭に反応できず、リカオンが鼻頭をぶつけました。
「うぐ!」
リカオンが目を回してひっくり返る時間を利用し、私は距離を取ります。周りの木々を利用して木の幹を駆け上がり、枝を支点にして両足を振り子のように回転、枝の上に着地しました。
私、こう見えて木登りは得意なんですよね。
そんな風に一瞬油断した時でした。
「まだまだぁ!」
ヒグマさんの目に輝きが灯りました。熊の手を肩に担ぎ、大きく振りかぶっています。
「うそ……まさか」
私は背筋が冷えて硬直してしまいます。
「うおおおおおおおおおお!」
雄たけびと共に熊の手で木の幹をぶん殴りました。木が大きくしなり、私は木の上から弾き飛ばされます。
私は慌てて受け身を取り顔を上げたのですが、目の前には熊の手の爪が突きつけられていました。私は如意棒を手放して両手を上げます。
「……降参です」
ヒグマさんはそれを聞くや否や、腰に手を当てて満面の笑顔を咲かせました。
「私がサイキョーだぁ!」
の の の の の
「だから嫌だって言ったんですよぉ……」
リカオンが鼻頭をさすりながら涙目で言いました。
「仲間同士で戦うなんて、私には荷が重いですよ」
「これも訓練の一環なんだからな。文句を垂れるな」
私は二人の間に体を滑り込ませます。
「まあまあ、ヒグマさん。リカオンが個人戦苦手なのは知ってますよね?」
「だから鍛えてるんじゃないか。いざと言うときに一人で立ち回らなきゃいけないことだってあるだろ?」
「……つまり、ヒグマさんはリカオンが心配なんですよね。もし一人でセルリアンに対応する場合があったとしても、大丈夫なように」
「そうだったんですか!? ヒグマさん?」
目を丸くするリカオンにヒグマさんは狼狽えています。
「なっ……! そ、そんなことはないぞ! 私たちの中でサイキョーが誰なのかを決めたかっただけなんだからな!」
ヒグマさんはくるりと踵を返すと、森の奥へと歩いて行ってしまいました。
私はリカオンの背に手を置きます。
「さあ、行きましょうか」
「でも、私このままじゃヒグマさんの足手まといになっちゃいます」
「そうかもしれませんね。でも、リカオンにだってヒグマさんに勝っているところはいっぱいありますよ?」
不安そうに見返すリカオンの頭を、私はそっと撫でました。
「あなたには誰にも負けない持久力や追跡技術があります。それは誇っていいことですよ」
「そう……ですかね」
リカオンは恥ずかしそうに鼻頭をぽりぽりと掻きました。私はリカオンに微笑み、ヒグマさんの後を追います。
ヒグマさんって、何をするにしても不器用なんですよね。本当はすごく直情的な人なんですけれど、セルリアンハンターの、しかもリーダーという立場上、常に冷静な判断と指揮を必要とされます。だからヒグマさんは口では厳しいことを言いますし、それが怒っているように聞こえることもあります。
けれど、違うんです。
食べられてしまった仲間の数だけヒグマさんは悔しい思いをして、だから次こそは絶対に守ってみせるんだと誓っていて。
そして少しでもセルリアンからフレンズ達を守りたいから、厳しく接することでフレンズ達をセルリアンから遠ざけたり、危機感を高めようとしてるんです。
誰かを失ってしまうことを、本当はすごく恐れているから。
すごくすごく、臆病な人なんです。
私も、そしてリカオンも、そんなヒグマさんだから傍にいようと決めたんだと思います。みんなを守ろうとするヒグマさんを、守れるのはきっと私たちだけだから。
その時、地響きと共に大きな影が森の奥で動きました。
リカオンが目を見開き震えます。私は弾かれたように走り出しました。程なくしてヒグマさんの後ろ姿へとすぐに追いつきます。
「ヒグマさん!」
「……気を付けろキンシコウ。でかいぞ」
ヒグマさんはすでに黒いセルリアンと対峙していました。首から上のない馬のような形をしていて、その断面には大きな目玉がきょろきょろと動き回っています。
「はぁああ……!」
ヒグマさんの熊の手がセルリアンの体を抉り取ります。セルリアンの動き自体は緩慢だったのですが、その性質は厄介なものでした。
「なにっ……!?」
衝撃と共に黒いセルリアンの破片が飛び散ったかと思うと、各々に目玉が出現して動き始めたのです。
「まずいぞ!」
母体から分裂したセルリアンが、各々周りに散らばり始めたのです。私とヒグマさんはそのうちの何体かを素早く倒したのですが、数が多く森の奥へと逃げていきます。
この時、顔色を変えたリカオンが私たちに追いつきました。ヒグマさんはリカオンの肩を掴み、命令を下します。
「リカオン、お前はあの大きい黒いセルリアンを見張っておいてくれないか。散らばったセルリアンをまずは片づけて、すぐに戻ってくる」
「えっ……私がですか!?」
不安に揺れるリカオンの肩に、私も手を添えました。
「このままでは被害が広がってしまうので、迅速な対応が必要なんです。それまでの間だけでいいんです」
リカオンはヒグマさんと私とを交互に見ました。そして唇を真一文字に引き結ぶと、力強く頷きます。
「オーダー、承知しました」
一瞬目つきが獣のそれへと変化し、リカオンが身を翻します。ヒグマさんはすぐに散らばったセルリアンの後を追いました。
「私はこっち側を担当する。キンシコウは反対側を頼む」
「了解です」
私とヒグマさんの視線が一瞬交錯します。そこには様々な想いが込められていました。
お互いの実力に対する信頼。そして相手の無事を願う祈りにも似た配慮。
その一瞬だけで、私達には十分でした。ヒグマさんに任された以上は速やかに任務を完了する必要があります。
「また後で合流だ!」
ヒグマさんからの声に、私は力強く頷きます。
フレンズを、そしてこのパークそのものを守るのが私たちセルリアンハンターです。使命の元に血潮を湧き立たせ、私は木々の間を駆け抜けました。
そうして散らばった黒いセルリアンを如意棒を使って次々と打ち倒す中、私は誰かの悲鳴を耳にします。
「うぅぅううう……!」
黒いセルリアンが岩場に二人のフレンズを追い詰め、黒い肉体を隆起させていました。一人は座り込んで震えており、もう一人が庇う様にして立ち向かっています。
「っ……!」
私は体が熱くなり、如意棒を握る手に力を込めました。
天から振り下ろす落雷のような一閃。
セルリアンのコアを破壊し、私は息を整えます。良かった、間に合った……。
「大丈夫でしたか?」
「わあぁ……助かったよ!」
「ありがとうございます! あなたは……?」
金色の大きな耳としましまのしっぽを持ったフレンズと、灰色の帽子とカバンを身に着けたフレンズが、私に問いかけました。
「私はキンシコウ。セルリアンハンターよ」
結果的にこの出会いが、そしてこの救出が、後にパークそのものを救うことに繋がるんですけれども、その話はまた別の機会に。
キンシコウの見る景色 砂塚一口 @sunazuka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます