538 挨拶は一瞬、大繁殖期の終了、夏休みも




 ガルエラドは復活後、イグに対して丁寧な態度で挨拶した。

 イグの王冠とベストについては何も言わない。全てを受け止める度量の広さは、さすがだ。

 ただ緊張しっぱなしなのも大変だろうし、何より近場にいた竜たちが逃げてしまった。シウはイグに悪いと思いながらも「ごめん、挨拶も終わったことだし」と帰ってもらうことにした。

([古代竜使いが荒いぞ])

「だけど最初に挨拶だけって言ったよ?」

([やれやれ。まあ良い。ではな])

 イグは機嫌良く前脚を片方上げ、ガルエラドに「きっ」と挨拶してから帰っていった。自力での転移だ。

 イグの姿が消えて十秒後、ガルエラドは何とも言えない目でシウを見た。

 たぶん恨めしいとか、非難めいた気持ちが籠もっていたのだろう。だが、彼は表情の作り方が苦手だ。結局はいつもの凜々しい顔付きに戻った。


 その後、散り散りに逃げていった岩竜と鎧竜をそれぞれ集め、ラケルタ族がこうと決めた場所に追い込んだ。というより、シウが《転移》させた。ガルエラドが自棄になったのか「奴等をまとめて転移させられるか?」と頼んできたのだ。二つ返事で引き受けた。

 また、仕切り直しても争いを止めない竜は間引いた。竜の大繁殖行動に関係しているそうだから問題ない。

「ラケルタ族は間引き竜は要らぬとのことだ。市場に多く流すのは良くない。目立つからな。彼等は今まで通りの数を、出所の不明な品として静かに売り捌く方を選んだ」

「じゃあ、有り難く受け取るね。でも、僕がガルに依頼したという体でこれを受け取ってくれる?」

 差し出した銀貨入りの袋を、ガルエラドは困った顔で見下ろす。

「ラケルタ族だって、人族の街へ行って買い出しをするんでしょう? ガルも取り引きには貨幣を使うはずだ。僕が素材を受け取るのも取り引きだよ」

 ガルエラドは少し考え、やがて頷いた。

「承知した」

「あとは、前に来た時、食料が乏しそうだったからこれも」

 湖で獲れる魚類を中心に、簡易魔法袋に食料を入れて渡す。ラケルタ族にだ。

 シウは以前、ラケルタ族は動物性タンパク質を中心に食べる種族だと本で読んだ。特に魚類が好きらしい。しかし、砂漠にあるオアシスでは滅多に食べられないご馳走でもある。そのため彼等は砂漠に住む虫を中心に、魔獣を狩って主食としていた。足りない分は買い出しで手に入れる麦だ。

「本当は海で大量に魔獣を狩ったから分けてあげたいんだけど、海のものは食べ慣れていないだろうからね。万が一アレルギー反応が出たら困るし、淡水のシルラル湖で獲れた魚類や貝類を入れておくよ。果物も入ってるからね」

「……これではもらいすぎになるだろう」

「僕こそもらいすぎなんだ。このアルマラケルタの皮の価値は計り知れない」

「そうか」

 シウはこれで大事な魔道具を作る。ガルエラドが想像する以上の価値があるのだ。



 ガルエラドとは夕方まで一緒に作業した。シウがいることで、どうせならと範囲を広げて竜の行動を確認する。

「便利扱いして申し訳ない」

「いいよ。竜の大繁殖期は他人事じゃない。できるだけ災害が起こらないよう、僕も協力するって約束したんだしね。それより大繁殖はまだ続きそう?」

「もう終わっていいと思うのだがな」

 救援要請や相談事の件数は減っているらしい。

「各地に散らばった同胞らも、少しずつ休息を取っている」

「良かった」

「もうひと踏ん張りといったところか。予定通り、年の末にまた里へ戻れるだろう」

「うん」

 もちろんシウも来るのだろう? そんな表情でガルエラドがシウを見る。

「お邪魔していい? この子の成長ぶりも皆に見せてあげたいし」

 とは、ずっと静かにしていたジルヴァーだ。この日もちゃんと連れてきていた。しかも彼女の頭上にはエルもいる。ジルヴァーの体毛は短めだから、コルの羽と違って落ちそうな気もするが本幻獣いわく大丈夫らしい。エルはジルヴァーの頭かクロの羽の内側が気に入っている。シウに付いてくると言った割には、直接くっついてこないのが不思議だ。

「お前の成長も見せてやるといい」

「そうだね!」

 思わず背伸びしてしまったシウである。


 それからガルエラドをラケルタ族の村に《転移》で送った。アウレアとは会わずに帰る。会えば離れがたい。アウレアを寂しがらせるのも嫌だ。また今度ゆっくり遊びにくると約束し、シウはジュエルランドに戻った。

 そこから今度は皆を連れてルシエラ王都に《転移》する。

 今回はブラード家の屋敷地下に飛んだ。口裏合わせはオスカリウス家がやってくれている。簡易転移門も進化しているのだと言えば――実際、ベルヘルト爺さんのおかげで進化してしまったから――問題はない。問題なのは堂々と貴族家が転移してくることだが、バレなければどうということはない。

 ブラード家の家僕であるリコやソロルも慣れたもので、地下室の頑丈な扉を開けて「おかえりなさい」と笑顔で挨拶してくれたのだった。



 久しぶりに会う皆とは夏休みの話題で盛り上がった。アントレーネは親子の時間を取り、ククールスは護衛たちと酒盛りだ。シウはリュカとソロルから獣人族の里の話を聞いた。

 レオンはカスパルに本家で世話になったことや養護施設への寄付について礼を述べている。堅苦しいと手を振って追い払われ、騒がしいロトスのところへ行って肩の力を抜く。

 フェレスはメイドたちに可愛がられたあと、眠そうな顔で部屋に戻っていった。寝ぼけていたのか間違えてブラード家の以前の部屋に行こうとし、メイドに渡り廊下へ誘導される。

 スウェイは最初から第二棟で暮らしているため迷うことはない。ブランカも彼の後を追うようにフェレスを置いて行ってしまった。

「クロも眠いなら先に部屋へ行きなよ」

 ジルヴァーをソファに寝かしつけながら声を掛けると、クロは「きゅぃ……」と返事をし、エルを乗せてフラフラと飛んでいった。

「今日もいろいろあったからなあ」

 見送っていると、ロトスがやってきた。

「今日も、っていうか、夏休み全部がいろいろあったよな~」

「そうだね、いつも以上に濃かったかも」

「シウといると毎日が忙しいぜ」

「明日からはゆっくりできるよ」

「おっと、そういうわけにはいかないんだなぁ」

 ニヤニヤ笑うので、シウは首を傾げた。

「僕は学校だけど、ロトスは何かあったっけ」

「なんだよ、それ。俺はニートじゃないぞ。あのな、俺も養育院行ったり、冒険者のレベル上げしたりで忙しいの!」

「ああ、そっか。そうだよね」

「レーネには負けてるけど、レオンには負けらんないしな! バルやんにも格好良いとこ見せないとだし」

「はいはい。頑張って」

 彼には《転移指定石》を渡しているので、またジュエルランドに行ってバルバルスの様子を見てくれるのだろう。訓練するにはあの場所は最高だ。誰も来ないし、イグという強い後ろ盾もいる。

「養育院のこともありがとう。僕も次の休みに行かないと。ギルドにも異動届出さないといけないし、まだしばらくは忙しい毎日かな」

「シウってば、全然落ち着けないよな」

「それも学校を卒業してしまえば終わりだよ。落ち着くって」

「そっかなー?」

 まるきり信じてない表情で、わざとらしく首を傾げる。シウは半眼になったが、自分でも毎日何かしらあるような気がしているので反論は諦めた。

 それに、今晩もまだやろうとしていることがある。

「そろそろ部屋に戻ろうかな」

 カスパルには夏休みの後半について軽く報告はしているけれど、話せないことの方が多かった。早々に切り上げるしかない。遊戯室にいた人も徐々に減っている。

 明日から通常の日々が戻ってくるので早めに就寝するのだろう。

 ダメな大人は隅の方で飲んでいた。ダメな主のカスパルも酒を飲みながら読書中だ。ロランドの目が厳しくなってきたので、そろそろお小言が始まる。

 それを見たロトスも急いでソファから立ち上がった。レオンもだ。彼の腕にはエアストがいる。重そうだ。

「巻き込まれないうちに撤退だね」

 レオンは本宅に部屋があるのでそちらに向かう。アントレーネは少し前に子供を連れて部屋に行ってから戻ってこない。一緒に寝たのだろう。

 シウとロトスは第二棟へと歩き出した。その背後でロランドのお説教が聞こえてくる。明日からの予定までつらつらと告げられていた。

「毎日が忙しいの、もしかしてカスパル様かもな」

「だね」

 カスパルは毎日のように夜会があるのに、寝る間も惜しんで本を読んでいる。

 背後のお説教から逃れるように、シウとロトスは急ぎ足で部屋に向かった。


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