537 夏休みの最後にガルエラドと報告
夏休み最後の光の日となった。
昨日はいろいろあったが、シウにとっては最後の別れ時が一番印象深い。アリスが静かに怒っていたからだ。
もっとも、彼女はすぐに冷静になった。冷静にその場を取り仕切って帰っていった。リグドールは訳も分からないまま「リグ君も一緒に来てください」とアリスによって連れて行かれた。シウたちはただただ静かに手を振って見送るだけだ。
それでもシウは、アリスが持ち前の賢さで修羅場を乗り越えるのだろうと信じている。修羅場の中心になるであろうダニエルには少しだけ同情するが、彼も最終的には娘の選んだ道を応援する。そんな気がした。
ともあれ、シウがあれこれ考えるようなことではない。アリスは立派な大人であり、自分の足で進める自立した女性なのだから。そしてリグドールという頼りになる恋人もいる。
そんな彼等を見送った後、シウはジュエルランドにレオンやロトスたちを送り届けた。
そして翌朝になってシウ自身も合流したのだが――。
「今日、ガルと会ってくる」
そろそろガルエラドにも、イグについて話しておこうと考えた。
皆もその方がいいと勧める。というより「まだ話してなかったのか」と呆れたぐらいだ。タイミングが合わなかったのだから仕方ない。
今回は、以前途中まで作っていた魔道具の続きが「そろそろ仕上げられる」と考えたのがきっかけだ。材料がほぼ揃ってしまい、あと必要なのはアルマラケルタの皮だけとなった。
実は尻尾なら持っている。成人祝いとしてガルエラドにもらったものだ。彼自身はラケルタ族に譲ってもらったという。アルマラケルタは最小の竜と呼ばれ、見付けるのが難しい。だから素材は希少だ。ガルエラドはシウが無類の尻尾好きだと勘違いし、そこだけピンポイントで選んできてくれた。
本当は自力で探すつもりでいたが、念のためラケルタ族との不義理にならないか通信魔法で確認したところ、偶然にもラケルタ族の近くにいるという。ガルエラドに「どうせなら会わないか」と言われ、ちょうど良いと思い立った。
午後の待ち合わせまではイグとクレアーレに《転移》して威圧を受ける訓練に励む。
徐々に本性の力を出してもらい、倒れる寸前まで耐える。なんだかんだ力業の訓練になるが、まるでスポ根アニメのようで何やら楽しい。体が弱くて度々入院していた前世を思えば、無理の出来る体が嬉しくて仕方なかった。
その後、一旦ジュエルランドに戻り、皆にイグの威圧がちゃんと消えているのかを確認してもらう。もちろん古代竜の姿はしていない。可愛いトカゲ姿だ。
「いや、可愛くはないだろ」
「可愛いじゃん。王冠付けてるし、ベストも着てるんだぞ」
レオンがぼそぼそ突っ込むのに対して、ロトスがにまにまと笑いながら答える。この二人はダメだ。ククールスに聞いてもダメだろう。シウはアントレーネやバルバルスに聞いてみた。
「どう? 大丈夫だと思うけど、いきなり連れて行くのはまずいかな。結界を何重にもして行けば問題なさそう?」
「あたしはもう慣れたからねぇ。バル、あんたはどうだい?」
「先に説明してから呼んだ方がいい。あと、結界は少なくとも五重ぐらいに」
「うーん、そっか。分かった」
「その、それと」
言いづらそうなバルバルスに、シウは首を傾げた。アントレーネが彼の背を叩く。ちゃっちゃと話せということらしいが、豪快だ。バルバルスはつんのめって、シウに近付いた。
「おっと、大丈夫?」
「あ、ああ。その、装飾品は外した方がいいんじゃないか」
支えようとしたシウの前でなんとか踏ん張ったあと、バルバルスは小声で告げた。
「そうなの?」
「偉大な古代竜様にあんなものを付けさせていると分かったら、竜人族は怒るんじゃないか?」
「あっ……」
竜人族が祖として崇めるカエルラマリスは古代竜で、大昔に亡くなっている。同じ時代を生きたイグに対して、ガルエラドはどう思うだろうか。祖ではなくとも何かを感じるだろうし、感慨も深いはずだ。
「分かった。じゃあ、バルがイグに頼んで外してもらってくれる?」
「えっ、俺がか?」
「うん」
シウがお願いしても聞いてくれない気がする。それと、バルバルスが頼んでダメなら本人の意思だ。ガルエラドに責められたとしても堂々と「自分は悪くない」と言い切れる。
シウは笑顔でバルバルスの腕を叩いた。彼は今度は後ろに蹌踉け、アントレーネに支えてもらった。
そうして《転移》でガルエラドと再会したシウは、挨拶もそこそこに古代竜の話をした。
幸いにしてアウレアはいない。いつものようにラケルタ族に見てもらっているそうだ。今回、ガルエラドは
「待ってくれ。シウが『神の愛し子』で、天啓を受けてロトスを助けに? ウルティムス国なぞ、あんな遠い場所に……。いや、魔力庫があると言ったな。それで気楽に転移してしまう癖が付いたか」
「え、そこ?」
「だからアンティークィタスドラコ様とも繋がりを得たのではないか?」
「あー、そうとも言えるかな?」
「シウには何度も驚かされてきた。いつぞやは、フルヒトヴルカーンに住むアンティークィタスドラコ様を見に行こうとしたな。あの時は止められたが、いつかやるだろうと思っていたのだ。知り合いになるのも不思議ではない」
その言い様にシウはなんと答えていいのか分からず、言葉に詰まった。
「シウはただの『神の愛し子』ではない。不死に能力補正、魔力庫に空間庫。それはもはや『寵愛者』だ。不思議な子だと思っていたが、これで納得できる」
「あのー」
「しかし、そのように重大な話を誰彼に言うものではない。我とてそうだ。誰にも言わぬと誓うが、そも、シウには迂闊なところがある。心配だ」
「あ、うん」
ガルエラドの視線が厳しくなった。シウは早口で付け加えた。
「後ろ盾のキリクや信頼している仲間には話した。あ、契約魔法は掛けてるよ」
「契約魔法は気休めだ。誓約魔法ならばいざしらず」
「誓約魔法ってハイエルフの種族固有スキルなんだから、無理だよ」
「シウは使えるな?」
「……まあ、僕も成人したし、あとは学校を卒業さえしてしまえば縛りはなくなるから」
自由に過ごしても問題なくなる。もちろん、自由とはいえ自重は大事だけれど。
「とにかく、そういうことで報告は終わりです」
つい敬語になってしまう。ガルエラドは呆れたのか「そうか」と漏らしてから、小さな溜息だ。シウは話題を変えた。
「それで、会ってみない?」
「うん?」
「もしかして、カエルラマリスと別個体は興味ない?」
「いや、そうではなく」
「イグも会っていいって言ってたし、せっかく話したんだから紹介しておこうかと思ったんだ。どうかな。興味ないなら――」
「待て、シウ。少しだけ、我に時間をくれないか」
「あ、はい」
ガルエラドにしては珍しく慌てた様子だ。ぎこちない動きを繰り返し、とうとう両手をだらんと落とした。
シウは黙って待った。
ガルエラドは砂漠の真ん中で仁王立ちになり、大きく頷いた。
「お目に掛かりたい」
「分かった。じゃ、転移で連れてくる。だけど、さすがに本性のままだと存在感が大きすぎて問題あるからさ。転変した姿を結界で包んで運んでくるね」
「……シウの言葉の端々が気になるが、そうだな、この緊張感を保っていたい。すぐに頼む」
「うん。じゃ、すぐ戻ってくるからー」
なるべく気軽に会ってもらいと思ってニコニコ笑顔で告げたのだが、シウが《転移》する直前に見たガルエラドの表情はひどいものだった。呆れているのか怒っているのか。ともあれ、普段は顔色を変えないガルエラドの面白い百面相が見られた。
そうしてイグを連れてきたシウだったが、どれほど結界を張ろうとも、たとえガルエラドが竜人族の戦士であろうと無理なものは無理だと分かった。誰でも一度は体が硬直するものらしい。
([やれやれ。またこれか])
「仕方ないよ。だって古代竜だよ? 僕も最初に会った時、緊張したもん」
([ふむ。警戒しておったな。だがやはり一番マシであったぞ。本来の姿に耐えられるのも、おぬしぐらいよ])
「また訓練に付き合ってね」
([たまになら構わん。最近は誰かのせいで忙しくてな])
「お礼の宝石、また見付けてくるから」
王冠とベストを着けたまま、イグは前脚を二度三度と屈伸させた。きっきーと鳴くので喜んでいるのだろう。
その声でようやく、ガルエラドが現実世界に戻ってきた。
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たぶん、修正かけないといけないと思います…
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