535 適材適所に立候補、エールーカ
黙っていたアリスが、おずおずと前に出た。腕には籐籠を抱えている。
「あの……」
「どうしたの?」
「アリス?」
シウとリグドールが近寄ると、アリスは顔を上げた。その時にはもう凜とした表情だった。
「わたしも、その適材適所の一つになれないでしょうか?」
ぽかんとしたのはシウだけではなかった。リグドールも「え」と発してから黙り込む。レオンやロトスもだ。空気を読まないフェレスとブランカだけが「卵石はもう探さないの?」「だったら遊ぶ~」と周囲を飛び回っている。
最初に口を開いたのはリグドールだった。
「アリス、それはどいういう意味で?」
「希少獣のための機関、組織を作るのですよね。その方が個人で常時依頼を出すよりもいいと思います。あ、シウ君が信用ならないという意味ではないです。そうではなくて――」
「分かるよ、アリスさんの言いたいこと」
背景にきちんとした立場の人がいるかいないかで、信用度は変わる。
そういう意味でも、養育院の実質運用者は神官のネイサンなのだ。そして聖獣の王シュヴィークザームが名誉会長という立場に収まっている。
「後見人には、きっとオスカリウス辺境伯様のお名前が上がるのでしょうし、他にも多くの方々が名を連ねるでしょう。ですが、運営の場にも相応の人間が必要だと思うのです」
「アリスさん、もしかして」
「わたしは騎獣隊の騎士でもないですし、騎獣屋さんで働いたこともありません。小型希少獣の相棒がいるとはいえ、たった一種です。召喚魔法のレベルが高いわけでもない。力不足なのは分かっています。……でも、わたしは伯爵家の娘という『ちょうどいい』立場にあります」
アリスの言いたいことは分かる。運営者に貴族がいると分かれば信用度は格段に上がるだろう。もちろん、実質的な運営は「普通の」貴族にはできない。名誉職となる。
もっとも、すでに存在する安定した組織ならともかく、これから始めるものだ。計画も何もない。たった今、思いつきで話したことに、彼女は真剣な思いで手を挙げてくれた。
しかも、言葉は悪いが「自分を利用していい」とアリスは言っているのだ。その代わり、彼女も「利用したい」と願っている。
「アリスさん」
「は、はい!」
「経験は積めばいいことで、不足分は周りにベテランや専門家を固めることでなんとかできる。それでもネイサンの立場に就くのは、すぐには難しい。だけど、僕はアリスさんなら至れると思う。目指してほしいとも思う」
アリスも本当はそこを目指しているはずだ。それなら最初から明言していればいい。最初は実績のある誰かに座ってもらう椅子、その近くで働き学ぶ。
実務に携わるのは、貴族令嬢としてはきっと褒められたことではないだろう。それでも彼女の目はしっかりとシウに向かう。
「今すぐやろうって話じゃない。やれる問題でもない。だけど、立ち上げを一緒に手伝ってくれる? そして、いずれは皆を導く立場になってほしい」
いつの間にかリグドールがアリスの背後に立っていた。支えるのではなく、勇気づけるような格好だった。アリスの肩に両手を置き、さあ前に進め、とでもいうかのような触れ方だ。
アリスが振り返り、笑顔になった。リグドールも笑顔で頷く。
再度、シウに向いた時、アリスの顔はいつぞやのように輝いていた。そう、あれはグラーティアの卵石を自分で育てると決めた時だ。あの時も素敵な女性だと思った。
「やります。やらせてください」
「うん。一緒に考えていこう」
アリスは国家機関に勤めている。どう動けばいいのかはシウより知っているだろう。後見人も自然と集まる気がする。シウはシリルを通してオスカリウス家に連絡すればいい。
できれば神殿も巻き込みたい。商業ベースにしてしまうと、黒字を出すために本来の意図からズレる可能性もあった。また既存の卵石屋や騎獣屋との住み分けも難しくなるだろう。
といっても、養育院のように寄付だけでの運営はできない。規模が大きくなるからだ。家で面倒を見きれない老騎獣を引き受けるのと、好みじゃないという理由で捨てられる希少獣や野良希少獣の養育、集まった卵石の管理では必要になる人手や方法が全く違う。
「とにかく、考えをまとめないとね。あと、卵石の探知はやっぱりできなかったけど、生まれたばかりの希少獣なら探知できると思うんだ。そういった魔道具の開発も考えてみる」
冒険者に貸し出して探してもらうのもいいだろう。他の依頼のついでだ。
「そっちの方がシウには合ってるよな。魔道具の話の時だけニヤニヤしちゃってさ。これぞ、適材適所!」
ロトスがバンバン背中を叩く。シウは「痛いなあ」とぼやきながら、アリスとリグドールに告げた。
「養育院の時も仕組み作りは商人ギルドの人にほとんどお任せしてたんだ。僕のやったことって、魔道具を作ったりお金を出したりしたぐらい。だから、実務に関しては期待しないでね」
「まあ、シウ君ったら」
「シウらしいなぁ。どうせ、興味のあるところだけ頑張ったんだろ? 分かった、俺も考えるよ」
二人が顔を見合わせて微笑む。仲の良い姿にシウが和んでいると、何故かロトスとレオンの様子がおかしい。
ぼそぼそと肘で互いを突き合っては揉めている。
「どうかした?」
「いんや。なんでもない」
「俺もだ」
「ふうん」
「別に、今日はリア充爆発しろとか言ってない」
「ロトス、それ、昨日イグ様が同じようなこと言ってたけど『ロトス語』って奴だろ。またシウに怒られるぞ」
二人のやり取りに肩を竦め、シウは遊び回っている二頭を呼び戻した。
ちなみに、クロはすでに舞い戻っている。彼は鳥型希少獣の心得をグラーティアに教えているようだった。ジルヴァーはシウの背中で静かだし、リグドールたちが借りてきたブーバルスもさすがはカッサの店の子だ、エアストをあやしながら休憩している。
その後、一旦洞窟に戻った際に驚くことがあった。
コルの羽に隠れていたエルがもぞもぞ出てきたかと思ったら光り輝いたのだ。
「は?」
声を上げたのはロトスだけで、残りは全員ぽかんとなった。
やがて光が収まると、そこには色の変わったエルが佇んでいた。
「え、これエルなのか? 緑から白銀っぽい色になってるんだけど……」
「いっ、生きてますよねっ? コル、どうしましょう!」
「カーカー」
リグドールとアリスが慌てる中、コルが「やれやれ」と身を乗り出す。意外としっかり自分の足で歩いてテーブルの上に立った。
「カーカーカーカー」
「進化、ですか?」
「そっ、そうだ、シウ! 鑑定魔法、頼む!」
「そうだよ、シウ。お前こんな時こそ鑑定しろよ」
リグドールの言葉を受けてロトスまで身を乗り出す。というより、皆が前のめりだ。籐籠から落ちるようにテーブルへ下りたエルが、またもぞもぞと動き出した。
何故かシウの前にやってくる。さも「鑑定していいよ」と示しているかのようだ。
いや、実際、エルはそう言っていた。
「あっ」
「なんだよ、どうしたんだよ、もったいぶらずに早く言えっての!」
「あ、ごめん。えーと、エルから気持ちが伝わってきたから」
「えええっ」
騒ぐリグドールに苦笑し、シウはエルに《完全鑑定》を掛けた。
「……そもそもなんだけど、エルはただのエールーカじゃなかったみたい。エールーカグロブルスっていう上位の幻獣種だった。蝶に変態する前に進化したのかもしれないね。で、今はエールーカアルゲンテウスっていう、更に上の種に進化してる。あ、これ、もう蝶には変態しないんじゃないかな」
シウは脳内にある幻獣種図鑑を見ながら続けた。
「芋虫幻獣の中でも最高位に近いみたい。まだ研究の進んでいない種らしいから不明だけど、このままの姿で長生きするらしいよ」
「らしい、って、おい」
ロトスが呆れた風に突っ込む。シウが脳内書庫を次々漁っているのを見抜いているようだ。
シウは意識を目の前に戻した。
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