534 卵石の落ちている場所
休憩を終えると、また騎獣に乗って森を進む。
コルが言うには、人が通れそうな獣道が「見える」位置に卵石があるそうだ。過去に拾った卵石の場所を思い起こして気付いたらしい。
「希少獣を宿した親たちは、人に拾ってもらわなきゃならないっていう本能と、獣が元々持つ『人間への恐怖』とのせめぎ合いにさらされるのかもしれないね」
シウの言葉にコルが「そうかもしれない」と伝えてくる。
「『いつもとは違う自分の行動』にも驚いているだろうね。無意識のうちに動いていると知ったら、僕だって怖い」
「考えたら親も可哀想だよな。我が子のはずなのに、特別な存在になってしまったがために手放さないといけないなんて」
リグドールが悲しそうに言う。彼の後ろに乗ったアリスが神妙な顔で小さく頷いた。
ちょうど獣道が細くなったところだった。シウはブランカをブーバルスの後ろに下がらせた。ふと、振り返ってロトスやレオンを確認する。フェレスは前方をちゃんと確認しており、スッと場所を空けてくれた。
レオンが前に乗っていて、シウと目が合う。彼はまるで「大丈夫だ」とでも言うかのように微笑んだ。そして、
「俺はそんな風に考えたことは一度もなかったなぁ」
自然と口にしたようだった。
「希少獣の親の気持ちがか?」
シウを挟んで、前方からリグドールが声を上げる。レオンは「そうだ」と声を張り上げ、しかし次に口にしたのは消えそうなほど小さな言葉だった。
「親にも事情があったのかもな」
そんな風に言えるぐらい、彼は吹っ切ったのだろうか。
ただ、どんな事情があったにせよ心に傷を負わせたのは確かだ。
「拾ってもらえない卵石は、やっぱり憐れだ、俺はそう思う」
「そうだね」
運良く生き残れる子の方が少ない。
コルのように我が子と間違えて育ててくれる獣は滅多にいないのだ。
運良く育ったとしても、スウェイのような孤独を抱えて生きることになる。
「全部の命を救えるとは思ってないけど、できれば見付けてやりたいよな」
「おいおい、しんみりすんなって。大丈夫、こんなとこに生み落とされるのは珍しいんだからよ」
ロトスが明るく言う。彼なりにレオンを慰めているのだろう。
「はは、ロトスはいいよな」
「なんだ、それ。どういう意味だよ、こら」
「スゲーなって言ってんだよ」
「褒めてんの?」
二人がワイワイ騒ぐ。シウはまた前を向いてリグドールたちの姿を追った。それぞれが視線を下に向けている。コルも籐籠の中から顔を出していた。
これまでの発見例を挙げておきながら、
その気持ちにシウも寄り添いたい。だから同じように目を凝らして辺りを見回した。
とはいえ、たった一日で見付けられるものではない。
むしろ「見付けられなかった」という事実の方がいいのだ。不幸な目に遭う卵石はなかった、そう思えるから。
昼食を簡単に済ませ、休憩もそこそこに皆で森を見て回った。
シウだけでなく、冒険者として実績を重ねているレオンやロトスがいるので日が暮れても目一杯、探して回れる。
そもそも、この辺りは明かりが煌々としていても魔獣は近寄らない。この付近の魔獣はアルウェウス地下迷宮の周辺整備をするため、また学校の演習場所にも近いということで定期的に冒険者が入っているからだ。
ここは人の気配のする森だった。
ちょうど卵石が置かれる可能性の高い場所でもあった。
「コルが、もう終わりにしようと言っています」
夕日が落ちた頃、アリスが絞り出すように告げた。
「アリス……」
「リグ君。みんなもありがとう。コルはもう十分だと、満足したと言っています」
誰かが終わりを口にしない限り、ずっと続けるのではないか。コルか、あるいはアリスが言い出すまでは。そう考えたのは何よりもコルとアリスだったのだろう。
皆は歩くのを止め、心持ち屈んでいた体を伸ばした。
アリスに最初に答えたのはシウだ。
「そうだね。今日はもう終わりにしよう」
「シウ君、違うわ、今日じゃなくて――」
「うん。コルはもう終わり。後を引き継ぐのは、別の誰かだよ」
「カー」
籐籠から弱々しい、コルらしくもない声が聞こえてくる。シウはできるだけ明るく言った。
「とはいえ、申し訳ないけれど専門ではやらない。森の中に入った時、気を付けて見るだけだ」
それは今までもしてきたことだった。ここにいるメンバーの誰もが、きっと気を付けていただろう。そして見付けたら速攻で手にしていたはずだ。そんなことは一々口にするほどのことではない。
「その代わり、コルひとりで探すよりも時間を掛けられると思う。大勢が気を付けるだろうからね」
「大勢、ですか?」
コルの代わりにアリスが問うた。シウだけでなく、集まってきたレオンやロトスが頷く。
「僕らは冒険者だ。大事な情報はギルドでも共有する。専門家に話すよりずっと早く動いてもらえる。なんだったら卵石を発見してほしいという常時依頼を出してもいいんだ」
口にすれば、それが一番いい気がした。
シウには使い途のないお金がたくさんある。老後の資金は別にして、だ。
使いもしない貨幣を空間庫の肥やしにするぐらいなら、よほど役に立つというもの。
「そっか、捨てられる希少獣を引き取る施設を作ってもいいなぁ」
その土地土地で人気の希少獣は違う。せっかく孵ったのに、要らないと捨てる人間もいるのだ。そのため、卵石の全てを役所で一括管理するという国もあるぐらいだった。
「シウ君……」
「コルの、これまでの活動で得た知識はもっとあるんじゃない?」
「カー、カーカー!」
――ある、あるとも!
コルが力強く答えた。
「僕はずっと、魔道具で探すことばかり考えてた。でも、卵石はやっぱり人間に拾ってもらいたい
「入れるのは冒険者だろうな。他に、いるか?」
「狩りをする村人とかじゃね? あ、いや、見付けても無視しちゃうかもな~」
レオンとロトスが頷きながらシウの後に続いた。
リグドールはぽかんとしていた顔を元に戻し、苦笑した。
「シウなら、そんなどでかい仕組みでも立ち上げて運用できるんだろうな。なんたって養育院を作った経験がある。こっちでも話題になってきている」
シュタイバーンはラトリシアと違って老いた騎獣を捨てるような人は少ないと聞く。そうだとしても、年老いた騎獣の世話は大変だ。専門知識を持つ人も少ない。
養育院の活動はすでにシウの手を離れているが、運用に関する資料は今でも届いている。同じような施設をラトリシアの各所に作る予定で、すでに人を集めて育てている段階だ。
できれば他の国にも広がればいい。そのための資金ならシウが出せる。
「拾われた卵石を集めて欲しい人に譲り、どうにもならない時は引き取るのか? いろいろ問題は出てくるだろうな」
「そんなのは、どこでだって起こるさ。だから国がやるより一個人でやる方がいいんだろ?」
レオンのクールな発言に、リグドールが肩を竦める。
シウは「デルフやラトリシアは国が管理してるけどね」と続けた。すると、ロトスが、
「だったら、最初の立ち上げはシュタイバーンがいいんじゃね? シュタイバーンは希少獣の扱いに関しては自由度高いじゃん。あと、シウが自分一人でやるわけないしな」
と言う。そして、にかっと笑った。
「いっつも誰かにぶん投げてるんだからさぁ。でもまあ、それがいいんだと思うぜ。シウが何か始めると突き抜けて何かヤバいじゃん、ストッパーがいるもんな。それなら普通に現場を知ってて常識のある人に頼むのが一番いいんだよ。適材適所って奴。養育院の代表やってるネイサンなんて神官だからかな、嬉々として働いてるんだぜ。あれ、性分なんだろうなーって思う。騎獣屋の店長も、騎獣向け料理店の店長だって『大変だけど、これが天職だから』なんて言ってたし」
どれもシウが出資だけして後を任せているところだ。
「分かる。ぶん投げられて大変なんだよな。うん。だけど、頼られると嬉しいんだよなぁ」
ぶん投げられたばかりのリグドールが肩を竦める。アリス以外の全員が苦笑した。
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