458 魔獣発生の報と祝賀会の中止
通信が終わると、イェルドは騎士を集めると言って観覧席から出て行ってしまった。
オスカリウス家の騎士は大勢来ているため、秘書を交えてどう動くか決めるのだろう。
キリクは「シウ、こっちへ」とわざわざ名前を口にして呼んだ。つまり、アドリアンにはその場で待っていてほしいという意味である。それなのに、アドリアンは一緒にキリクの傍まで付いてきた。キリクが呆れ顔でいる。しかし、それには触れず、用件だけを告げた。
「海に大型の魔獣が現れた。そのせいで西にあるカルト港も少なからず影響を受けたらしい。ただ、偶然にもこの時期は潮流が激しく、沖合へ流れるんだそうだ。海獣隊もいたため、なんとか追い出すことには成功したらしい。カルト港のあたりは海水がひどく冷たいらしいしな。だが、ヴァルム港の近辺は温度が高い。エサも豊富だ。追い出された魔獣が東へ向かっていると、上空で観察していた飛竜隊から連絡があったらしい」
「それで応援要請が、キリクに?」
何故、というシウの視線に、彼は髪をぐしゃぐしゃに掻き交ぜた。
「アドリアナにできた迷宮の話を覚えているな? あれな、押さえ込みに失敗したそうだ」
「え?」
驚き声はアドリアンだ。横で黙って聞いているつもりだったらしいが、たまらずに声を上げた。
「何故、隣国にできた迷宮の話を。いや、それより氾濫したというなら――」
意味が分からないと首を振る。キリクはアドリアンの困惑に対して肩を竦めて答えた。
「シャイターンとの国境付近にできたらしい。だからシャイターンも噛んでいた。しかも海岸沿いだ」
「あっ、ハーピー!」
つい最近聞いたではないか。シウが思わず声を上げると、キリクは大きく頷いた。
「そうだ。それだよ」
オスカリウス家に大量の迷宮産素材を要求した話は、先日聞いたばかりだった。
シウたちは大型の魔獣がいると聞いて深い地下迷宮が生まれたと思い込んでいたが、かなり浅い場所に、あるいは地上にできたのかもしれない。
海岸沿いならば崖もあるだろう。ハーピーが巣を作るには格好の場所だ。
トロール対策の素材も要求されたと聞いている。トロールは洞窟に巣を作る。海岸ならば岩場も多く、洞窟なんていくらでもありそうだった。
迷宮の半分は地上に、半分は海の中にできたのだ。
「俺の予想だと、かなりまずいことになっているはずだ。飛行系の魔獣も増えるだろう。その上、海にまで進出されたらシャイターンは大打撃だ。そもそも、このあたりは過去に大型魔獣のせいで被害を被っている。対策はしているというが、人間のスタンピードも起こるぞ」
キリクはそこで一旦口を閉じると「はぁぁぁ」と大きな溜息を漏らした。それから小声でシウとアドリアンに、
「どちらにしても祝賀会は中止だ」
と、眉尻を下げたまま苦笑したのだった。
アドリアンは自分も参戦しようと言い出したが、周囲の人に止められた。最終的にはシウが「アレクサンドラ様を置いてですか?」と冷たい目で問うたら、諦めてくれた。
ケラソスだって万全ではない。ルドヴィークは聖獣ではあるが、魔獣との戦い自体に慣れていないだろう。何よりも。
「アドリアン殿下の魔獣討伐件数を教えてください。大型種の経験値もです。それに冒険者のランクは?」
「シウ、君――」
「殿下は聖獣や飛竜には乗るけれど、レースだけの参加だと伺ってます。レースと実際の戦闘は違います」
「だが、キリク殿だとて同じではないか。彼もレースに出る」
出ていた、が正しい。それにアドリアンのこれは売り言葉に買い言葉だ。彼だって本当は分かっている。しかしそこは敢えて言葉にしてみせた。
「キリク様は年に一度か二度ある魔獣スタンピードの最前線で戦いますし、レースに出る時は『レース用に調整する』と仰っています。調整する、その言葉の意味を考えてみてください」
そして最後に、アレクサンドラの名前を出した。婚約者を置いて戦いに出るのか、と。
アドリアンは肩を落とし、従者たちに連れられ出ていった。
見送っていたシウに、戻ってきたイェルドが一言告げる。
「相変わらず、こうと決めた時のシウ殿は怖ろしいですね」
「えっ」
「さて、あなたのことは問答無用で戦力として数えています」
「はい」
「何故自分が、とは言わないのですね」
「え、だって、僕はキリクの――」
なんだろう。息子のようなものだと言ってもらっているし、友人でもある。と、考え、少し気恥ずかしくなった。シウは照れ臭さを隠すように早口で付け加えた。
「キリクを助けるのは当然かなと。僕はヴァスタ爺様の子供、ええと孫ですから!」
「おや」
イェルドはふと笑みを見せ、それから頭を少し傾げた。
「ヴァスタ殿には随分と助けられました。その彼の大事な育て子が、こうしてまた助けとなってくれるとは」
「いえ」
「あなたには何度も助けられていますね。ありがとうございます」
深く頭を下げられた。
他に連絡を入れていたキリクがそれを見て目を丸くする。通信の相手は誰だろう。無言になったキリクが慌てて何か釈明しているようだ。ひょっとすると妻のアマリアかもしれない。
爺様は、きっと助けたくて助けたのだ。彼等の日常を守りたかった。
シウも同じように思うから、たぶんそれで合っているのだろう。
采配やら各所への連絡が済むと、キリクは飛竜大会の会場に降り立った。シャイターン国の精鋭が到着するため、受け入れる準備の手伝いと、その間に飛竜や竜騎士たちの調整を行う。
陣頭指揮を執るのはシャイターン国の対魔獣討伐団だ。陸海空の軍をそれぞれ出して連携させるよりも、魔獣戦に特化した部隊の方が小回りは利くだろうと創設されたらしい。
キリクはアドバイザー役として依頼を受けた。というのも、対魔獣討伐団の経験値が浅いからだ。
「物資の融通を依頼された時に、それとなくアドバイスを求められたんだよなぁ」
「ふうん。創設して間もないんだね」
「いや、すでに半年は経っているはずだぞ」
「……そこは認識の違いかもしれないし」
庇うような発言になったが、キリクがうんざり顔なのにはシウも同意したかった。
半年もあれば経験は積めるはずだ。
精鋭を集めたのなら、陸海空で得てきた情報をまとめられただろう。半年もあれば時間は十分ある。と、シウは思うが――。
「あまり、上手く活動はできていないみたいだな。それもあって、俺に話が来たんだろう」
「シャイターンは自国の問題なのに、よくキリクに依頼を出したよね」
そして、それを引き受けたキリクもキリクだ。もっとも、彼はあちこちでこの手の役回りを引き受けている。もう性分としか言いようがない。
「まあ、奴等も損得勘定で動いたんだろう。そうそう、それなりの餌を用意してくれたからな」
聞きたいか? とニヤニヤ笑うので、シウは半眼になって首を横に振った。
「なんだよ、聞けよ。あのな、ザンデル辺境伯の訴えを全て破棄すると共に、補償金を出してくれるんだとよ」
「……金額もちゃんと確認した?」
「したした。ていうか、イェルドが交渉した。あいつ、俺に答えさせるまいと通信魔道具を奪い取ったからな」
「ああ、それなら」
「俺もそこまで馬鹿じゃないぞ」
自分が交渉すると嵌められるだろうからと、自慢げだ。そこは辺境伯として頑張るところではないだろうか。しかし、シウも政治については全くの門外漢だ。やぶ蛇にならないよう噤んだ。
シャイターン国が自国だけで解決しようとせず、キリクに依頼するのも分からないではない。
この大陸でキリクほど魔獣スタンピードの指揮に慣れた者はいないからだ。
逆に言えば、なりふり構わず依頼できたシャイターン国は強かだ。使えるものは使え。という考えなのだろう。
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