448 飛竜の事故と準決勝戦でのコース変更




 飛竜のレースに赤子三人とエアストは大興奮だった。柵を掴んで、大人にも負けない激しい応援だ。

「きゃーぅ!」

「りゅー、しゅごっ!」

「びゅーん」

「きゅん!!」

 ジルヴァーはもう見慣れているのと、彼女は元々の性格がおとなしいため小さく「ぷゅー」と鳴いている。最近ぐんと大きくなったジルヴァーは、シウの抱っこから下りることも増えた。この日も自分から下りると、皆に交ざって柵を掴みにいく。そんなジルヴァーの横にはスウェイが寄り添っていた。子守りをしているのだ。

 スウェイは人は苦手だが、希少獣のほとんどがそうであるように、小さき生き物に手を差し伸べる優しさがあった。ジルヴァーだけなく赤子三人にも目を光らせている。たとえば、頭が大きくて不安定な赤子たちが後ろに倒れかけると尻尾で支えた。サビーネらが気付くよりも前にだ。

 顔は知らんぷりで尻尾だけが動くものだから、シウとククールスは笑いを堪えるのが大変だった。スウェイは知られていないと思っているらしい。

「まあ、それにしても騒がしいよな」

「そうだね。でもほら、横の席も下の方の席も、すごいよ」

 歓声が籠もらないよう魔道具で外に向けられているものの、やはり聞こえてくる。

 目当ての飛竜操者が出てくると応援合戦も始まって面白い。

 この日も、調教と礼法ではおとなしめだった歓声が、障害物あたりから大きくなっていた。やがて速度レースになると大歓声だ。

 シウとアントレーネは午後から始まる騎獣レースに参加するため、午後一番の飛竜混戦レースは見学できない。

 後のことはロトスとククールスに任せ、クロとジルヴァーに見送られた。

 赤子三人はもちろん母親がレースに出るなど分かっておらず、いつものように「ばいばーい」と手を振ってお見送りだ。彼等がレースに出るアントレーネを見た時にどうなるのか、シウは今から楽しみだった。後で聞かせてもらうつもりだ。


 飛竜レースの準決勝戦が終わると、少しだけ時間が空く。その間に騎獣レースのコースが整えられるのだ。コース自体の位置は重なっていないが、同じ会場にあるためどうしても飛竜の風圧などで被害を被るからだった。稀に目測を誤った飛竜が地面に下りてくる場合もある。頭に血が上った飛竜同士が喧嘩になる、というのも過去にはあったそうだ。

 今回も混戦レースの最中に場外乱闘が始まったと騒ぎになっていた。

「またデルフ国の飛竜だってよ。巻き込まれたフェデラルの王子は大変だな」

 ギリギリまで会場で見ていたらしい騎獣乗りの男が、息せき切って入ってくるなり話す。フェデラルの王子で飛竜の混戦レースに出るとなれば、アドリアンしかいない。シウは気になって、男に話を聞こうと近寄った。周囲の人も同じように集まる。

「あの、それってアドリアン殿下ですか?」

「そうだよ。っと、お前、確か去年の一位か。王子と競ったんだっけな」

「はい。それで、アドリアン殿下は大丈夫でした?」

「どうかな。あ、いや、無事は無事だ。だけど飛竜ごと地面に落ちてたから、怪我なしってわけにはいかんだろ」

 そう言うと他の操者たちが騒ぎ出した。

「今回、王子は騎獣レースの速度に出るんじゃなかったのか?」

「混戦は止めたんだよな?」

「俺たちはそう聞いている。係の奴に聞いたから間違いない」

「怪我はまあ、王子ならお高いポーション使って治せるだろうけど」

「動揺はするだろ? あの人、飛竜も大事にしているからな」

「飛竜を治すにゃ大変だぞ? 人間用の何十倍もかかるって言うじゃねえか」

 ざわざわし始めたところで係の人が来た。

「もうすぐ調教と礼法が終わります。次は障害物になるので出走者は表に――」

 皆、気にはなるが目の前のレースも大事だ。すぐに静かになって移動を始めた。シウとアントレーネも出る。

 コースに向かうと、随分とひどい状況だった。元々のコースが崩れている。急遽作られた新しいコースを前に、出走者たちの顔色は悪い。いつもは事前に渡されるコース表が間に合わず、手元にないからだ。

「くそ、最初の周で覚えるしかないのか」

 にわかに騒然とし始めた。そんな中でも平然としているのがフェレスやブランカだ。

「にゃにゃ」

「ぎゃぅ!」

 同じコースを何度も周回するのが苦手なふたりは喜んでいる。たまたま近くにいた操者と相棒の騎獣は「変な奴がいる」といった表情でフェレスとブランカを見ていた。


 準決勝戦はシウとフェレスにとって有利でしかなかった。

 まず、コースについて、シウの指示が的確だった。相棒のフェレスは、突発的な事態に対処する能力が高い。しかも、彼は新しい複雑なコースを楽しんでいる。とにかくガンガン攻めた。何よりも、追ってくるのがブランカだ。彼女と山中で練習した追いかけっこはスリル満点で「楽しい」しかない。

 はあはあと荒い息ながら、全力を出し切って一位を勝ち取った。

 悔しかったのはブランカだろう。彼女だって必死に追いかけた。コースについては、目の前を進むシウたちを追えばいいだけだった。つかず離れずならコース間違いもない。アントレーネもそれを目論んでいたようだ。

 彼女はコースの確認はせず、ひたすらシウの背を目標にしたようだ。このやり方は他の騎獣たちでは無理だった。追いつかず、コースを見誤る組も続出していた。そんな中、最後まで食らいついていたのはアントレーネの実力が高いからだ。そしてブランカに、アントレーネの言うままに付いていける能力があったからである。

 しかし、残念ながら結果は二位。

 ブランカは悔しそうに何度も「ぶしゅっ」と鼻息荒く地団駄を踏んでいた。

 あまりに興奮しているため、フェレスが若干引いているのが面白い。シウとアントレーネは顔を見合わせて苦笑し合った。

「ブランカ、あんた、その悔しさを明日まで残しておきな」

「ぎゃぅぅぅ」

「明日の決勝戦でもう一度戦えばいいだろう?」

「ぎゃ?」

「明日も同じレースをやるんだよ。あんた、今日二位だったんだ。決勝に残れるんだよ」

 まだ首を傾げているブランカは絶対に意味が分かっていない。とにかく「今」負けたのが悔しいのだ。

「ちょっと落ち着いたみたいだから、後でまた教えてあげようか」

「そうだね。ああ、シウ様、そろそろ速度レースのコースに移動していた方がいいんじゃないかい?」

「うん。じゃ、ブランカ、後でね。ブランカはよく頑張ったよ。すごく格好良かった。明日も一生懸命やろうね」

「ぎゃ? ぎゃぅ。ぎゃぅ!!」

「にゃにゃにゃ」

「ぎゃぅ~」

 訳が分からないまま返事をして、すぐにシウたちが別のレースに出るのだと気付いたようだ。気持ちを切り替えて応援してくれる。フェレスも「遊んでくる-」と気楽に話してて、ブランカは「いいなー」といつも通りだ。

 ようやく落ち着いたらしい。気持ちが切り替えられたのなら良かった。

 シウとフェレスはふたりの応援を受け、速度レースのコースまで急いだ。





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コミカライズ版30話が27日に公開予定です


ニコニコ静画→http://seiga.nicovideo.jp/comic/35332?track=list

コミックウォーカー→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF02200433010000_68/

感動の最終話になりますので、ぜひご覧になってください!


YUI先生が描くシウとフェレスは本当に可愛くて、その成長を毎回楽しみに読ませてもらってました

フェレスが大きくなったところまでを描いてもらえたのは本当に有り難く、感謝感謝です!




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ガチ宣伝にお付き合いくださりありがとうございました!




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