夏は大忙し―飛竜大会編―
429 夏休みの準備
実質的な夏休みが始まる風薫る月の最終週、土の日は朝から大忙しだった。
と言っても忙しいのはシウを含めた一部だ。カスパルは普段通り椅子に座ってゆったりとしているし(もちろん本を読んでいる)、赤子三人もいつものように走り回っていた。
忙しいのはメイドの半数がすでに王都ルシエラを発っているからで、残ったメンバーで明日から順次飛竜を使った移動のための準備があるからだ。ある程度は事前にまとめているが、なにしろ大人数の移動である。しかも、今回はカスパル率いるブラード家一同だけではない。
「シウ様。お茶の用意ですけれど、このカップでも構いませんでしょうか」
「大丈夫だと思うよ。というか、サビーネの方が詳しいんじゃ……」
「マナーを知っているだけではとても。姫様のお好みもございます」
「好み、好みねえ」
うーんと腕を組んで悩むが、思い出せない。
「ま、いいんじゃない? たぶんアルゲオが用意しているよ」
「よろしいのでしょうか」
「いいよいいよ。アルゲオもお世話を焼きたいだろうから、任せてしまおう」
「……シウ様。最近どうも坊ちゃまの悪いところに似ていらしたような気がいたします」
「ええっ」
そんな、と否定していると、窓際のソファから声が聞こえた。
「君たち?」
「あー、僕、子供たちを回収に来たんだった! じゃあ、あっちに戻ります!」
シウは慌ててガリファロを右手に、マルガリタを左に担いで走った。
後ろから「廊下を走ってはなりません」とサビーネの注意する声が聞こえてくるが、気にしない。
赤子の最後の一人カティフェスはリュカが捕まえ、シウと一緒に別邸へ向かった。
「リュカはやっぱり今年も獣人族の里に行くの?」
「うん。再来年にはカスパル様が卒業されるでしょう? だから、それまではミルトさんたちと一緒に行こうかなって思って」
「それなんだけど、リュカがルシエラに残りたいなら構わないんだよ?」
薬師になりたくて勉強しているリュカには、ラトリシアで暮らしていけるだけの基盤がある。師匠もいて、彼の下で勤めるのも可能だ。その相談もすでにブラード家の家令ロランドがしていた。
リュカは元々、書生という肩書きでブラード家に住み込んでいる。そのため、無償で育ててもらっていると恩を感じており、カスパルに恩返しがしたいのだ。
しかし誰もそんなことは望んでいない。折に触れ、好きなように生きていいのだと言い聞かせていた。
今回もそう言ったのだが、リュカは以前とは違って何やら真剣に考えながら口を開いた。
「それもいいかなって思ったことはあるんだけど」
「うん。リュカのやりたいようにやればいい」
「でも、せっかくシュタイバーン国に行ける機会があるなら、逃したくないって思うようになったんだぁ。あのね、先生もね、違う国の薬草を勉強するのもいいぞって言ってくれたの。機会があるのは幸せなことなんだって」
「そっか」
「僕、すごく恵まれてる。カスパル様は専属の薬師になっても独立しても、どっちでもいいって言ってくれるんだ。そんなの普通じゃないって皆が言ってたよ」
それほど恵まれた状況を安易に捨てるのは勿体無いと、皆に諭されたらしい。リュカは仲間を作り、彼等と相談し合い、未来を考えている。
なんて偉いのだろう。シウは嬉しくなって、ガリファロを床に下ろすとリュカの頭を撫でた。リュカは嬉しかったらしく尻尾を高速で振った。それから、えへへと笑ってカティフェスを抱えたまま走って行ってしまった。
ついでにガリファロも後を追って走って行った。シウはマルガリタを抱っこしたまま渡り廊下を追いかけた。
別邸ではアントレーネが赤子三人を捕まえて何やら言い含めている。子供に通じるのか不明だが、そちらは任せることにした。
今回のシュタイバーン行きに、彼女たちももちろんついてくる。ククールスは当初、残ると話していた。スウェイがいるため、彼に急激な環境の変化は良くないと考えたようだ。ところが、ここでブランカがまたやってくれた。
ブランカは今回、シャイターンで行われる飛竜大会の騎獣レースに参加する予定だ。本獣は勝つつもりでいるらしく、この一月あまり毎日のようにアントレーネたちの冒険者仕事についていき山で訓練を行っていた。単純な山登りだけなら、フェレスに勝つこともあるぐらい急激に運動能力が上がっている。それでもまだまだだと彼女は知っていた。軽量のフェレスに勝っても、スウェイの年齢を重ねたが故のフェイント技や体重を使った豪快な動きに、本能的な負けを悟っているからだ。だからか、ブランカはスウェイに対して「憧れの先輩」という気持ちを抱き始めたようだ。
ようするに、憧れの先輩に訓練の成果を見てもらいたいのだ。
毎日のように「一緒に行こう」と誘い、自分の雄姿を見るべきだ、というような押せ押せを続け――。
スウェイが折れた。ククールスから、
「ブランカをなんとかしてくれ、だって。一緒に行くのも構わないらしいぜ」
そう言われた時、シウはもう少しふたりの様子を見ておくのだったと申し訳なく思った。
夏休みやその後のことを考えて走り回り、注意が疎かになっていたようだ。
実は週末の冒険者仕事もシウは一日しか参加していなかった。課題、論文、研究という忙しさを言い訳にしていた。
「ごめんね、スウェイ」
「ぎゃぅ」
彼は大人なので落ち着いているし、元来の性格もまた寡黙だったのだろう。溜息のような疲れた声が返ってきたけれど、許してくれた。
そんなわけで、ククールスとスウェイも夏休みはシウに同行すると決まった。
ロトスは言わずもがなだ。
イグとバルバルスも一応誘ってみたが、どちらにも断られた。イグは人間嫌いが治っているわけではないし、バルバルスは人の多い場所がまだ怖い。シウもサラッと聞いてみただけだ。もちろん行くと答えたなら、全力でふたりの見た目を誤魔化せる魔道具を作るつもりでいたが。
レオンもシュタイバーンへ戻るが、養護施設に里帰りの挨拶を済ませたあとはシウたちと一緒に行動する予定でいる。
レオンは養護施設の皆のためにお土産をたっぷり用意していて、それらを確認しながら魔法袋に入れていた。
最初の頃は、シウがパーティー用に用意した魔法袋を個人で使うことに難色を示していたが、ようやく慣れてきたらしい。「いつか買い取りたい」そうだから、シウは中古価格で安くしようと考えているところだ。
ククールスはもらってくれたが、頭の固いレオンはキッチリと区別を付けたいらしい。でもそんな彼だからこそ、皆に信頼されるのだろう。今では「常識を確認するための試金石係」や「パーティー内のオカン」と呼ばれている。オカンとはロトスしか呼んでいないが、口うるさく注意してくれる良いメンバーとして、なくてはならない存在になっていた。
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コミカライズ版26話が27日に公開されました
ニコニコ静画→http://seiga.nicovideo.jp/comic/35332?track=list
コミックウォーカー→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF02200433010000_68/
若かりし頃のキリクがチラッと出ていたり、飛竜に乗った格好良いオッサン姿が拝見できたり、なんかすごいです(語彙ェ
最新話のキリクを思い出して「ごめんなさい」って思いました
あと読んでくださってる方にもごめんなさい、相変わらず見直し作業一切してません……
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