408 近況報告の続きとアグリコラ再会
シウの近況は話せるものだけ話した。
おおっぴらに言えないこともあるのだ。たとえば古代竜イグのことや、もっと言えばクレアーレ大陸のことなど。
誤魔化しつつ、ふわふわとした説明も交ざったが、そこは苦笑で納得された。
ところで、オスカリウス家に来たのはもう一つ理由があった。
「アグリコラは元気?」
「ああ、もちろんだ。うちからも気に掛けているが、鍛冶ギルドが目を掛けていてな。あちらから手伝いという名の弟子も入れてる」
「そっか。良かった」
「様子を見に行くなら、俺からの差し入れを一緒に持っていってくれるか」
「了解です」
「ギガスウィーペラの胃袋な、あれ、助かってるぞ」
「ああ、あれ。アグリコラ、もう加工できたんだ」
「素晴らしい出来だった。鍛冶ギルドの奴らが悔しがっていたよ」
友人が褒められるのは嬉しい。シウは笑顔になって、良かったと頷いた。
「もう在庫はないのか?」
「僕のはまだあるけど、大きいんだ。ロトスの分は売ってしまったし」
「そうか、大きいのか。ううむ」
「必要だったら卸すけど」
「実は出来たての地下迷宮があってな。そこにドロッドロの金属が流れてる。たぶんミスリルだろうと思っているが、汲めないんだ。調査も兼ねて持ち帰りたくてな」
だったらと、了解した。
ついでにラーワも渡すことにした。ラーワは特殊な溶岩石で変わった性質がある。異種同士を繋げるのだ。ミスリルを何かと混ぜるのにも使える。
ラーワだけで作った柄杓もあるため、汲むのにどうかと思いそれも渡した。
「お前なぁ……」
キリクは呆れていたが、必要なところに卸すだけだ。
ついでに火竜の皮も要らないかと持ちかけてみた。
「火竜の皮まで持ってるのかよ。あー、そりゃそうか。水晶竜の高濃度水晶まで持っていたんだものな」
古代竜の鱗もあります。シウが心の中で考えていると、ロトスからも声が届いた。
(もっとヤバいものいっぱい持ってるもんなー)
(ロトスは存在自体がヤバいんだよね?)
(ちょ、おま、なんつうことを!)
(僕もそろそろ覚えてきたんだよ)
互いに念話でやり合っているうちに、イェルドが算定に入ってしまった。
火竜の皮も欲しいというため、空間庫から取り出した。
「数が少なかったから助かる。これで防火服が作れる」
「あとは魔法で処理して行くの?」
「ああ。ミスリルが溶けて流れている場所は、想像したよりは温度が低いが、それでも人間が行くには辛い場所だ」
「でも、それでミスリルの純度が高いとなれば、鉱山探しにも熱が入るよね」
「その通り。ただでさえオスカリウス領は金が掛かるんだ。ここらで一発、鉱山でも見付けたいところだな」
「……その前に地下迷宮じゃないの? なんか、地下迷宮がどうでもいい扱いとかすげー」
ロトスの呆れた声に、イェルドも同調した。
「その通りです。全く、キリク様は……。スヴァルフ、あなたもですよ。地下迷宮の処理についても真剣に考えてください」
「へいへい」
「わっかりましたー!」
相変わらず、キリクとスヴァルフは似たもの同士で気軽な返事だ。イェルドがピキピキしてきたところで、シウたちは席を外すことにした。
女性からのお誘いがあったのだ。アマリアたちとお茶をしてから、アグリコラところへ行くつもりだ。
女性陣との話題はおおむね楽しく、時にたじたじになりながら終わった。
マグダレナには、イェルドが仕事のストレスで弾け飛んだ時の話をした。普段の彼らしくなく、床に直座りで飲み合いをし、酔っ払って二日酔いになったのだ。
それから冗談で渡した薬を、しっかりキリクに使って働かせたことなどなど。
シウが知る、イェルドの面白い話を放出した。
彼女はとても感激して、今度お礼をしたいとまで言っていた。
それだけイェルドが好きなのだろう。あのイェルドが……と思うと、シウは少し不思議だけれど。
生真面目なイェルドにも好いてくれる相手がいる。そう考えると、シウにだって機会はあるのではないだろうか。
もちろん、イェルドよりも自分がどうと言うつもりはない。ただ、シウにだっていつかは、と思う。
「うん。きっと、いつかはできる」
「何がだよ」
「お互い、彼女ができるといいねって話」
「……お前、もしかしてからかってる?」
「なんで? 真面目な話なんだけど」
「……マジかよ。てか、シウ、本当の本当に彼女欲しいのか?」
「うん。彼女っていうか、結婚したい」
「出た。またそれか。お前ってば、もう」
でも、彼はそれ以上は口にしなかった。シウが家族に憧れていることを思い出したのだろう。ロトスにはシウの前世のことも話している。ずっと一人だったことも。
「……ま、できるって。俺にもできるんだ。シウにできないわけがない」
(きりっ)
ロトスなりの励ましらしい。シウは笑って、アグリコラの工房までの道を歩いた。
アグリコラは元気だった。
人と接するのが苦手な彼のために、店を切り盛りする店員も雇っている。全て、鍛冶ギルドが差配してくれたという。弟子も一人おり、なんとか上手く付き合っているようだった。
「アグリコラ、元気そうだね」
「なんとか、やってるだ」
作業場から出てきたアグリコラは嬉しそうな笑顔だ。弟子が少し驚いた様子でチラチラ見ている。もしかすると普段は厳しい師匠としての姿しか見せていないのかもしれない。
「キリクに会ってきたんだけど、ギガスウィーペラの袋できたらしいね」
「んだなす。わし、頑張っただ」
「うん。それでね、追加でまだ欲しそうだったから僕が持っていた分を卸したんだ。また注文が来ると思う。それとこれ、キリクから頼まれた差し入れ。『珍しい素材が手に入ったから、そのお礼がてら』だそうだよ」
キリクに頼まれていた分の素材を渡す。
「そうだすか。あん人はおかしな領主だで。依頼料に色が付いていただす。その上、差し入れとは、まぁ……」
アグリコラは呆れた様子ながら、断っても仕方ないと分かっているらしく素直に受け取った。更にシウからはギガスウィーペラの胃袋だ。これはキリクに請求する予定だ。アグリコラは疑わしそうな顔をしつつ、それも受け取ってくれた。
作業中なら待っているつもりだったが、アグリコラは完全に手を止めてしまった。
ならば本格的にお茶にしようと、奥の居住スペースへ案内してもらう。
弟子は店員と一緒に店の内側で休むというから、茶菓子をお裾分けしてシウたちは奥へ入った。
「アルウスに一度寄ってきて蜘蛛蜂の糸だとか、大量に仕入れてきたんだ」
「あそこは良い素材が揃うておるでな。わしもよく仕入れるだ」
「同じ領内だと安い?」
「んだなす。わしも手広くやっておるだで、助かるだ。オスカリウスは良い素材が多いだな」
「大型の地下迷宮が二つだもんね」
「それよ」
ははは、と声を上げて笑う。それから、アグリコラは思い出したように語り始めた。
「キリク様に言われとるだで、わしも共にアルウェウスの迷宮開きに参加するだ。秋だということだが、シウにも届いておるか?」
「あー、通信で聞いた。ジーク、ジークヴァルド王子殿下からね」
「そうか、知り合いであったな。あそこの魔獣は満遍なく出るらしいだで、キリク様が悔しがっておっただ」
「あはは」
その代わり、管理が大変だとも聞いた。それだけ専門知識を持った人間を詰めておく必要があるからだ。
ジークからの通信のほとんどが近況報告だったため詳細は知らないが、オスカリウス領からかなりの人員を割いて教わっているらしい。アルウェウス地下迷宮の地上に配備しておく兵士たちの訓練は厳しいようだった。
冒険者が本格投入されるようになれば、少しマシになるだろうとのことだが。
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