春から初夏へのドタバタ珍道中
393 名付けは慎重に、報告も慎重に
風光る月は、遠くへ出掛けることはほとんどなかった。
スウェイが来たことでルシエラ王都に慣れてもらう必要もあったし、何よりもカスパル家の裏にある新しい屋敷を手に入れたことで皆が喜んだからだ。
新しいものへの冒険心というのだろうか。古びた屋敷を探検し尽くして遊んだあとは、皆で修繕を行った。
と言っても、一週もしないうちにシウが魔法を使って改築してしまったのだが。
あまりゆっくりしていると、また「授業の一環として」という理由で魔法建造物開発研究科の研究材料になってしまう。
騎獣屋の時に気楽に了承してしまったおかげで、完成したのが遅くなったのだ。勉強になったものの、今回は自分たちが住む必要があったためバレないうちに終わらせた。
新しい屋敷は第二棟と呼び、渡り廊下を経てカスパル家に出入りが自由だ。
アントレーネとレオンは元からの部屋に住み続ける。シウと騎獣四頭、ククールスとスウェイが第二棟に部屋を作った。
リュカが寂しがったものの、出入り自由の上に第二棟にも彼の部屋を作ったら機嫌を直してくれた。最近ぐんと育ってきた感のあったリュカだが、こういうところはまだ子供らしくて可愛い。シウは自分よりも背の高いリュカの頭を撫でた。
遠くへ出掛けることはないと言いつつも、それは「皆で」という意味だ。
シウ自身は度々あちこちへ飛んだ。魔法の訓練もそうだが、クレアーレ大陸のイグの住処に作った畑も気になった。
水晶竜たちのところで作っている竜苔の生育も直に見たい。
隙間時間を見付けては《転移》し、水やりや追肥などはしていた。
ロトスも《転移指定石》を使ってひとりでイグのいる小川近くに転移している。最近は個人行動も気楽になってきたようだ。
ところで、イグの住処について名前が付いた。ロトスが言い出して自然と決まってしまった。
イグがトカゲ姿で最近ずっと住処にしている、アイスベルクの南にある小川を、ジュエルランド。
皆と一緒に遊んで小屋まで作った、クレアーレ大陸にある住処を、岩棚の楽園。
シウしか行っていない、イグのもう一つの住処を、黒壁の泉。
最後については、他にも「中二病」的な名前が飛び交っていたものの、シウが却下した。イグも最初は面白がっていたものの「闇に育つ竜苔を食べたドラゴンの最強伝説――」というロトスの話を聞いて「それはナシだ」と断っていた。
他に、シウたちが魔法の訓練を行った場所を「孫の手広場」と呼ぶことになった。
イグが背中を掻くために行く場所だと説明したら、その元となったラーワという特殊溶岩を「【孫の手】だ!」とロトスが言い出したのである。
呼び名がある方が互いに便利なので構わないが、ロトスに任せるととんでもない名前が出てくる。
シウのことを散々「ネーミングセンスが悪い」と言うが、最初から羽目を外しているロトスだってかなり危険だ。
イグもロワイエ語を学ぶのはバルバルスだけにと決めたようだった。
もっとも「会話」をするのならロトスの方が楽しいらしい。
とにかく、彼等は意外と仲良く「ジュエルランド」で過ごしているようだった。
さて、そうして穏やかな日々を送っていたシウだが――。
レオンのフェンリル型希少獣エアストが生後三月に入り、そろそろ冒険者仕事に連れ歩いても大丈夫だろうということになった。
そこで問題になったのが、シウの持つスキルについてだ。
「そろそろ言っといた方がいいんでねーの?」
「あたしも、レオンなら大丈夫だと思うよ」
「同じパーティーなんだし、話しておけよ。下っ端だからって教えてやらないのは可哀想だぜ」
とのことで、シウも覚悟を決めて告げた。
レオンは顔色を変えずに、ただ黙って話を聞いている。さすがレオンだ、冷静に聞いているとシウは半ば尊敬の念を抱いて、最後まで話しきった。
つまり、鑑定魔法や空間魔法などを持っている上にレベルが5もある、というようなことをだ。
それに伴って「別枠」で魔力を持っていることも話した。
これについて直前まで悩んだが、いわゆる「神の愛し子」という存在はさほど珍しくないことらしい。少なくとも勇者や神子のような「その時代での唯一無二」ではなかった。
「ギフトの『魔力庫』を持っているから大型魔法も使えるんだ。えっと、ギフトって神からの贈り物って意味で――」
「……知ってる。神に愛されし者、だろう?」
「あ、うん、そうとも言うね」
低い声だったものだから、シウは思わず首を竦めた。彼に叱られる時の前兆を感じたのだ。ところが、何も言わない。シウは恐る恐る続けた。
「ええと、その流れで、実はロトスのことを知って――」
「どういうことだ?」
「ロトスが危ないってことを、聞いたというかなんというか」
「……神のお告げか!!」
ここで初めてビックリ顔になった。レオンが急に動いたものだから、膝の上にいたエアストが驚いてきょときょとと辺りを見回す。可愛くて、シウが目尻を下げたらレオンも気付いたようだ。慌ててエアストを撫でた。
「とにかくね、そういう繋がりで拾ったんだ。詳しく話すと――」
「いや、そこはいい」
「え」
「それよりもまず、お前だお前」
「ええ?」
レオンはエアストには笑顔を見せ、優しく撫でたあとにそろりと床へ下ろした。エアストがフェレスたちに向かってよろよろ走っていく姿を見ながら、レオンが口を開く。
「何故そんな重大な秘密を俺なんかに話すんだっ」
「えっ」
「いや、そもそも、お前は隠す気がなかったな? ずっとおかしいと思ってたんだ」
そう言うや、おかしかったと思った事実を列挙し始めた。
ロトスは去った。後退りで逃げていた。待って、という間もなかった。
いつの間にか部屋にはシウとレオンだけとなっていた。
他に知っている人間はいるのか、というのがレオンの最後の心配事だった。
「えーと、キリクと――」
「キリク『様』だな? それで? シュヴィークザーム様はどうなんだ」
「知ってる。パーティーメンバーも知ってるし、竜人族の友人も知ってる。あと、イグ……は人間じゃないか」
レオンのこめかみがピクンと動いた。シウは徐々に頭を下げる格好となった。
「えと、イグっていうのは友人で、良いオジサンというか」
「『人間じゃないオジサン』なんだな?」
「う、うん……。他にも事情があって、紹介したいから『転移』ができることも話したんだけど」
レオンは何度も口を開きかけては閉じ、やがて、諦めたように大きく息を吐いた。
カスパルも大凡は分かっているだろうと話せば、それ以上は何も言わなかった。
ついでに、話さなくていいと言われたものの、ロトスのことも説明した。聖獣である彼を、国に報告せずにシウが育て契約(誓約)した理由についてだ。
「ウルティムス国の王ってのは、頭がおかしいんじゃないのか!」
その時だけはシウではなく、ウルティムス王に対して怒っていた。
ロトスは聖獣として生まれたにも関わらず、その姿が聖獣らしくないことで「要らない」ものとして扱われた。下げ渡した先が怪しかったのか、見ていた獣たちが「危険だ」と騒いだためにロトスは逃げ出した。
ウルティムス国は「黒の森」の南に位置しており、魔獣が多い。その森の近くで彷徨っていたロトスを探し当て拾ったのがシウだった。
聖獣は、見付けた国の王へ献上するのがロワイエ大陸でのルールだ。どの国も同じ法だ。
けれど、法を破ってでも渡すわけにはいかなかった。
同じ転生者だからだとか、そうした理由以前に、聖獣にも選ぶ権利があるとシウは思っていた。人の姿を取ることもできる聖なる獣。人と同じように考えることのできる「神に愛されしもの」。
神の
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