386 貯水槽、爪長族
やがて夕方頃になって族長が戻ってきた。
飛竜に乗っての帰還だ。西にある町からの戻りで、シウが《感覚転移》で見ると飛竜の背に荷物が多く載せられていた。
途中からスピードが上がったのは、集落の緊張感を念話なりで感じ取ったからのようだ。慌てた様子で駆け戻ってくる。
ルアゴコが事情を説明がてら、発着場になっている村の端へ向かった。シウたちは東屋で待つことにした。
族長はエルゴコと名乗り、緊張した様子で東屋へやって来た。
シウはルアゴコに説明したのと同じ言葉を繰り返し、彼等を脅かすつもりはないのだと念押しした。
〔しかし、人間が、どうしてここへ……〕
〔魔人族に興味があったんです。たまたま仲良くなったイグが、こちらへ来るというので連れてきてもらって〕
他意はないと告げても、どうしたって信用できるものではないのだろう。不安な様子を隠そうとはしなかった。
かといって敵対する気もないようだ。もちろん、イグが近くにいるからという怖れもあるのだろう。でも、それ以上に、彼等は考え方自体が戦闘的でないのだ。
素朴な田舎の人間そのものだった。
彼等もまた悪意に満ちた対応をされない限り、最初から異端者を排除しようとはしない。差別が始まるとしても、それはもっと後のことだろう。
今は様子見の段階で、シウもそれでいいと思っている。
エルゴコには、騒がせたお詫びに井戸を掘らせてほしいと提案した。
〔この地に水などは――〕
土地について知らない者を馬鹿にする、といった態度ではなく、諦めの境地で語る。
でもシウはすでに《探知》していた。
〔ありますよ。かなり深いけれど、確かに山から流れてくるものが、この下に〕
指差すと、エルゴコとルアゴコは互いに顔を見合わせて驚いた。
〔あるのですか?〕
〔あるのか?〕
シウが頷くと、二人は目で語り合った後に、頭を下げた。尻尾がくるんと丸まっている。横目で「可愛いな」と見ながら、シウは笑顔になった。
〔近隣のオアシスにも影響はないと思います。とりあえず、掘ってみましょうか〕
彼等は――集落の全員を含めても――井戸がそう簡単にできるとは思っていなかったようだ。
「でも、シウだもんなー」
「にゃー」
「ぎゃぅ?」
「きゅぃ」
手伝わされると分かっていたのか、ロトスはシウが何か言う前に井戸に必要な周辺の溝を作った。フェレスもブランカも応援係として一緒だ。クロは上空から経路の確認をしている。
イグは何もしておらず、ただただ偉そうに、掘り出した岩の上で日光浴だ。彼の周りを避けるように、住人たちは興味津々でシウたちの作業を見ている。
シウは溢れ出た水を一度止めてから、貯水槽を作り始めた。
汲み上げ式にしているが、何らかの事情で止まる可能性もある。その間の予備的措置として貯水槽を作っておくのだ。循環はさせておくが、使用時に気になるようなら浄化すればいい。彼等も水の良し悪しについては分かるだろう。魔力に恵まれた種族だから、そのあたりは気にせずともいい。
そもそも、その魔力に恵まれていたからこそ水属性魔法でなんとかなっていたのだ。全く何もないところに水を出すのは途轍もない魔力が必要になる。水の気配が感じられないような、こんな土地で暮らし続けることができたのも彼等が魔人族だからだ。
汲み上げ装置を補強し、使い方および保守点検などはルアゴコを含めた防衛隊に教えた。貯水槽の管理についてもだ。
彼等の文字を覚えて本にしたいとも考えたが、読める人が少ないというので諦めた。
また読める人も「字を正確に覚えていない」とのことだった。まず、本がないのだ。
本が欲しかったシウとしては少々残念だった。
井戸が完成したのは夕方、もう夜のことだ。
シウたちが楽しく作業している間に、エルゴコ主導のもと、歓迎会の用意ができていた。人間のシウに対して警戒していたのとは別にして、薬草や水の問題解決などへのお礼を兼ねてということだった。
女子供は出てこなかったものの、裏では食事の用意で頑張ってくれたらしい。
東屋の近くにできた井戸と貯水槽を眺めながら、歓迎会が始まった。
ルアゴコたちはかなり慣れてきて、シウとロトスには普通に話しかけてくれる。ただ、イグ相手はダメだ。がちごちに固まって話す以前の問題だった。
そんな中、フェレスたち希少獣四頭は良い潤滑油となってくれた。
にゃーにゃーぎゃぅぎゃぅ騒ぐので、次第に歓迎会も楽しいものとなっていった。
ところで、彼等の種族名は「爪長族」となるようだ。
緑色の蛇っぽい肌をしていることから蛇族とも呼ばれるらしい。あるいは黒い鉤爪が特徴的なので蜥蜴族とも。
蜥蜴族と言えばロワイエ大陸にはラケルタ族がいる。あちらはリザードマンっぽい人族であり、こちらは人型をしたリザードマンとなる。
以前、古代帝国時代の小説に蜥蜴族と人族の恋愛シーンがあったが、ひょっとすると「事実」だったのかもしれない。当時の誰かがクレアーレ大陸に行ったか、あるいは爪長族がロワイエ大陸に来たのか。
どちらにしても、あのハーレム小説の作者に対してシウは「何を考えていたんだろう」と思ったけれど、案外「事実は小説より奇なり」かもしれない。
これほどまでに掛け離れている姿をしていても愛が育める、ということに、シウは感慨深いものがあった。イグたち古代竜のことを考えたからだ。
彼等こそ、愛したものと共にいたいがために姿を変え、そのものとの間に子を成したのだから。
その日は東屋に泊まらせてもらうことになった。隣の族長の家へ誘われたものの、二人しか泊まれそうになかったのだ。
フェレスたちが寂しがるだろうから、全員でテントに寝ることにした。その方が快適でもあった。
ルアゴコもテントを覗いて、言葉を失っていた。
翌朝、エルゴコとルアゴコがやって来て、薬草代の足りない分について相談したいと言い出した。
別に構わないのだが、負担になっているのならと思って、とあることを頼むことにした。
〔僕は本が好きでして〕
〔本ですか? しかしここにはありませんが……〕
〔もし良ければ、町で手に入れてもらえたら嬉しいんですけど〕
〔町で……〕
二人が顔を見合わせる。やはり疑わしいかなと思い、シウは言い添えた。
〔内容は選んでもらっていいです。魔人族にとって不利だというような本は要らないですよ〕
また二人が顔を見合わせる。ちろっと先の分かれた舌が出るのが、どこか可愛らしい。シウは二人にバレないよう観察しながら、彼等の返事を待った。
〔……そうした意味では、今更だと思いますし〕
〔そう、つまり、脅威であることに変わりはないのだ〕
シウは苦笑した。つまり、魔人族に不利だなんだと言う以前の問題らしい。確かにイグの存在は脅威だ。
シウまで一緒くたにされているが、イグの頭の上に乗って移動していたのだから仕方ない。
〔では、何が問題になってます?〕
〔問題はありません。ただ、貨幣がないため買い取ってもらうものを用意しなくては――〕
〔親父殿、薬草で薬を作って売ってはどうか〕
〔だが、我が村で質の高いものが作れるか?〕
二人が悩みだしたので、シウは手っ取り早く買い取ってもらえそうなものを渡すことにした。
〔魔石がありますけど、これ換金できませんか?〕
二人がまた顔を見合わせるので、シウはとうとう笑ってしまった。スルスルと動く蛇のような尾も見ていて楽しく、堪えきれなかったのだ。二人はシウの笑顔の理由が分からず、しきりに目をキョロキョロと動かしていた。
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