385 物々交換と貧しい村
きゃっきゃと楽しそうな希少獣と人型の聖獣ロトス、トカゲ姿の古代竜を引き連れ、シウは通りを眺めた。
村の中央部分には幾つかの店が並んでいる。
肉や、木の実を扱う食料店。武器などの修理と販売をする店。布を置いている店もある。中には呪術具を売っている店もあった。
フェレスとブランカは木の実が気になるらしく、ふんふんと匂いを嗅いでいる。シウも見たことがないから手にとってみた。
「なんだろ、これ」
もちろん購入するつもりだ。しかし、そういうことではないのだろう、店主が呆然としたままシウたちを見ている。シウは後ろから付いてきていたルアゴコに問うた。
〔買いたいんだけど支払いってどうしたらいいかな? 貨幣があるなら両替してもらえるモノを渡したい〕
〔貨幣もあるが、物々交換でも可能だ。クワルジ、それで構わないな?〕
〔あっ、ああ……〕
店主が慌てて頷き、そろっとシウを見た。シウはにこりと笑って、魔核と魔石に宝石を取り出して見せた。
〔どれがいいですか? 他に、何か希望のものがあれば――〕
〔シウ、それはあまりにおかしい〕
ルアゴコが慌ててシウを止めた。シウの手のひらの上を隠すようにして両手で握る。見た目通りのひんやり感で、彼等の体温はどうなっているのだろうとシウの興味が一瞬そちらへ飛んだ。
〔シウ?〕
〔あ、いえ。ええと、これは使えないんだね〕
〔そうではなく、とても高価だ。物々交換にならない〕
〔ああ、そういう……〕
困ったなあと、シウが頭を掻いていると一緒に付いてきていたルアゴコの部下の一人が助け舟を出してくれた。
〔あなた方の食べ物を、少し分けていただくのはどうだろう〕
〔そんなのでいいんですか?〕
ルアゴコに確認すると、少し思案してから「まあいいだろう」という感じで頷いた。
店主もそれでいいらしい。
シウは木の実つながりとして果物を取り出した。時期的に問題なさそうなものとして、ベリー類を選んだ。
店主もルアゴコたちもベリーをとても喜んでくれた。遠く離れた山へ狩りや採取に行っても、主食が目的であり、甘みは後回しになるらしい。
それならとジャムにした瓶ごと追加で渡した。
〔これは有り難い。王都で口にして以来だ〕
王都はここほど水に困っていないらしい。果樹園もあってジャムが出回っていたようだ。ただ、それでも高くて滅多に口にすることはなかったとルアゴコは言った。
聞いていた部下たちは食べたことさえないと羨ましそうだ。
〔しかし、そんな大層なものをいただいちまったら、店のもの全部渡しても足りないんじゃ……〕
〔クワルジ、それなら果実と木の実を交換してもらえばいい。ジャムはこちらで買い取らせてもらうから〕
店主は安心したらしく、急いで木の実を全部集めた。でもそれじゃあ割に合わないだろうと、シウもベリーの実を更に追加で出すことにした。
さて、シウが見たことのない木の実は《鑑定》すると「アダンソニア」という果実だと判明した。
名前が分かっているのは古代の書物で見たことがあるからだ。幾つかの果実の総称で、目の前にあるのはプルススアダンソニアという。味はあまりないが、シャリシャリ感があって食感が面白いそうだ。この果実のすごいところは栄養豊富なところらしい。
フル鑑定すると「確かに」と納得した。レスレクティオという栄養豊富な薬草よりも効能が高いのだ。
中を割って味見をしていると、フェレスたちが集まってきた。
「食べる? 味はしないよ」
「にゃ!」
「ぎゃぅ」
「きゅぃ」
「ぴゅ」
「ジルは後でね。擦ってあげるから」
「ぴゅ……」
しょんぼりするジルヴァーを見て、ロトスが急いで駆け寄った。
「あー、ジル、ジル。こっち来い。あっちに面白いのがあるぞー」
シウが持つアダンソニアとの間に入って視線を隠してくれる。手をバタバタ動かすものだからジルヴァーもそちらを見た。ロトスは下手くそなウインクでシウにパチパチすると、ジルヴァーを抱っこしたまま高速でその場を離れてくれた。
こういうところがロトスの良いところなのだ。
と、感心しながら、シウは割った中身を一口ずつフェレスたちに食べさせた。
全員、微妙な顔だ。
「きゅぃきゅぃ……」
クロだけは、いけないこともない、という返事で――。
たぶん、微妙だったのだろう。
シウは笑って、残りを口にした。
ベリーのジャムは「お近付きの印として」村へのプレゼントにした。
薬草については彼等の貨幣に換算してもらえたらそれでいい。
ところで、アダンソニアには幾つか種類があって、他にも赤い色の実があるという。先ほど食べたのは茶色っぽい皮をしており、三十センチメートルほどの大きさだ。赤い実は一回り小さく、そちらは甘いということだった。
彼等でさえも滅多に見かけない貴重な品という。
シウは俄然やる気になった。
イグの住処へ戻ったら森へ探しに入ろうと決めた。
他に、草木染めらしい布地も物々交換した。こちらからは布製品を渡す。バオムヴォレで編んだものだ。ルシエラ王都で現在出回っている商品は高級すぎるだろうと思い、シウが個人的に作っていた初期の品にした。それさえも「良い品だ、価値が合わない」と困ったようだった。
そんなやり取りをしていると、薬師たちがやって来た。彼等が言うには「薬草は買い取りたいが、あまりに高価すぎて返せるものがない」とのことだ。貨幣の持ち合わせがないらしい。
ここでも価値の擦り合わせに困ってしまった。
結局、足りない分に関してはルアゴコがなんとかするから、の言葉で押し通した。
全体を通して分かったのは、この村が貧しいということだった。
国からの援助は受けておらず、集落が独立してやっている。稀に隊商が来るらしいが、いつと決まってないそうだ。
狩りで得た魔獣の希少な部位を処理して、少し大きな村や町、あるいは王都へと売りに行くことで必要な物資を得ているようだった。
そんな暮らしであるのに集落から離れず住み続けるのには訳がある。
イグが住処にしている山々への畏怖、信仰のような思いだ。
長くこの地に暮らしてきたことへの愛着もあった。先祖代々の土地から離れてしまえば、寄る辺ない身となる。同じ種族同士へ感じる強い絆と共に、先祖代々の土地とは血のようなものなのだろう。
出稼ぎに出る者もいるが、必ず彼等は帰ってくるという。
それは他の種族も同じではないかと、ルアゴコは言った。
中には変わり種もいる。個々を大事にする種族も。
けれど、大半の魔人族は土地を大事にするそうだ。住んでいる土地を明け渡したくはないし、開墾で広げられるのなら広げたいと思う。
かつて他国の領土を侵そうとしたのも、土地を求めてのことらしい。
当たり前のことだが、やり返されるリスクも承知してのことだ。
奪われる恐怖も知っている。
それでも領土を広げたいと思うのが、貧しい土地に住まう彼等の習性のようだった。
今となっては、他国へ戦を仕掛けるだけの余力はどこにもないそうだが。
少なくともルアゴコの知る情報では、そういうことらしい。
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