お祝い事と不幸な娘
246 年明け&懐かしい顔ぶれ
年が明けて、ロワイエ歴も一三四八年となった。
厳かな雰囲気の神殿にも参ってきたが、シウたちの記憶に残っているのは帰宅後の飲み食い騒ぎだ。
リグドールとレオンを連れ戻ると、エミナたちもちょうど戻ってきており、全員でスタン爺さんの家の居間で食事会をする。
今年はお参りに行けて良かったとエミナは喜んでいたものの、アシュリーを連れての神殿詣では大変だったようだ。そうそうに抜けて寝室へ戻っていた。ドミトルも一緒である。
居間ではロトスを含めたシウたち若者四人と、スタン爺さんだけで楽しく時間を過ごした。
アントレーネはサヴァネル神を信仰しているため、ロワル王都にあるサヴァネル神殿へ向かった。まだ戻っていないが、ガルエラドが護衛代わりに付いていったので大丈夫だろう。
アントレーネの子供たちはサヴェリア神殿で祝ってもらったため、置いていっている。子供たちの面倒を見ているのはフェレスたちだ。離れ家なので安心しているが、心配なので感覚転移で常に監視はしていた。
もちろん、シウたちが出掛けている間はスタン爺さんが離れ家にて見ていてくれた。
今は近くにいるので、少し目を離している状況だ。アウレアもいるし、赤子三人も寂しくはないだろう。
年が明けたことで、皆の人生にも変化がある。
リグドールは魔法省に研究員として入省することが決まった。土や木属性の論文を提出して、高評価を貰っているようだ。無事に魔法学院も卒業できた。
父親のルオニールはとにかく喜んで――飛び級できたことももちろんだが――卒業までこぎ着けて、かつ自力で魔法省に入れたことが嬉しくてならないようだ。
あちこちで自慢されると、リグドールはぼやいていた。
「でも、良かったじゃないか。アリスさんも魔法省だろう?」
とはレオンの言葉だ。
「そうなんだけどさ」
「あの親父さん、魔法省に入ることをよく許したよな」
レオンが苦笑しながら話す。
アリスは、シウとも同級生だったことのある少女で――いやもう女性だろう――伯爵家のれっきとしたお嬢様である。父親が溺愛しており、アリスの望むように進ませてやりたいと貴族家としては珍しい魔法学院への入学を許可していた。
が、やはり「就職」することには難色を示していたそうだ。
もちろん、貴族家の女性でも、働く人は多い。より格上の家へ奉公することも必要だからだ。伯爵位の娘であれば、王城、しかも王妃や王太子妃などへ侍ることさえできただろう。
しかし、行儀見習いなどではなく、純粋に「職」を得てしまった。
そこまで辿り着くには並大抵の努力では足りなかっただろうが、アリスは自力でやってのけた。
結局、父親のダニエルが折れて、アリスは念願の魔法省へ入った。
心配症のダニエルは、娘に恋をしているリグドールを排除しようとあれこれしていたのに、今度は「悪い奴らから身を守ってくれ」と頼んだらしい。もちろん、君が悪い奴にならないように、との釘も指してきたそうだが。
なんにしろ、少し譲歩してきたみたいで良かったねと、シウも喜んだ。
レオンはシーカー魔法学院に入学する。
この後、養護施設で盛大なお見送りパーティーをしてから、カスパルたちと共にラトリシア国入りする予定だ。
シウとも冒険者パーティーを組むことになっているが、いろいろ秘密が多いので、おいおい説明するつもりだった。
まずはラトリシア国での生活に慣れることが大事である。ブラード家への下宿についても受け入れており、養護施設の神官からもきちんとした挨拶がブラード本家にあったようだ。一緒に行ったレオンもとても緊張したと零していた。
ブラード家では、当主のアグスティンが会ってくれたと言う。普通は有り得ないことだが、シウの紹介ということで顔を見に来たらしい。
「アグスティンさんは見た目が貴族らしい貴族だけど、基本的に善人だよ? カスパルなんてもっと善人で、しかも気楽だし」
「お前はな、それでいいかもしれないけど」
「なんで僕だったらそれでいいんだよ」
むくれたら、笑われてしまった。
「でも、いいなあ。レオンはシーカーかあ。シウと一緒に冒険者やるんだろ?」
リグドールが羨ましそうに見てくる。堅実に仕事を選んだものの、まだ少し冒険者への憧れがあるようだ。
ただ、自分が冒険者に向かないことも分かっている。
だから言葉遊びなのだと、シウも分かっていた。レオンも。
「お前はアリスさんと将来を堅実に生きるんだろ? 俺なんて、将来の道がまだ決まってないんだぞ」
「シーカーで学んでから決め直すんだ?」
「まあ、道が広がったからな」
「頑張れよな」
「ああ」
(青春~)
ロトスはニヤニヤと若者二人の会話を眺めていた。
スタン爺さんがそろそろ眠くなってきたと言って部屋へ下がったので、リグドールとレオンも帰っていった。
シウたちも片付けをしてから、離れ家へ戻る。
子供は遊び回って疲れたのか、仲良く並んで寝ていた。
「明日はコルディス湖か崖の巣へ行くんだろ?」
「ガルが疲れるだろうしね」
年末ギリギリにロワル王都へ転移で戻ってから、ガルエラドとアウレアはスタン爺さんと会って話をした。スタン爺さんの穏やかな人柄はやはり好かれるらしく、二人とも気に入ったようだ。
しかし、王都であるから人の意識も強く飛び交う。
シウはさほど喧騒があるようには思わないのだが、普通の人には騒がしく感じるようだ。まして、隠れ暮らしていた二人には辛いだろう。
だから、彼等だけでも先に、森の中へ移動してもらおうと話してある。
目的地はあっても、急ぎの旅でなし。
だから、シウの提案に従って、ガルエラドはゆっくりするつもりのようだった。
「シウはオスカリウス家だろ。王族のなんちゃらって人にも呼ばれているみたいだしな」
「うん。だから、僕だけ残ってもいいかなと。ロトスはどっちがいい?」
「えー、どうしようかな」
本心はアウレアが気になっているようだが、シウがひとりぼっちだと可哀想に思ったのか、悩んでくれる。
シウは笑って、手を振った。
「フェレスたちが寂しがるし、しょっちゅう転移で行くつもりだよ。だから、ロトスはその時の気分で決めたら?」
「あー。じゃあ、そうしようかな」
転移ができるということは、そういうことだ。ロトスにはどうも転移のイメージが上手く備わらないようなので、空間魔法を得るのは難しいかもしれない。
その日は、お別れということもあって、皆で騒がしい食事会となった。
エミナとドミトルには、ガルエラドのことは決して話さないよう言ってある。
そして、アウレアとは会わせなかった。
顔を見ていなければ、知らないで済むからだ。
ガルエラドも巻き込みたくないと思っているらしいので、そうした。
エミナは竜人族が思ったほど怖くないと知って喜んでいたので、もう出ていくのかと寂しそうだった。
アントレーネや子供たちとも離れることになるから、随分寂しがっていた。
「アシュリーとお友達になったんだから、また絶対来てね。レーネもよ?」
「ああ。また遊びに来るよ、エミナ」
と、仲良くなったらしい二人は挨拶していた。
翌日、ガルエラドたちをコルディス湖に送ると、シウだけ転移で戻った。
一緒にいるのはクロだけだ。
フェレスとブランカが拗ねるようなら、また交代で連れてくるつもりだが、今のところは「森だー」と喜んでいたので構わないだろう。
とりあえず、赤子三人のお世話もよろしくね、と頼んでいるがどうなることやらだ。
この日は店もまだ閉まっているので買い出しなどはせず、知り合いの家へのご挨拶周りに徹した。
まずはカッサの店だ。店自体は閉まっているが、お世話は毎日のことで必要なことだから、従業員も交代で出てきている。
シウが行くと手助けにもなるので喜んでくれるし、久々に会うアロエナとも遊べて良かった。彼女の番の相手ゴルエドも元気で、今日はチビどもはいないのか、とどこか寂しそうな顔をしていた。彼等の子供フルウムはいよいよ大きくなり、そろそろデビューしてもいい頃合いだということだった。アロエナは不安らしいが、やがては竜馬として働くことになる。良い人がいれば売られていく可能性もあって、仕方ないことと分かっていても寂しそうだった。
ドランの店も、休みなのに弟子たちと共に新しいメニューの構想を練っているとかで開いていた。妻のリエーラが、休めたのは昨日だけよ、と苦笑していた。
アグリコラが勤める店はもちろん休みだった。しかし、寮になっている家へ行くと、従業員たちが庭に集まって飲めや歌えの大騒ぎだ。
アグリコラはあまり飲まないので、素面で彼等を見ていた。
だからか、シウを見付けると嬉しそうに呼び込んだ。
それからはずっと鍛冶談義である。
生産に関することならなんでもいいらしく、次々と思いついたアイディアを語ってくれた。
どうやら、飲んだくれたちのループする話にうんざりしていたようだ。
あと、ドワーフなら飲めるだろうとお酒を押し付けてくるのも面倒だったらしい。
シウと話し込み始めると誰も近付いてこなくなったので、シウは良い人避けとなったらしかった。
アグリコラには古代竜の鱗の話をしてあげようと思ったのだが、水晶竜でさえドン引きだったので、結局話をすることさえ止めた。
代わりにシアン国で手に入れた組子や寄木細工を見せてあげると、大層喜ばれた。
鉱石や魔石もかなりの量を購入したため、次は何を作るのかで盛り上がった。
ただ、ミスリルやウーツ鋼の買い方が「一般人」ではないと、途中で怒られてしまった。それだと小国並のレベルで、一体どこと戦争するのか、ということらしい。
「でも、ハントハーベン石も買ったんだけど……」
ただの石も購入したのだと言い張ったのだが、アグリコラは呆れた顔をするだけだった。
やっぱり、古代竜の鱗のことは黙っていて正解だったかもしれない。
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