第4話
「深月さんは、きっと潔癖すぎたんですね。」
青で埋め尽くされたキャンバスから筆を離し、パレットと共にそっと床に置く。そして彼は、座り込んでいる私の隣に静かに腰を下ろし、空を仰いだ。刺すような陽射しに目が眩むのか、光を遮るように額のあたりに手を翳す。
「深月さんは、誰よりも綺麗で、優しい人なんじゃないでしょうか」
「……そんなわけないでしょう。登校拒否して、親にも教師にも、クラスメイトにも迷惑をかけているんですよ?」
「でも、あなたは汚いものが許せなかった」
色素の薄い瞳が、私の姿を映す。その瞳の中の私の姿は、ひどく小さくて、心細く見えた。
「本音を隠した嘘が、あなたにとっては汚いものだったのでしょう。あなたはそれが許せなかった。
それはあなたが綺麗な心の持ち主だったからじゃないですか?」
唄うように、囁くように。軽やかに、それでも染み渡るように。言葉を紡ぐ彼の声は、私の心を包み込む。それは柔らかなベールのようであり、温かな炎のようであり、決して溶けることのない冷たさを持つ氷のようでもあった。
「最初からどうしようもなく汚れているものが、汚れを嫌うわけがないでしょう。
それに綺麗なものほど、汚れがつけば目立ちます。純白のシーツに泥がはねたら、ひどく目に付くでしょう?」
そういうことですよ、と彼は笑うと立ち上がって、キャンバスの周りに散らかした画材を片付け始める。キャンバスを立て掛けたイーゼルごと持ち上げて、階段に繋がるドアを開け、階段隣の小さなスペースにそれを置く。長時間太陽光に晒すと、絵は劣化するらしいから、そのためだろう。
「もう、帰るんですか、渚さん」
扉を閉め、戻ってきた彼に問い掛ける。彼は少し残念そうに肩を竦め、そうです、と言った。
「また明日、僕はここに来ますから。深月さんも来てくださいね。またお話を聞かせてください」
「話を?私の?」
「ええ。……僕も、学校に行ってないんですよ」
彼はそれだけを言い残し、ひらりと手を振って屋上を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます