チャラ男と地味女
杜咲凜
チャラ男と地味女
ここは
男のトップは行く末は、企業のトップや総理大臣候補。
女のトップも同様であろう。
その中で男のナンバー2であるのは、高校二年の
陽介は有数のホテル経営をしている両親がおり、世界にある系列ホテルは一流のホスピタリティ、そして料理も一流、世界の美食家をうならせるシェフを多数抱えている。母親は海外のモデルであり、父と母のよいところを受け継ぎ、知能・容姿・財力をほしいままにしている。彼は学園でも影響は大きい。
しかし彼を見つめる、とある少女はきわめて冷静だった。
彼女は
しかし、朝井と佐竹は放課後同じ方面へ帰る。もっというならば、同じマンションに住んでいる。部屋の階は違う。
実は彼らは親同士が決めた婚約関係にある。それを知ったのは高校に入り、両者の祖父母に呼び出され、ホテルでの広間をかりて顔合わせをしたときだ。祖父同士は同じ大学つながりであり、祖母たちも同じ女学校で親友という間柄だった。
佐竹は朝井のことを知ってはいたが、まさか自分たちが婚約することになるとは思わなかった。二人に恋愛感情があるかと言えば、ないと言える。お互いにつきあう層が違うし、朝井といえば、放課後は都内のクラブへ行ったり、みんなで騒いだりといった見た目も中身もチャラいのである。プレジールの男ナンバー2ではあるものの、トップとは不可侵があるらしく、お互い干渉しないのだ。
佐竹は地元に帰れば有名人だが、都心では知られていない。プレジールではグローバルな規模で権力がある人々が多いので、佐竹は朝井と基本的に関わらないスタンスをとることにした。朝井も同じように騒げる女性ならいいのだろうが、地味でおとなしい佐竹にそれほど興味ももたなかったようだ。
ただそれは、ふとしたときに変わった。
佐竹が予備校帰りに、マンションに帰宅したときに叫び声が聞こえたのだ。
佐竹は叫び声に、何かあったのかと身構えた。マンションの前に朝井がいた。彼の前には、ナイフをもった女性がいた。かなり年上の女性だ。ガタガタ震えながら、朝井に迫っている。佐竹は警察を呼ぶべきか考えた。 しかし状況がわからない。朝井に言い寄っているようだが、朝井は相手をなだめていた。やはり警察だろうか。だが、このことが
自己保身が先にきた。が、その考えは一瞬で、人命救助が先だ。佐竹は朝井に近づく。
「すみません、朝井くん。今日、先生からプリントを頼まれたから。」
「え!?佐竹、さん?」
「クラスメイトの佐竹です。彼女サン?」
朝井は震えていた。それはそうだ。ナイフをもっている女性がいるのだから。ナイフをもった女性は顔に表情がなかった。
「朝井くん、この女は誰?こんな地味な子、朝井くんに関係ないわよね?」
佐竹は感じた。これは典型的なヤンデレという種類のストーカーではないかと。朝井がもてることにあぐらをかいて、女性を傷つけたのかもしれない。自業自得ではあるのだが。
「ええ、朝井くんとは関係ありません。ただわたしもこのマンションに住んでいるいので、やるならほかに行ってくれません?迷惑です。」
「うるさい!あんたは黙っていて!」
「でも、本当に迷惑なんですもの。警察呼びますよ?銃刀法違反で捕まってしまいます。」
「……そうだ!迷惑なんだよ。お前誰なんだよ。お前なんか知らない。」
いつもはチャラチャラしている朝井が、震えた声でいう。これは完全なストーカーみたいだ。見た目がいい人って大変だなと佐竹は思った。
「朝井くん、わたしはずっと朝井くんを見ていたの。もう運命だって思って。」
「お前なんか知らねえよ!」
「まあまあ、朝井くん。女の子には優しくしなくては。ねえ?」
震えている朝井はまず放っておいて、まずは彼女のナイフをどうにかしなくては。佐竹は敵意がないように女性に向き直った。
「ひどい!わたしはこんなに朝井くんのこと思っているのよ。」
「そうよ、朝井くんひどいわー。こんな素敵な女性をないがしろにして。」
佐竹は彼女に賛同した。ナイフの女は佐竹が同情してくれると思って、警戒を解き始めた。
「わかってくれる?わたしね、毎日毎日。彼にメールしてね。」
「そうなの?とっても好きなんだね。」
佐竹は話を聞く振りをして距離を詰めていく。ナイフの女は理解してくれる相手ができて、完全に警戒を解いた。佐竹は鞄をナイフ女の頭めがけて投げた。学校の鞄は職人が作った、重くて固い代物だ。
ナイフ女は驚いた。佐竹はそのスキにナイフをもっている女の腕をもち、ぐいっと関節を曲げた。女は関節技をかけられ、痛さに思わずナイフを落とした。そしてその隙に、佐竹はお腹に一撃をいれて彼女を気絶させた。
「ふう、危なかった。」
ナイフ女は倒れた。佐竹はスマホを取り出し、ある場所へ電話をかける。親戚の家である。大体面倒なことはこの家に任せればいい。すぐに着てくれるということで、女の両腕を制服のスカーフで結んで動けないようにした。一連の手慣れた動きをみてあっけにとられていたのは、朝井だった。
「佐竹さん。これは一体?」
「それはこちらのセリフ。なんでこんなことになっているの?」
「この女性は知らないんだ。急に電話とかメールが入るようになって。」
「警察には言ったの?」
「男だとそんなに対応してくれないのは知ってる。いつもは家の者に送迎してもらったり、ボディーガードを雇ってるときがある。」
「これは初めてではないの?」
「小さい頃からだ。見知らぬ人につけ回される。」
「もてる人生なのね。大変だ。」
佐竹は他人事のように思ったが、もしこの人と結婚したら、こういうことが日常的にあるのかとふと思った。
「対策はないの?」
「ない、ださい格好しても。だめだった。」
「それはある意味すごいわ。」
「生まれつきだと思う。」
生まれつきもててしまう体質なのだろうか。そんなの聞いたことがあまりないが。佐竹は朝井がそういうなら、そうなのかなと思った。だが朝井は確かに顔がいいが、誰にでももてるかといえば、そこまで顔がいいのか疑問だ。確かに坊ちゃんだから、振る舞いや態度は教育されているように思える。朝井は首を傾げた。
少し経つと電話をした通り、黒いセダンがきた。何人かの人が下りてきて佐竹は事情を話して、それから女とナイフを持っていってもらうことにした。警察には突き出すだろうが、内々の話で終わるだろう。佐竹はセダンを見送った。
「…………………今のは?」
「便利屋みたいなもの。わたしの実家は古くから地方で権力があって、その道の人ともつながりがあるのよ。もちろん警察の方ともね。」
佐竹は何ごともなかったようにしている。それがとても怖くも感じた朝井ではあるが、命は助かったので礼を言う。
「ありがとう。佐竹さんがあんなに強かったと思わなかった。」
「護身術くらいはしているわ。ご両親から聞かなかった?わたしの実家は旧家で、昔幕府でお庭番をしていた血も引いてるから、基本的に護身術はやるわ。」
「そういえば聞いた気がした。物語みたいなことがあるんだな。」
「物語と言えば、朝井くんの体質こそ、物語みたい。」
「物語ついでにいうと。実は、この体質………前世でモテたくて願って手に入れた力って言ったら引く?」
「は?」
佐竹は何を言っているかわからなかった。前世とか言わなかっただろうか。
「前世では全然もてなくて、彼女がほしかったから生まれ変わるときに、モテる体質を願ったんだ。そうしたらこういう体質になった。」
「……………………そ、そうなの?」
恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろうかと、佐竹は朝井を心配した。佐竹はこの前友人に借りたライトノベルで、転生したらチート能力があって、世界を救う話を読んだ。そういう類いの話だろうか?
「その体質って何か役に立ちそうなの?」
「最初はモテて楽しいと思ったが、ちっとも楽しくないね。誰にでも好かれても嬉しくはないと、この17年生きて思った。」
「好きな人に好かれないと、あまり意味ない体質だわ。」
「女の子にチヤホヤされるのは嬉しいけど。好意以上にすぐなってしまうし、付き合っても女の子とは平等につきあわないと不満もでる。だから恋愛がめんどくさくなってきた。というより、女の人が怖い。」
それは災難である。誰でも一度はモテモテになる能力があればと思うかもしれない。ただそれは思うだけのうちが一番いいのかもしれない。
「モテる能力って誰にでも効くの?」
「いや、誰にでもではないと思う。ただある一定の人に、とても執着されやすくて。こういったことは初めてではないから。」
「それは、大変だ。」
軽く頷いているが、佐竹だって正直困っていた。親の決めた婚約者が変な体質ということだ。佐竹にとっては、目立たず、誰にも攻撃されないのは、ある意味楽だった。身を守るには警戒心を与えないこと、目立たないことである。朝井と婚約者というだけで、これから注目されるだろう。佐竹はため息をはき出す。
「悪い、本当に。迷惑をかけるつもりではなかったんだ。」
佐竹は朝井を見やる。朝井は本当に悪いと思っているのか、いつもはチャラチャラした様子もなく、シュンとして小動物みたくなっている。佐竹はその姿にズドンと胸が高鳴った気がした。朝井のことなど、今までチャラ男としか思えなかった。しかし今目の前にいる人物から目が離せない。佐竹はその小動物みたいな朝井を泣かせたくなるような、黒い心がわいてきた。佐竹自身初めての経験だった。
この気持ちは朝井がいう、特殊能力の効果なのだろうか。
もしかして、佐竹は朝井のことを?
面白い―――――と佐竹は笑った。
「佐竹さん?」
「朝井くん、気にしてないから。大丈夫、わたしが守ってあげる。」
にっこり佐竹は笑うと、朝井は安心したかのように笑みを浮かべた。
佐竹は高校を卒業したら、すぐ結婚をして、世間にお披露目しようと考えた。
朝井の体質は面白い、自分をあっという間に虜にしてしまったのだから。物事にあまり執着がなかった佐竹は、ある意味新しい感覚だった。
これから楽しい世界が待っていることを考え、ほくそ笑んだ佐竹 月子。そして傍らには、ナイフ女から解放され安堵している朝井 陽介だ。 二人は親が決めた婚約者。親公認の仲なのである。
二人は何事もなかったように、マンションへ入る。
これから始まる新しい日常を感じながら。
チャラ男と地味女 杜咲凜 @morinoki
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