クマのパン屋さん

そよ くろう

第1話 パン屋のヒグマさん

「ふぅ、こんなものか」

 朝日が差し込む一軒屋でヒグマは汗をぬぐった。

 ジャパリパークの片隅にあったこの場所はヒトが残した『りょうり』をするための施設だ。とは言え、ヒグマも詳しいことは知らないのだが……。

 ヒグマは小麦粉といくつかの材料をこね合わせたものを保温機へと入れる。ここまで作業を進めればしばらくは時間が空くのだ。


「おはようございます。ヒグマさん」

「おぅ、おはよう」

 扉をあけて入ってきたのはキンシコウ。ヒグマのセルリアンハンター仲間だ。

「相変わらず早いですね。もう、仕込みは終わりましたか」

「あぁ、丁度な」

 とヒグマは保温機を指さす。

「なら、朝ごはんにしましょう。昨晩の『りょうりカレー』とジャパリまんも持ってきましたよ」

「そいつは良いな」

 二人は向き合うように机につくと食事をはじめた。


「それにしてもすっかりその姿が板につきましたねヒグマさんは」

 穏やかに笑うキンシコウにヒグマは少し困ったように言い返す。

「仕方ないだろっ、あいつらがうるさいんだ。『りょうり』はまだか、とか新しいのを作れ、だとかよぉ」

「うふふ、私たちフレンズは『火』の扱いが苦手ですからね」

「とは言ってもよぉ……」

 椅子から腰を浮かせてヒグマの頬についた『りょうり』をぬぐい、キンシコウは指をペロリと舐める。

 ヒグマは「お、ありがとな」と視線を送りつつも話を続ける。

「『火』が使えるってだけで『りょうり』番をやらされるんじゃ、たまったものじゃないぜ。聞いてくれよ、この前なんかよぉ」

 なんだかんだ言ってもヒグマも楽しんでいることを知っているキンシコウはその姿を微笑ましく眺めていた。


 ヒトかばんがもたらした『りょうり』はパークのフレンズたちに新しい楽しさを与えた。普段はボスと呼ばれるパークガイドロボから与えられる『ジャパリまん』を主食とするフレンズだったが、カレーという『りょうり』の登場によって新たな楽しみが生まれたのだった。


「ん、良い具合に膨らんだな」

 数時間後、朝食も終えたヒグマは保温機から捏ねた小麦粉の塊を取り出した。

「こいつをこうやって棒状に伸ばしてから切り分けて……」

「ヒグマさん、私にも手伝わせてください」

「ん。じゃぁキンシコウはこの生地を平らに伸ばしてくれ」

「はい。わかりました」

 ヒグマが切り分けた生地をキンシコウは棒を転がして丸く伸ばしていく。

「おぉ、やっぱり器用だな」

「えっ、そうですか。ヒグマさんに褒められると照れますね」

「いやいや、本当にさ。私は四角い型に入れる奴は得意だけど、こういう丸くする奴はなかなか上手くいかなくてな」

 ヒグマはキンシコウが伸ばした生地を手に取ると近くに用意していた紅いものを中にして包み込んだ。

「それは……」

「あぁ、『じゃむ』っていうらしいぞ。果物を甘くして煮込んだ奴だ」

「こっちの黒いのは何ですか」

「そっちは『あんこ』だ。ジャパリまんにも入ってたりするだろ。豆を煮ているらしいぜ」

「へぇ……こうやってみると『りょうり』っていうのは色々あるんですね」

 キンシコウが感心している間にヒグマは『じゃむ』と『あんこ』を生地で包んで丸く形作る。そしてそれを鉄板の上にならべていく。キンシコウもヒグマの真似をしてどんどんと鉄板の上には丸くなった生地が並んでいった。


「よし、できたな」

「はい」

 嬉しそうに手を合わせるキンシコウ。ヒグマは「うんうん」と頷く。

「では焼くぞ!」

「は、はい……」

「や、大丈夫だ。『火』の傍にはいかなくて平気になったからな」

 不安そうなキンシコウにヒグマは部屋の奥にある鉄の扉を示す。

「分かっては居るんですがまだ慣れませんね。この『おーぶん』にも」

「あぁ、こいつの中に『火』を閉じ込めるからな外の俺たちの所までは届かないで済むのは便利なんだけどな」

 ヒグマが鉄の扉おーぶんをあけると中から熱気が溢れだす。キンシコウはヒグマの後ろに思わず隠れた。

「大丈夫だって」

 と、ヒグマは生地の並んだ鉄板を『おーぶん』に入れて扉を閉めた。



 数分後。


「わぁ、見事ですね」

 焼きあがった丸い生地はほんのりキツネ色で芳ばしい香りを放っていた。

「よし、いい感じだ。こいつならあいつらも文句は言わないだろ」

 ヒグマも会心のできだったのか満足そうだ。

「いつ見ても不思議ですね。ジャパリまんとほとんど一緒の材料でこの『パン』ができるなんて」

「あぁ、そうだな」

 とヒグマは自分の焼いた『パン』を手に取る。

 ここはあらたな『りょうり』として『パン』を作るヒグマのパン屋さんなのだ。ジャパリパークのパンだからさしずめ、『ジャパリぱん』と言ったところだろうか。

「これも博士たちに持っていくんですか」

「ん~、まぁな。あいつらの注文だからなぁ……」

「そうですか……」

 歯切れの悪い言葉にヒグマはふとキンシコウの顔を覗いた。

「……キンシコウ、食べたいのか」

「えっ、いやそんな……」

 顔を真っ赤にしてあたふたするキンシコウ。

 ヒグマは意地悪そうな笑みを浮かべて「ほぅ、そうか。食べたくないのか」とパンをキンシコウの鼻先にまでもっていく。


「ん~っ、もうヒグマさんの意地悪っ」

「痛っ、ちょっやめろよ」

 恥ずかしがったキンシコウがヒグマの背を叩く。意外と強い力にヒグマは思わずたじろいでしまった。

「悪かった、悪かったから。ほら、食ってみろよ」

 とヒグマは手にしたパンをキンシコウの口に突っ込んだ。

「はむっ……おいしいです」

 拗ねたようなそれでいて幸せそうにキンシコウは呟いた。


 その時、「あっ、ずるいですよヒグマさん、キンシコウさんっ」と扉をあけて入ってきたリカオンが叫ぶ。リカオンもヒグマたちの仲間だ。

「リカオン、こらっ、そのパンは図書館に持っていく分だ。おいっ」

「えーっ、いいじゃないですか。私も食べたいですー」

 とパンを一つつまみ食いしたリカオンをヒグマが追いかける姿を眺めて、キンシコウは温かな焼きたてのパンをもう一度ほおばった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クマのパン屋さん そよ くろう @katatumuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ