アライさんの『おたから』

アライさんの『おたから』

「まったく~いっつも突っ走っちゃうんだから~アライさんは~」


 いつもと変わらない口調で、アライさんのドジをたしなめるように、フェネックはそういって微笑した。

 今、まさに巨大なセルリアンに襲われているこの絶望的な状況にも関わらず、努めて平静を装った。


「でも、そういうところがずっと……好きだったんだよ~」


 そうして最後に自分のきもちを伝えたフェネックは、すぐ後ろに迫ってきていた巨大セルリアンに頭からのまれ、しばらくしてから『けもの』としてポイッと体内から排出された。

 その間、つまりフェネックがセルリアンにのまれて、体内でサンドスターとけものに分離され、排出されるまでの間、それをずっと近くでみていたアライさんは、


 恐怖で足がすくみ、何もすることができなかった。


 ■


「……残念ですがこれはもうだめですね。そのままもとのすみかに送り届けてやると良いのです。そのほうがフェネックも幸せなのです」


 なんでもしってる図書館の管理人の一人、ミミちゃんは、けものに戻ってしまったフェネックをみて、あまりにも残酷に正しいことをいった。


 巨大セルリアンがさった後、ようやく我に返ったアライさんは、すぐに倒れているフェネックのもとへ駆け付けたが、すでにそのフェネックは完全にけものに戻っており、アライさんの言葉を解する術をもたず、何を話しかけても「キュウキュウ」と鳴くだけになっていた。

 その様子をみたアライさんは驚いてすぐにフェネックを背負って図書館へきたのだが、ミミちゃんの知識をもってしても、もうもとのフェネックに戻すことは不可能だという。


「じゃ、じゃあまた新しいサンドスターをぶつければ、そうすればもとのフェネックに──」


 アライさんは必死に食い下がったが、ミミちゃんは悲しそうな顔をしてふるふると首を横に振る。


「別のサンドスターをぶつけてももう元のフェネックには戻らないのです。詳しいことは私もわからないのですが、セルリアンにのまれたフレンズはフレンズだったころの記憶を忘れてしまうのです。もしまた別のサンドスターをぶつけて、あなたのことを全く覚えてないフェネックが生まれたとして、あなたはそのフェネックが今までと同じフェネックだと思えるのですか?」

「それは……それでも……」

「やめておいたほうがいいのです。好きなフレンズが自分のことを覚えていないというのはとても苦しいことです。もともと我々はけものだった存在。たまたまサンドスターがあたってフレンズになっただけであって、言わば今のフェネックはもとの姿に戻っただけです。サンドスターにあたったのがたまたまなら、けものに戻ったのもたまたま。これもまた大自然の摂理として……いや、さすがに言いすぎたのです」

 ミミちゃんが言葉を切ったのは目の前のアライさんが肩をふるふると震わせて目に涙を浮かべていたからだ。

 もちろんミミちゃんもフェネックのことは悲しんでいる。

 だが、それでも冷静な賢者として、お互いが最も傷つかない方法を考えて提案したつもりだったが、その提案を今することは些か配慮が欠けていた。

「たまたまなんかじゃないのだ……フェネックはアライさんのせいで……」


 フェネックとアライさんが襲われたのは、アライさんが日課の「おたからさがし」を行っていた夜のことだ。

 その日、アライさんは岩陰にキラキラとひかる結晶のようなものをみつけ、「おたから」だとおもって駆け寄ったのだが、実際にはそれは巨大なセルリアンの頭だった。

 フレンズを襲う特性をもっているセルリアンは当然、アライさんをみつけるやいなや襲ってくる。

 もうだめだ、そうアライさんが思った瞬間、いつの間にきていたのかフェネックがアライさんをつきとばしてセルリアンから引きはがし、としてセルリアンの前に立ちふさがったのだ。

 だが、彼我の圧倒的な力の差を前にして、フェネックは抗うことができず、そのままセルリアンにのまれてこの姿になった。

「あの夜、おたからさがしになんていかなければ、フェネックは……フェネックは……」

「そうやってあまり自分を責めないことです。それではなにも──」


「元に戻す方法がひとつだけあるですよ」


 唐突にそういって図書館からでてきたのはコノハはかせだ。この図書館の責任者でフレンズたちの『おさ』でもある。


「はかせ……しかしその方法は……」

「そう、とても危険です。あなたもフレンズではいられなくなるかもしれない。それでもやるですか?」


 はかせのいう「方法」に思いあたるがあるミミちゃんは動揺している。

 だが、

「はやく教えるのだ!フェネックのためならもう……どんなことも怖くないのだ!」

 そう答えるアライさんに勿論迷いはなかった。


 ■


「やっとわかったのだ……アライさんの『おたから』、一番、大切なこと──」


 アライさんはロープでつくった命綱を自分の身体にくくりつけ、巨大セルリアンの体内にズブッズブッと音をたてて入っていた。

 ローブの片端を握るのはじょしゅのミミちゃんとコノハはかせだ。


「正気じゃないのです。巨大セルリアンの体内に自ら入っていくなんて……」

「ですが、それしか方法がないこともまた事実なのです」

「……」


 はかせが言ったように、元のフェネックに戻す方法が一つだけある。


 それは、分離され、セルリアンの体内に蓄積されたサンドスターを取り戻すことだ。

 通常、セルリアンにのまれたフレンズのサンドスターは体内で数時間以内に消化されてしまう。だが、それは逆に言えば、消化されるまではセルリアンの体内に蓄積されているということでもある。

 そこではかせが考えた作戦はセルリアンの体内に侵入し、フェネックのサンドスターをとりもどすといったものだった。

 勿論、うまくいく保証はない。それどころか粒子状のサンドスターを体内からサルベージするなんてそれこそ砂漠で一粒の砂をみつけるようなことだろう。


 それでも──

「あったのだ!フェネックのサンドスター、あったのだ!」

 二人の絆はそんな不可能なことすらも可能にかえてみせた。


 ■


 サンドスターをサルベージしたアライさんは、はかせたちによってすぐに引き上げられ、図書館で待たせていたフェネックにそれを振りかけた。


「フェネック、戻ってきて欲しいのだ……」

「……」


 反応はない。

 駄目だったか、だれもがそう思った瞬間だった。

 フェネックの身体が瞬く間に黒い影に覆われ、フレンズのものに作り替えられていく。

 そして、

「……アライさん?」

 フェネックは目を覚ました。

「……フェネック!フェネック!もうどこにもいっちゃいやなのだー!」

 アライさんが涙声でそう叫びながらフェネックにだきつくと、フェネックは少し驚いた顔をして、

「やだなあ~どこにもいかないよ~私は~アライさんと一緒だよ~?」

 とそういった。

 フェネックはまだ目覚めたばかりでこれまでの話を覚えていないが、すぐにアライさんが自分を助けてくれたことを知ることになる。

 そして、このエピソードは二人の絆、つまり二人にとっての『おたから』を一層価値あるものにするのだ。


 すべてを見届けたミミちゃんははかせに尋ねる。

「はかせはうまくいくことがわかっていたのですか?」

「いや、ただ大切なフレンズを失ったフレンズの力というものをみてみたくなった、それだけなのです」

 そういうはかせの瞳はどこか羨望さえ帯びているように感じられた。


 <了>

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アライさんの『おたから』 @ago_36

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