びゅーてぃふるわーるど

青野海鳥

第1話

 あの超巨大セルリアン騒動から二週間が経過し、パークは平穏を取り戻した。けれど今、それ以上の騒動が起こりつつあった。


「パーティーには料理は必須なのです。ヒグマ、お前は火が怖くないから料理をするのです」

「ええっ!? りょ、料理って何だ!?」

「食材を加工して、より美味しいものにするのです。美味しいものをたくさん食べるのがお祭りなので」


 ヒグマに無茶ぶりをしているのは、パークの長(自称)であるハカセと助手だ。今、多くのフレンズが「ゆうえんち」と呼ばれる施設に集まっていた。


 超大型セルリアン撃退記念+かばん何の動物か分かっておめでとうパーティを開くという案が全フレンズによって可決され、各自仕事を分担し、一カ月後の開催日に向けて大忙しの毎日を送っている。


「みんな忙しそうだね。僕も何かお手伝い出来たらいいのに」

「ダメだよ! かばんちゃんはまだ大人しくしてないと」

「ありがとう。サーバルちゃんもね」


 慌ただしく動き回るフレンズ達を前に、かばんとサーバルは塗装の剥げかけたベンチに仲良く並んで座っていた。


 幸い、セルリアンによる被害者はゼロだったが、サーバルはセルリアンに一度飲みこまれ、かばんはフレンズ化が解除されヒトに戻ってしまった。


 かばんは主賓でもあるし、体への影響が未知数であったため、皆が気を遣い、祭りの準備には参加させない事になった。

 サーバルも後遺症は無さそうだが、念のため、かばんの介助役として付き添う形になった。


 なお、ボスもコアを残してコンパクトになったのだが、喋れるし特に問題は無いと判断された。他の二人に比べ、雑な扱いである。


「かばんちゃん。本当に大丈夫? どこか痛いとか苦しいとかない?」

「大丈夫だよ。別に何ともないみたい」


 サーバルは心配そうにかばんの様子をうかがうが、かばんは笑顔で返事した。


「でも、ヒトって不思議だね。普通はフレンズじゃなくなると、記憶が無くなったりしちゃうのに」

「うん。僕もちょっと不思議。前と全然変わらないもの」


 かばんは自分の手の平を見る。若干指先が黒くなっているが、ハカセいわく、「サンドスターの補充により再びフレンズ化が進んでいる」とのことで問題無いらしい。


「そういえば、サーバルちゃんはフレンズになってどう変わったの?」


 かばんはサーバルに質問をしてみた。自分はヒトという動物だったが、フレンズは動物がヒト化したものらしい。では、サーバルが動物だった頃はどうだったのだろう。


「わたし? うーん……なんて言うのかなぁ。周りがすごくキレイに見えるようになったんだ」

「キレイ?」

「うん! あのね、わたし、フレンズになる前は、周りがこんなに色が一杯だなんて知らなかったんだ」

「それは視覚だな」

「わぁっ!? って、ツチノコさん」


 急に声を掛けられたかばんは、飛び上るほど驚いたが、ベンチの下からひょっこりと顔を出しているツチノコの姿が見えた。


「ツチノコ、なんでそんな所にいるの?」

「落ち着くんだよォ! ……って、それはいい。前に言ったけど、俺にはピット器官……とかいうのがあって赤外線が見える。でも、お前らには見えない。それと同じだ」

「セキガイセンってなに?」

「それはだな……えーっと……」


 サーバルの質問に対し、ツチノコは目を逸らす。


「ツチノコの言うとおりなのです。動物によって、目の作りが違うのです」

「あっ、ハカセ」


 いつの間にか、かばんとサーバルの座るベンチのすぐ横に、ハカセと助手が立っていた。


「かしこい私達が、お前たちに解説をしてやるです。動物はそれぞれ見える色が違うのです。例えば、ジャガーは緑のジャングルに住んでるのに、黄色にまだら模様なんて目立つと思うですね? でも、それは大きな間違いなのです」

「どういう事ですか?」


 サーバルは首を傾げるだけなので、かばんが先を促した。


「動物のほとんどは、色がはっきりとは見えていないのです。だから、ジャガーやサーバルの水玉模様はカモフラージュになるのです。分かったですか?」

「よくわかんないや」

「サーバルの返答は予想通りなのでいいですが、ヒトは色を見分ける能力がとても優れているのです。我々がフレンズ化してヒトの能力を得たとき、多くのフレンズは世界の鮮やかさに驚いたはずです」

「あっ! それなら分かるよ! サバンナにあんなにいっぱい色があるなんて、わたし知らなかったもん!」


 白黒だと思っていた世界が、こんなにも沢山の色の洪水で溢れていたと知った時、何年も住んでいた場所が、まるで違う世界のように感じたのを、サーバルは今でもはっきり覚えている。


「……という訳だ。じゃ、じゃあ、そういう事だから」


 そう言い残し、ツチノコは超高速で茂みへ身を隠した。ハカセ達も解説が終わると、再びパーティーの準備に戻っていった。


「ねえ、かばんちゃん」

「なに? サーバルちゃん?」

「ヒトって素敵な動物なんだね。だって、こんなにキレイな物をたくさん作れるんだもん」


 かばんとサーバルは目の前に広がる光景を見渡した。老朽化が進んでいるが、赤、青、緑……様々な色をした観覧車。案内板やアトラクションの説明の看板……どれも多種多様な色で塗装されている。


「わたし、ヒトの事をもっと知りたいな。だって、こんな場所を作れるんだもん。すごい動物だよ」

「僕も気になるけど、船は無くなっちゃったから。それは今度だね」


 サーバルは知っている。実は、かばんに内緒で船の代わりをみんなで作っている事を。そのためにみんなが頑張ってくれている事も。


 けれど、それはまだ言えない。だって、新しく用意された船を見たら、かばんはきっと喜んでくれる。そして、その時のかばんは、すごくキレイな表情を見せてくれるだろうから。


「ねえ、かばんちゃん」

「なに? サーバルちゃん?」

「……なんでもない!」


 サーバルはかばんに打ち明けたい衝動を何とか抑えこんだ。楽しみはもう少し先まで取っておこう。


 そして、サーバルはこうも思う。フレンズになる前、サーバルキャットであった頃、世界は白黒のみだった。


 それからフレンズになって、世界がこんなにも美しい事に驚いた。けれど、それよりもキレイで面白い景色を見せてくれたのは、かけがえの無い友達フレンド――かばんなのだ。


「かばんちゃん、いつか、もっとキレイなものをたくさん見ようね!」

「うん!」


 そう言って、かばんは優しく微笑んだ。かばんの目には世界はどんな風に見えているのだろう……と、サーバルは考えたが、すぐにやめた。


 だって、こんなにもキレイな世界なのだから、かばんに見えているものだって、きっと素敵なものだろうから。

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びゅーてぃふるわーるど 青野海鳥 @Aono_Umidori

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