第18話 マルビル
大阪に出張した時のこと。いつも定宿にし
ているホテルに部屋を取った。9時にチェッ
クインし風呂にお湯を張る時間でメールに返
信を終えて少し気を抜いた時のことだった。
窓際の小さなテーブルに足を上げて椅子に深
く座った私の目の端に一瞬光が見えた。
「なんだ?」
不審に思った私は少し開いていたカーテン
を開けて外を見てみた。夜の大阪の街はまだ
まだ明かりがついているところも多いが、ど
うもその賑やかな場所からのものではなかっ
た。
その方向は向かいのマルビルだった。東京
のマルビルは建て替わって丸くなくなってし
まったが大阪のマルビルはその名の通りの丸
い。どうも光はその方向からのもののようだ
った。
それは何かの光ではなかった。マルビルを
抱っこちゃんのように抱えて張り付いている
男性の瞳だった。ビル全体を抱え込んで上へ
と昇っている。一瞬、その男と目が合った気
がした。
翌朝、私がホテルを出ようとするとすれ違
った男の人から「昨日見てましたね。」と声
をかけられた。
私は聞こえないふりをして足早に通り過ぎ
た。私は二泊の予定を切り上げ、もう二度と
そのホテルには泊まれない、と思った。
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