セルリアンのいない世界で

ねこぽん

第1話

 そこには何十年もの間放置され、埃にまみれた古本が本棚に陳列されていた。

 少し本を動かしただけで塵が舞い、咳きこんでしまうような、劣悪極まりない環境。


「博士、こっちには無いみたいなのです」

「助手、こっちも駄目みたいなのです」


 我々は朝から、ある本を探していた。見つけなければいけないが、ここにあるかもわからない本を。

 数ヶ月前から探し続けているのに今だ見つからず、本当にあるのかと疑いたくなる。諦めたくなる。この光の届かない地下閉架へいkにいると、気持ちが後ろ向きになってしまう。

 そんな時。


「おーい! 博士~! 助手ぅ~!」


 建物の外から、我々を呼ぶ声がした。

 力強さの中にも知性を感じさせるような声の主は、すぐにわかった。


「聞こえているのです、ヒグマ」

「我々は耳がいいのです。今そっちにいくのですよ」


 一端作業を切り上げ、来た階段を戻り地上に向かう。

 玄関の戸を開くと、そこにはヒグマの姿があった。


「今日はどうしたのです?」

「用ってほどでもないんだが……近くを通りかかったんでな」


 ヒグマは普段セルリアンハンターとして各ちほーを渡り歩いているため、ここを訪れることは珍しいことであった。キンシコウとリカオンの姿が見えないが、恐らく別行動を取っているのだろう。


「助手、これはチャンスですね。……じゅるり」

「博士、これはチャンスなのです……じゅるり」


 思いがけない客人の登場であったが、賢い私は成すべき事を一瞬で理解していた。同じく助手も賢いため、同様に理解出来ていたようだ。


「せっかく来たことですし、ちょっとカレーでも作っていくといいのです」

「いつ来てもいいように、食材の準備も整っているのですよ」


 そういうと助手は、脇に置いてあった箱から具材を引っ張り出してくる。流石は私の助手だけあって準備がよいものだと感心した。


「あー、そう言われると思っていたよ……」


 ヒグマは呆れたような、しかし満更嫌というわけでもなさそうな表情を見せながら、準備に取りかかった。


◇ ◇ ◇


「「おおおっ、おいしいのです!」」


 ヒグマのカレーを口に運んだ我々は、同時に感嘆かんたんの声を上げた。カバンに作ってもらったときよりも辛さが控えめで、口の中にまろやかさが広がっていくのがわかった。今回参考にした本によると、どうやらこれは『あまくち』というらしいが、どういう意味かはよくわからなかった。


「そうか、口にあったようならなによりだ。こっちも作りがいがあるよ」

「毎日『おにぎり』を料理して食べてましたが、もう限界なのです」

「かれこれ一ヶ月は握り続けてきましたが、もう飽き飽きなのです。変わり映えしない味で我々なんの面白みもなかったのです」


 カレーを半分ほど食べたところで、空腹感が薄れ、自然と会話が生まれる。


「最近はどうなのですか?」

「大してかわらないさ。セルリアンが増えて、それを私達が倒して、また増えて、倒して……。その繰り返しでキリが無い」


 ヒグマは辟易したような表情でため息を一つついてから、私達に尋ねた


「そっちはどうだ。例の本は見つかったのか」

「……成果なし、なのです」

「広い地下閉架へいかを2人で探すのは大変なのです」

「……そうか。力になれず悪いな」


 本を探すのには字が読めなければならない。それが出来るのは、カバンと別れる前に多少の手解きを受けた我々だけだ。


 皿に盛ったカレーがなくなり、皆が満腹そうな表情を浮かべ始めた頃、私はヒグマに一つの問いを投げかけた。


「もしも……。もしもセルリアンを残らず倒せたら、ヒグマはその後、やりたいことはあるのですか?」


 なぜそんなことを尋ねたのか、自分でもわからない。


 案の定、ヒグマは面を食らったような表情を見せた。


「セルリアン達を残らず倒した後、か。余裕がなくて、何も考えてなかったなぁ」


 少し思案する様子を見せた後、恥ずかしそうにはにかんだ。


「まあ、その時はカレー屋でも開いてみよう。戦い以外で何かを褒められるのは初めてだし、……悪くない」


 私は今ほどヒグマが穏やかな顔を見せた時を他に知らない。それにつられ、捜し物が見つからずに塞ぎ込んでいた私の気持ちも幾分明るくなった気がした。


「その時はぜひ、我々に一番に食べさせるのですよ」

「美味しい料理のためなら我々、どんな協力も惜しまないのです」

「それは心強いな。私も楽しみが出来たことだし、この辺で失礼するよ」


 ヒグマは使い終わった食器を片付け、玄関へ向かう。ドアノブに手をかけながら、弱弱しく呟いた。


「正直、最近少しネガティブになってた。自分は寿命のある限り、セルリアンと戦い続けなければいけないのか、とな」

「ヒグマ……」


 けど、と強い口調で弱音を打ち消し、言葉を続ける。


「博士たちのお陰で気の迷いは消えたよ、ありがとう」


 ヒグマは歯を見せて快活に笑い、店を後にした。

 彼女の背中を見送ったあと、我々は地下閉架へいかへと降りていった。


……ヒグマは知っているはずだ。

 セルリアンと我々フレンズとの違いは、サンドスターが生物に当たったか非生物に当たったかの違いでしか無い。


 サンドスターの供給を止めれば完全に滅ぼせる可能性はあるが、それは彼らと同じくサンドスターをエネルギー源としているフレンズにとっても諸刃の剣である。しかしサンドスターがある限り、彼らは無限に回復し、無限に増殖する。


 つまり、ヒグマ達に任せているだけでは根本的解決にはならない。


 そのことを彼女は重々理解しているはずなのに戦い続けるのは、我々がなんとかして問題を解決する方法を見つけだすことを信じてくれているからだ。


 だからこそ、その期待に応えなければいけない。かつてミライ達ヒトがセルリアンに挑み、経験や知識を記した書物を見つけることが出来れば、セルリアンのみを全滅させる手がかりが掴めるかもしれない。


 ヒトに出来なかったことが我々に出来るか、不安もある。

 しかし、やらなければいけないことだ。


 パークの皆がセルリアンにおびえること無く暮らせるように。

 ヒグマ達セルリアンハンターが戦い以外の道を選べるように。

 そして――


 我々が毎日、ヒグマのカレーを食す事が出来るように!


「さて、もう一働きしますかね、助手」

「ヒグマのカレーを毎日食べるためならどれほどだって頑張れるのですよ、博士」


 助手はカレーのついた口元をほころばせながら、気持ちのよい声で答えた。

 全くもって、助手の言葉は的を射ている。毎日カレー三昧の日々が待っているのに、これでやる気が出ないなら嘘だ。


 美味しいものを食べてこその、人生なのだから。

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