A Reasoning - 1

「なー、お前らなんなの、結局。……聞こえねーわけじゃねぇんだろ?」

 独り言を呟き続ける不審者が防壁の上にいると、どこか青ざめた表情でヴィルがユリを呼びに来たのが、つい先程のこと。どうして街の防衛を務める、しかも前衛の彼が、彼のパートナーであるジークでも上司であるアロイスでもなく、日頃部屋に引き蘢って研究に没頭しているサポート役のユリなんて呼びに来たのか首を傾げていたが、連れてこられた城壁の上で不審者を示され、ようやく納得がいった。

「ヴィル。何か勘違いしているようですが、僕は彼の保護者ではありませんよ?」

「何言ってんの、お前。暗黙の了解だろ?」

 そう告げるヴィルは非常に真面目な顔をしていて、冗談で言っているようには到底見えなかった。

 ということは、本当にユリはエベルの保護者と認識されているのか。暗黙の了解ということは、それが街中の認識なのであろう——しかしそれを、思い詰めた表情にも見え、今は冗談も通じなさそうなヴィルに確認することは、ユリにはできなかった。

「おっかしいな、言葉は通じてる筈なんだけどなぁ……でなきゃ呪文を使う意味が分かんねぇし。あ、でも呪文いらねぇとか言ってたよなぁ……」

 たまにしか人の来ない防壁の隅にどっかりと座り込み、一人ぶつぶつ何やら呟いている様子は、確かに異様である。ヴィルがユリに「通報」してきたのも納得できよう。

「なんでもいい、頼むからあれをどうにかしてくれ」

「あれって……そんなに怖がらなくたって、言葉は通じるでしょうに」

 異様だとしてもエベルはエベルである。過剰としか思えないヴィルの反応には、ユリも苦笑せざるを得ない。しかしヴィルにはエベルに自分から声をかける気などないらしく、「じゃあ、任せた」と言ってさっさと防壁を下りてしまった。

 あの一件以来、エベルには何か見えているらしかった。

 本人がきちんと説明しようとしない為に、彼に一体何が見えているのかがユリには未知数なのだが、何か、人の形をしているらしいことだけは彼の言動から窺い知れる。

 お伽噺に依ると、古の昔、カミのツカイと呼ばれる者たちがいたらしい。彼らはカミと呼ばれる意識体を使役し、ヒトならざる力を行使したのだという、そんな物語だ。

 しかしどうやらこの話はただのお伽噺ではないらしい——それが、あの一件から「妙な」言動を繰り返すエベルを見た上での、ユリの結論でもあった。

「それとも呪文が特殊なのか? いやまさか」

「今日もお話中ですか、エベル」

「そう、取り込み中ー。悪いけど後にして」

 ひらひらと手を振るエベルの横に並んで座り、彼が睨みつけるようにして見ている空中をユリも同じように眺める。恐らく何かがいるのだろうけれど、ユリにはやはり何も見えなかった。

「お前さぁ、見えねぇもんって信じれる?」

 雑談のようにして振られた話題だが、エベルの目には真剣さが宿る。幼い頃から突拍子もない言動で知られているエベルではあるが、他人には見えないものが見えるようになってしまった心労が、少なからずあるのだろう。

「エベル、あなたがもしカミの話をされてあるのなら、僕は信じますよ」

「何で?」

「まず、カミの存在は伝承にもあり、昨日今日その存在が初めて確認されたものではありません。実際にカミの存在があるから魔法があるとする説もあり、僕もこの説を支持します」

「それって」

 少し不満気に口を挟もうとしたエベルを手で制し、彼をひたと見据えたままユリは続けた。

「それ以上に。あなたがそんな詰まらない嘘をつき続けるとは思いません。特に森の中で一刻を争う事態だった時に嘘なんてつくような人じゃない。あなたに何が見えているのかは分かりませんが、僕はあなたを信じます。だから、そこには何かいるんでしょう?」

 そう言い切ったユリに返されるのは、エベルにしては珍しく曖昧な笑み。それは、躊躇いの表れだろう。

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